24話―いざ、両親の元へ!
翌日の朝。コリンはいつもの胸当てではなく、黒い上質なタキシードとシルクハットを着込み、おめかししていた。
両親との再会に相応しい格好を、ということでマリアベルが仕立てた一張羅だ。うきうき気分で身支度を整えたコリンは、玄関に立つ。
「ふふふ、いよいよ里帰りじゃ。パパ上たち、驚くじゃろうなぁ」
「ええ、きっと驚きますし喜びもしますよ。さあ、それでは参りましょう。わたくしたち、留守は任せましたよ」
『承知しました、わたくし。お坊っちゃま、行ってらっしゃいませ』
大量に分裂したマリアベルたちが、見送りに集まってくる。従者代表として同行する分身に声をかけられ、恭しくお辞儀をした。
「うむ! では行ってくるぞよ。さあ、出発じゃあーっ!」
壺を持ったマリアベルを連れ、コリンは行き先を念じながらドアノブを回す。目指すは、両親が住まう故郷だ。
◇―――――――――――――――――――――◇
大いなる神々が住まう地、グラン=ファルダを頂点とし、その下には人間やエルフといった八つの種族が暮らす大地が無数に存在している。
そのさらに下、深い泥の海の底に闇の眷属たちが住まう世界、暗黒領域――通称『暗域』が広がっている。二十の階層に分かれた世界が重なる、常闇の地。
「今日もいい天気ね。のんびりくつろぐにはちょうどいいわ」
「そうだな、フェルメア。今日は公務もないからな、ゆっくり身体を休めるといい」
下から三番目にある第十八階層世界、フリーラ。統治者であるフェルメアは、自身の城の中庭で夫と共に紅茶を楽しんでいた。
公務は既に片付いており、久しぶりの休日をのんびりと味わえる……はずだった。
「フェルメア様、大変、大変です!」
「どうしたのですか、そんなに慌てて。何か問題でも?」
「若君が……コーネリアス様が帰ってこられました!」
「なんですって!? 今どこにいるの!?」
息子が帰ってきたという知らせを受け、夫婦の表情が変わった。カッと目を見開き、報告しに来た従者に食い気味に問う。
「せ、正門の方にいま」
「行くわよフリード! コーちゃんを迎えに!」
「もちろんだともフェルメア! ダッシュで行くぞぉぉぉ!」
「い、いってらっしゃいませ……」
最後まで話を聞くことなく、二人は勢いよく席を立ち正門の方へダッシュしていく。よほどコリンが恋しかったのだろう。
ドレスにハイヒールという、走るのに向かない服装でありながらフェルメアは猛スピードで庭を駆け抜ける。夫よりも足が速い。
「む? 中庭の方から足音がするのう。これはもしかすると……。マリアベル、念のために離れておくのじゃ」
「かしこまりました、お坊っちゃま」
正門で母の部下と談笑していたコリンは、接近してくる存在がいるのを知覚しマリアベルにそう告げる。その直後、歓喜に満ちた絶叫が響く。
「コーちゃぁぁぁぁぁぁぁぁあん!! おっかえりぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」
「ママ上ぇぇぇ!! たっだいまなのじゃあああああ!!!」
全力疾走してきたフェルメアは、コリンを抱き上げくるくる回転する。両者ともに、とっても嬉しそうな満面な笑みを浮かべていた。
「はしゃいでますねえ、フェルメア様」
「まあ、無理もないっしょ。若君が帰ってきたとあっちゃ、そりゃ」
「息子よぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!! 元気にしてたかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「今度はフリード様も来たか……三人揃って声がデカいな……」
「全くですねぇ。ま、平和でなによりですよええ」
少し遅れて、今度はフリードが走ってきた。妻と息子を同時に抱え、これまた楽しそうにその場でくるくる回りだす。
門番をしていた従者二人組は、その様子を見て微笑ましそうにしている。勿論、少し離れた場所に立っているマリアベルも同様だ。
「ただいまなのじゃ、パパ上、ママ上! 五日……いや、六日ぶりかのう。とっても会いたかったぞい!」
「うふふ、私たちもよ可愛い坊や。元気にしてた? いじめられたりしてない? お友だちは出来た?」
「こらこら、そんないっぺんに質問しても答えられないだろう。さ、城に入ろう。マリアベルも一緒に来なさい。色々話を聞きたいからね」
「かしこまりました。では、失礼します」
コリンたちは城の中に入り、夫婦の寝室へ向かう。その道中、コリンはこれまでの出来事を逐一両親に語って聞かせる。
アシュリーやカトリーヌたちとの出会い、華麗なる冒険者デビュー、ヴァスラ教団との戦い。臨場感たっぷりに、その一部始終を語った。
