241話─可能性の世界の片隅で
炎が燃え盛り、全てを焼き尽くす。崩壊寸前の砦の奥に、十数人の闇の眷属たちがいた。その中に、エイヴィアスの姿もある。
「エイヴィアス様、これ以上はもう持ちこたえられません! あの無限の神が来る前に、どうかお二人でお逃げください!」
「もう少しだ、もう少しだけ耐えてくれ。あと少しで、平行世界へ繋がる門が開く」
くたびれ果てた様子で、エイヴィアスはそう口にする。その時、砦のすぐ側に青色の光の柱が降り注ぐ。その中から現れたのは、白銀の鎧を着た猫獣人の青年だ。
「やっほー、エイヴィアス。こんな果ての土地までよく逃げられたねぇ。君たちを殺せば、晴れてコンプリート。闇の眷属の根絶達成さ」
「来たぞ、出陣だ! エイヴィアス様たちを守れ! 砦の中に奴を……リオを入れるな!」
「来るかい? いいよ、なら……一人残らず消し去ってあげる。このアブソリュート・ジェムの一つ……『破壊のアメジスト』でね!」
砦から打って出た闇の眷属たちに、リオと呼ばれた青年は左腕を向け拳を握る。すると、虹色に輝くガントレットが唸るような音を出す。
同時に、鎧の胸に取り付けられた紫色の宝石が輝き水平に衝撃波が放たれる。何人かはしゃがんでかわせたが、そう出来なかった者は直撃を受け消滅した。
「ぎゃああああ!!」
「怯むな! 我らの希望を……『紡ぎ子の聖戦士』を守り抜け!」
「出来るかな? 私からは逃げられない。『空間のサファイア』でどこまでも追いかけるさ!」
砦の外で戦いが行われる中、内部ではエイヴィアスが平行世界に通じる門を作り出していた。傍らに立つ黒髪の少女に、声をかける。
「これで良し。コーディ、よく聞くんだ。今からお前を、『基底時間軸世界』に送る。全ての平行世界の核となるその世界にも、君に相当する存在がいるはず。その者の力を借り、無限の神を止めるのだ」
「はい……。なら、おじ様も一緒に!」
「ダメだ、基底時間軸世界の私は、この世界のわたしよりも邪悪で強力な存在。向こうに渡った瞬間、吸収されてしまう。それに……私が残らねば、ゲートを閉じられないだろう?」
「おじ様……」
部屋にいた兵士はみな迎撃に出向き、残るはコーディと呼ばれた少女とエイヴィアスの二人だけ。門へと少女を誘いながら、最後の王は笑う。
「行け、コーディ。私は……君の後見人になれて幸せだった。君を立派に育てられたこと、誇りに思う」
「わたくしも……ひっく、そう、思います。おじ様、わたくしはやり遂げて見せます。必ず、あの無限の神を倒すと。コーデリア・ディ・ギアトルク=グランダイザの名にかけて!」
「辛い役目を押し付けてすまない。さあ、行け。奴がもうすぐここに来る。その前に世界を渡るんだ!」
少女──コーデリアは涙を拭き、門の中に飛び込む。門が閉じきる直前、部屋の中にリオが現れたのが見えた。
かの神の拳がエイヴィアスの身体を貫くのを見た直後、少女の意識は途絶えた。
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「ハッ! はあ、はあ……また、この夢か。ここ最近、この夢ばっかり見るわい」
目を覚ましたコリンは、大量の汗をかきながら飛び起きた。歴史を変え、真の平和をもたらしてから四年が過ぎてから、悪夢を見るようになった。
絶対に有り得ないはずの、何もかもが滅茶苦茶な破滅の夢。エイヴィアスは敵であるし、そもそもコリンは女ではない。コーデリアという名でもない。
もちろん、四年前も今もリオは子どもの姿のまま、数多の大地を闇の眷属から守るため仲間たちと日夜奮闘している。神々も闇の眷属も、みな健在だ。
「じゃが……気になる。歴史を変える前の時間軸で見た、平行世界の様子……もしや、わしの見た夢はあの映像の世界の過去なのではないのか?」
真夜中に飛び起きてしまったコリンは、一人そう考える。無用な混乱をもたらすまいと、一つだけ仲間たちによみがえらせなかった記憶があった。
ゲーニッツの砦で見た、平行世界の映像についての記憶だ。リオが全てを滅ぼし、絶対の覇者として君臨する破滅の世界。そことの関連性を疑ったのだ。
「……もう一回寝て、起きたら行かねばならぬな。以前とは別の理由で、もう一度……フォルネシア機構に」
下着とパジャマを着替えた後、コリンはベッドに横になる。今度は悪夢を見ることなく眠れるように、と祈りながら。
