239話─本当の最終決戦
「コリン? どうした、ボーッとしてよ。……なンだ、泣いてるのか?」
「ん……大丈夫じゃよ、アシュリー。ちと目にゴミが入っただけじゃ」
次にコリンが目を開けた時、彼の前には光の柱が立ち昇っていた。遙か上空には、ヴァスラ教団の本拠地たる天空神殿が浮かんでいる。
無事、帰ってきたのだ。四年前……教団との最終決戦の直前に。それが分かり、コリンは安堵する。だが、気を引き締めねばならない。
本当の最終決戦は、これからなのだから。この時点で邪神を倒し、歴史を変える。それが、時をさかのぼってきた理由なのだ。
「お坊ちゃま……気のせいでしょうか。この一瞬で、とても凛々しくなられたように思います」
「ふふ、そうかもしれぬのうマリアベル。何せ……いや、語るのは後じゃ。アシュリー、エステル、バーラム殿。これより、ヴァスラ教団と邪神を滅ぼしてくるぞよ!」
「おう、行ってこい! アタイらの分まで大暴れしてやれ!」
「無事に帰ってきてや、コリンはん。ウチは、伝えへんとアカンことがあるさかいな」
「頼んだぞ、坊主。奴らをぶっ潰してきてくれ。そんで、無事帰ってこい!」
コリンが戻ってきたのは、天空神殿に乗り込む直前の時間軸だった。本来の歴史では、神殿に乗り込んでオラクルたちと戦う。
そして、ヴァスラサックの横槍を食らい、神殿ごと異次元に落ちることになる。だが、今回はそうはならない。
「うむ、では行ってくるぞよ。待っておれ、ヴァスラサック。今度も貴様を葬ってくれるわ」
「今度も……? お坊ちゃま、それはどういう……行ってしまわれましたか。僅かな雰囲気の変化といい、一体何が……?」
コリンが光の柱に触れ、神殿に向かった後。マリアベルは一人、疑問を呟く。コリンが生まれた時から世話をしていたが故に、気付いたのだ。
これまでとは違う、自信と風格に満ち溢れたコリンの姿に。その疑問の答えが出るのは……ほんのもう少しだけ先の出来事である。
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「ふーむ、二度目の来訪ともなるといろいろ気付くところがあるのう。神殿全域が、幻術によって空間を歪められておるとは。今回は……こっちに行くか」
一方、神殿に足を踏み入れたコリンは、以前とは違う道へ進んでいた。神殿の中に僅かに漂う、ヴァスラサックの気配を追う。
時おり幻術を打ち消しながら、オラクル・カディル待つ場所とは違うエリアへ進む。闇の魔法で姿を隠しているので、敵に気付かれることはない。
「む? 壁のこの部分だけ少し出っ張っておるな。これはもしや……」
しばらく回廊を進んでいると、壁の一部が不自然に出っ張っているのを見つけた。グイッと押し込んでみると、壁に偽装していた隠し扉が動き出す。
「ビンゴ! こういう所には、こういう仕掛けが隠れているものよ。邪神の気配はこの先から漂ってきておるな。念のために、戦闘準備をしておこう」
コリンが引き継いだのは、悲劇の時間軸の記憶だけではない。あの戦いの中で得た力もまた、継承したまま戻ってきたのだ。
隠し扉の中に入り、廊下を進む。先には小さな部屋があり、中には転位用と思われる魔法陣が中央の床に描かれていた。
「ふむ、これに乗ればいいのじゃな? んでは、ほいっとな! ……おお、ここは。棺が六つ……ははあ、さては……」
魔法陣に乗り、コリンは別の部屋に転移する。たどり着いたのは、神殿の奥にあると思われる薄暗い大部屋だった。
部屋の中央には、放射状に配置された六つの棺桶がある。それを見たコリンは、中に誰が入っているのかすぐ気付く。
「やはりな。この中で邪神の子たちが眠りに着いておったのか。では……ディザスター・スタンプ【潰粉】!」
そっと棺の蓋を開け、中を確認したコリン。終えた直後、容赦無く闇魔法をぶっ放し、復活を待たずして邪神の子たちにトドメを刺す。
これでもう、イゼア=ネデールの民が邪神の子に苦しめられることはない。マデリーンとイザリーにかけれらた呪いも、じきに解けるだろう。
「さて、後は……む、この気配は!」
「中々来ないと思えば……貴様、どうやってこの部屋に入り込んだ!? ああ、ヴァスラサック様の御子たちが……」