「……ということがあったのじゃ! わしももう、一人前になったじゃろ?」
「ふふ、そうね。立派に一人立ちしたみたいで、ママ安心したわ。本当に……強くなったのね、コーちゃん」
「だから言っただろう? 俺とお前の子だ、何も心配はいらないって。父として誇りに思うぞ、コーネリアス。流石俺たちの息子だ!」
「ふふふ、えへへ」
両親にベタ誉めされ、コリンは嬉しそうにくねくねする。息子の成長にほろりと涙するフェルメアだったが、すぐに表情が変わった。
「……でも、一つ気になることがあるわね。そのボルドールという闇の眷属……どの魔戒王の派閥に属してるのかしら」
「確かに、気になるな。すでに始末済みとはいえ、場合によっては……」
「そこは問題ないのじゃ、パパ上にママ上。記憶を覗いたら、どこの派閥にも属してない野良眷属だと判明したからのう」
「そう、ならよかったわ。万が一にも、あなたの存在を他の魔戒王に知られるわけにはいかないもの。今はまだ、ね」
そんな会話をしていると、夫婦の寝室に到着した。床に下ろされたコリンは、里帰りの目的をフリードとフェルメアに話す。
「実はのう、今日ここに帰ってきたのには理由があるのじゃ。アーシア殿に、この壺の中身を復元してもらいたくて来たのじゃよ」
「この中には、ヴァスラ教団の機密文書の燃え殻が納められています。復元出来れば、旦那様の宿願を果たす一助になるかと」
「アーシアちゃん? あら、だったらいいタイミングね。ちょうど今、ここに来ているわ。ちょっとお仕事を頼みに呼んだのよ」
コリンとマリアベルの話を聞いたフェルメアは、にこにこしながらそう答える。机の上に置いてあった魔法石を手に取り、魔力を込める。
魔法石を使って連絡を取り、寝室に呼ぶつもりなのだ。
「もしもし、アーシアちゃん? 悪いんだけど、もう一つ用事が出来ちゃった。すぐに私の寝室まで来てくれるかしら。ええ、頼んだわよ」
「ママ上、どうじゃった?」
「オッケーだって。すぐ来てくれるわ」
「おお、それはよかった。ところで、アーシア殿への用事ってなんなのじゃ?」
事前にアポイントメントを取ってあるとはいえ、多忙故に来てくれるか不安に思っていたコリンはホッと胸を撫で下ろした。
少し興味が沸いたため、コリンは母がアーシアに頼んだもう一つの用事について尋ねてみることにした。すると……。
「私の配下のプリマシウスちゃんのところにね、泥棒が入ったのよ。宝物庫を荒らされたから、犯人を見つける手伝いを頼んだの」
「報告だと、盗まれたのは死体だと言ってたな。確か、堕天した神のものだとか。ま、そんなもの欲しがる奴なんざ、一人しかいないわな」
「ああ、最近魔戒王に即位したというあの単眼の蛇ですか。何を目論んでいるのかは知りませんが、フェルメア様を敵に回すとは愚かの極みですね」
「話だけなら聞いたのう。随分とまあ、なりふり構わぬことをしでかす奴じゃな」
アーシアが到着するまでの間、コリンたちは雑談をする。少しして、部屋の扉が規則正しく三回ノックされた。
待ち人が到着したようだ。フェルメアが入室を許可すると、扉が開く。入ってきたのは、紫色の肌をした、凛々しい顔つきの女性だ。
「失礼致します、フェルメア様。お久しぶりですね、若君。壮健そうで安心しました」
「うむ、久しぶりじゃのうアーシア。前に会ったのはわしが五歳の時かの」
「ええ。大きくなられましたね、見違えるように立派になられて……。ところで、余……こほん、わたくしへの頼みとは?」
恭しくお辞儀をし、三年ぶりの再会を祝した後アーシアはコリンに問う。マリアベルから壺を受け取り、コリンは話を聞かせる。
「うむ、すまんがこの壺に入っておる灰を復元してはもらえぬか? 敵対組織の機密文書の燃え殻なのじゃよ。出来れば、超特急で頼みたいのじゃが」
「なるほど、そういうことですか。では、失礼して中身を拝見……。なるほど、この量ならこの場で復元しましょう。あっという間に終わらせてみせます」
「おお、それはありがたい! では、済まぬが頼んだぞアーシア殿」
「お任せを、若君。……ハァッ!」
コリンから壺を受け取り、アーシアは中に納められた灰に魔力を与える。すると、灰が光り輝き元の書類へ復元されていく。
アーシアの言った通り、あっという間に機密文書が復活した。
「むむ、実に素晴らしい! 流石はアーシア殿じゃ、助かったわい。ありがとうのう」
「ふふ、若君のお役に立てて何よりです。それでは、わたくしはこれにて。すぐプリマシウス殿の城に行かねばなりませんから」
「うむ、気を付けて行くのじゃぞ」
仕事を終えたアーシアは、一礼して寝室を去る。コリンは満足そうに笑いながら、相手を見送った。