だが、この時まだコリンは知らなかった。邪神を滅ぼし、平和になったイゼア=ネデールに……新たな脅威が訪れようとしていることを。
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「我が計画が……全部ご破算だ。おのれ、コーネリアス……奴だけは許せぬ、絶対に!」
同時刻、暗域。城の一室にて、エイヴィアスがヤケ酒を煽っていた。ヴァスラサックを倒されたことで計画が頓挫し、野望が潰えたことを嘆いているのだ。
数百年にも渡って綿密に計画してきた、成り上がりの計略が破れすっかり意気消沈し……同時に、野望を挫いたコリンへの憎しみを募らせている。
「近頃はフォルネウスに会う度、腹の立つニヤケ顔で見られる……本当に苛立たしい。こうなれば……プランBをやるしかない」
自身の敗北の原因は、フォルネウスによる時間逆行によるものだ。しかし、エイヴィアスには以前の時間軸の記憶と力は残っていない。
フェルネウスへの苛立ちの理由も分からぬままに、一度は廃棄したはずの危険な賭けに出ることを決意する。コリンへの恨みを晴らすために。
「平行世界の門を開き、ヴァスラサックよりもさらに強大で邪悪な存在を呼び寄せてやる。その者の力を使い、ワレが序列一位の魔戒王に成り上がるのだ! コーネリアスへの復讐も果たしてな! ククク、クハハハハハハハ!!」
安物のワインを飲み干し、エイヴィアスは高笑いをする。だが……彼は自分のしようとしている行為が、どれだけ危険なのかを理解していない。
幾千万も存在する平行世界の一つでは──誰よりも邪悪で、誰よりも強大な無限の神が待っている。平行世界を渡る力を持つ者が現れるのを、虎視眈々と。
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「あーあ、もったないことしちゃった。まさか、この世界線にもいたとはねぇ。平行世界を渡れるやつ。殺される直前に平行世界に逃げちゃうし……これじゃ、しばらくお手上げだ」
とある平行世界。リオが悪へと堕ち、神も闇の眷属も大地の民も、全てを滅ぼした世界線。無残な廃墟と化した砦にて、リオは呟く。
エイヴィアスを仕留めようとした直前、彼は最後の力を振り絞り平行世界へ飛んだ。そのまま息絶えたのだろう、生命反応は消失してしまった。
「ま、いっか。あんまり考えてても仕方ない。私にはまだ、やることがあるしね。今度は……天上のぐーたらな奴らを滅ぼさないと。残りのアブソリュート・ジェムを回収しなきゃね……ふふふ」
そう口にし、リオは鎧の胸元を指でなぞる。七つの窪みのうち、埋まっているのは三カ所。『空間のサファイア』、『創造のエメラルド』、『破壊のアメジスト』……。
七つのアブソリュート・ジェムのうち、集めたのは三つ。そして……彼の手には、四つ目のジェムが握られている。
「まさか、混沌たる闇の意思が一つ隠し持ってるとはね。盲点だったなぁ。ま、でも……もう殺したし問題ないや。『運命のダイヤモンド』は私の手の中さ。ふふふふふ」
握り締めていた右手を開き、小さな白い宝石を見つめる。左手の指でそっと摘まみ、鎧の窪みに近付けていく。
窪みのすぐ側まで近付けると、宝石は指から離れひとりでに穴に嵌まる。それと同時に、リオの身体を絶大な力が駆け抜けた。
「ああ……素晴らしいね。これで、運命すらも私の味方になったわけだ。これで、残るは『時間のルビー』と『霊魂のトパーズ』、そして『境界のオニキス』の三つだけ。さて……そろそろ行くよ、みんな」
アブソリュート・ジェムの力を堪能した後、リオは左手を握る。すると、彼のすぐ側に青色の光の柱が六つ降り注ぐ。
そこから現れたのは、彼の同志たち。共に覇権を握らんと誓いを交わした兄妹たちだ。
「行こう、次はいよいよ本命。神々の本拠地グラン=ファルダだ。どれだけ抵抗してくれるのか、実に楽しみだよ。ふふふ、あははははははは!!!」
高笑いをしながら、リオは再び拳を握る。鎧の胸元に嵌め込まれた『空間のサファイア』が青い光を放ち、光の柱が降り注いでくる。
コリンたちの知らない、遠い遠い『もしも』の世界。そこで、一つの巨悪が動き出す。コリンたちのいる世界では生まれることのなかった、巨大な悪が。