『オラクル・カディル、落ち着きなさい。わらわが生きている限り、我が子たちも不滅。例え滅びても、何度でもよみがえるわ』
その時、部屋の中にオラクル・カディルがテレポートしてくる。その側には、ジョーカーのカードに宿るヴァスラサックもいた。
オラクルの幻影を配備した部屋に誘い込むはずが、いつの間にか隠し部屋に入り込まれた挙げ句邪神の子たちを殺されたのだ。
焦るのも無理はない。ヴァスラサックも冷静ぶっているが、声が上ずっているのは火を見るより明らか。彼女も動揺を隠せない。
「遅かったのう、もう六人とも叩き潰した後じゃよ。貴様らを殺せば、全部カタがつく。この大地に真の平和を取り戻せるのじゃ」
「そうはさせぬ! 神託魔術……」
「おっと、やらせぬよ! ディザスター・スライム【分裂】!」
「!? なっ、何だこれ……うわあああ!!」
『カディル!』
戦闘態勢に入ろうとするオラクル・カディルに、コリンは先制攻撃を叩き込む。正念場であるが故に、手加減も容赦も一切ない。
分裂するスライムに纏わり付かれ、オラクル・カディルはあっという間に貪り食われて死んだ。最後の頼みの綱も失い、邪神は歯ぎしりする。
『おのれ……! こうなれば仕方ない、まだ不完全ではあるが……わらわが直接貴様を葬ってくれる!』
「来い、ヴァスラサック。この時間軸でも、貴様を地獄に叩き落としてくれるわ! 星魂顕現・カプリコーン!」
子どもたちを殺され、部下も死んだ。こうなれば、邪神に出来ることは一つ。肉体を呼び出し、コリンを直々に始末することだけ。
姿を現した邪神を返り討ちにするべく、コリンも星の力を解き放つ。それを見たヴァサラサックは、感心したように声を出す。
「ほう、すでにその力を身に付けていたか。忌々しいものだ、ギアトルクを思い出してはらわたが煮えくり返る!」
「そうか。よかったのう、もうそんな思いをせんでよいぞ。死んだら全部おしまいじゃからな!」
「舐めた口を利くな! わらわの奥義で葬り去ってくれる! 食らえ! フェイタルインフェルノ!」
「ふん、ヌルイ炎のよう。その程度、わし単独でも防げるわ! ディザスター・シールド【不壊】!」
ヴァスラサックはコリンを葬るべく、最大奥義を初手に放つ。だが、復活したてで不完全な状態では四割程度の威力しか出せない。
結果、コリンが展開した闇の盾によって熱波を防がれる。もう一度奥義を放とうとするが、コリンはその前に自身の奥義を放つ。
「くっ、もう一度……」
「させぬ! 地獄に落ちよ、ヴァスラサック! 魔羯星奥義、ディザスター・フォトン・イレイザー!」
「避けられ……があああああ!!!」
闇の波動がほとばしり、邪神を呑み込む。受肉したばかりのヴァスラサックに、耐えることなど不可能。勝利を確信するコリンだが……?
「ふ……ククク、そうか、そういうことか。どこか違和感があると思っていたが……貴様、何らかの方法で時を渡ってきたな?」
「ほう、何故そう思う? 貴様が息絶える前に、どうしてそう思ったのか聞かせてもらおうかのう」
「お前の奥義を食らった瞬間……フラッシュバックしたのだよ、存在しないはずの記憶が。わらわがこの大地を掌握し、その果てに……お前に討たれるという記憶がな」
「なんと……記憶が戻ることも有り得るのか? 後でフォルネウス様に確認せねばなるまい……」
腐っても神であるが故の奇跡か、ヴァスラサックは死の淵で以前の時間軸の記憶を取り戻したようだ。死の直前、コリンに一つの警告を発する。
「覚えておくがいい、我が孫にして宿敵よ。時をさかのぼり、歴史を書き換えれば……必ず、『揺り戻し』が発生する。このまま全てが……上手く行くと、思わぬ……こと、だ……な……」
そう言い残し、邪神は息絶えた。直後、神殿が墜落し始める。コリンは以前の時間軸と同様に、神殿の床に穴を開けて異次元への門を作り出す。
だが、今回は神殿と運命を共にすることはない。全てを終え、帰るのだ。愛しい仲間たちが待つ、イゼア=ネデールに。
「さて、帰るとするかのう。まだまだやることはたくさんあるからの、もっと頑張らねば!」
歴史を変えた英雄は、隠し部屋を去る。その顔には、晴れやかな笑顔が広がっていた。




