232話─邪神が動く時
しばらくして、目的を果たしたラインハルトたちが戻ってくる。彼らと共に外に出て、最後に砦そのものを爆破した。
研究者たちまで皆殺しにするのは気が引けたコリンだったが、ラインハルトが押し切って爆破を敢行したのだ。
「奴らが造っていたものは、あまりにも危険すぎる。完全に抹消しなければ、いずれ必ず災いとなって降りかかるだろう。こうするしかなかったんだ、コーネリアス」
「……済まんのう、研究者たちよ。せめて、あの世でゆっくり眠ってくりゃれ」
跡形も無くなった砦を見て、コリンは冥福を祈り手を合わせる。その後、一行は北ランザーム王国に戻っていく。
帰りはアルソブラ城を経由出来るため、楽々戻ることが出来る。疲労たっぷりな状態で城に戻った一行を待ち受けていたのは……。
「わー、はやーい! びゅんびゅんだー!」
「もー、いつまで走ればいいのー!? そろそろ満足してー!」
「わっはっはっはっ! それいけ、ジャスミン号はっしーん!」
「……遊ばれてんな、ジャスミンの奴。あっちにいるのは……メイドか?」
「わたくしの分身です。逐一報告は受けていましたが……ここまで酷い有様になっているとは」
アルソブラ城は、トーマの大暴走でとんでもない状態になっていた。壁も床も落書きだらけ、あちこちに家具が散乱。
マリアベルの分身たちが落書きを消したり、滅茶苦茶になった室内の片付けをしているが……どう見ても追い付けていない。
肝心の主犯、トーマはジャスミンに肩車してもらいリビング中を走り回されていた。
「……ねぇ、コリンくん。ちょーっとこれは……」
「うむ。お仕置きが必要じゃな。マリアベル、トーマを捕らえい。お尻ぺんぺん百叩きの刑にしてやるのじゃ!」
「かしこまりました、お坊ちゃま。これはもう、容赦は一切……必要ありませんね?」
コリンの許しを得て、マリアベルはにっこり笑う。微笑みの奥には、嗜虐的な光を湛えた瞳が爛々と輝いていた。
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「母上、準備が整いました。まだ不完全ではありますが、いつでも攻撃を仕掛けられます」
「うむ、よくやったラディウス。ようやく、わらわも動けるようになった。ここからは、わらわの手で……不愉快な逆徒どもを抹殺してくれる」
同時刻、ダルクレア聖王国首都、神都アル=ラジール。白亜の城の中、玉座の間に二人の人物がいた。邪神ヴァスラサックと、その子ラディウス。
眼前でひざまずく息子を前に、ヴァスラサックはニヤリと笑う。長い時をかけて力を蓄え、ついに動き出そうとしているのだ。
「ジャッジメント・ピラーをここ……ルゥノール城に運び込みなさい。再びこの城を天に浮上させ、地上を一掃するわ」
「そのためには、膨大な生け贄が必要です。この国を、大陸ごと消費することになりますが?」
「結構よ。元からそのつもりでこの国を建てたのだから。この国に住む者たちは、みなわらわへの供物にするために集めたのよ……ふふふふ」
ラディウスの言葉に、ヴァスラサックは歪みきった邪悪な笑みを浮かべる。大地の民など、彼女にとってはただの餌に過ぎない。
聖王国の全てを贄として取り込み、コリンたちに総攻撃を仕掛けるつもりなのだ。母の言葉に頷きつつ、ラディウスは問う。
「そういえば、あの魔戒王はどこに? しばらく姿を見ていませんが」
「あやつは地下牢にいる。平行世界からレテリアを大量に呼び集め、喰らっている最中だ。いつまで喰うつもりかは知らぬが、奴抜きでも問題はない」
「左様でしたか。では、私は準備に戻ります。完了し次第、また連絡を」
「うむ、待っておるぞラディウス。終わるまでの間、わらわは瞑想して待とう。……コーネリアスよ、待っていろ。かつての千変神としての力で……お前を抹殺してくれる」
ラディウスが去る中、玉座に座ったままヴァスラサックはそう呟く。最終決戦へのカウントダウンが、静かに進んでいた。
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ゲーニッツを葬ってから、一ヶ月が経過した。家族の仇が討たれたことを知ったトーマは、憑き物が落ちたかのようにいたずらをしなくなった。
現実から逃避し、心を守る必要が無くなったからだろう。コリンたちに、多大な感謝の念を示した。一方のコリンたちはと言うと……。
「南ランザームの奪還に一ヶ月か……じゃが、これでダルクレア軍もほぼ掃討出来たのう」
「へへ、だろ? アタイらが揃えば、敵なンていねぇのさ。そうだろ? コリン」
一ヶ月をかけて南ランザーム領を奪還し、南北の統一を実現させていた。これで、邪神とその子どもたちに支配されていた国は全て解放された。
残すは、ヴァスラサックが潜むダルクレア聖王国のみ。コリンは星騎士たちを全員呼び集め、最後の攻撃に打って出ようとしていたのだ。
「何だかんだ久しぶりね~、こうやって十二星騎士が集まるのも。四年前のスター・サミット以来かしら~」
「あれから、色々なことがあった。拙者もみなも、大切な人々を失った」
「せやなぁ。時間が経つのはホンマ早いわ。光陰矢の如し、ってわけや」
ランザーム王国の南端、聖王国と国境を隔てる大河のほとりにてカトリーヌとツバキ、エステルがそんな会話をする。
彼女たちの言う通り、邪神たちの侵攻で多くの尊い命が失われた。彼らの犠牲を胸に、コリンたちは進んできた。
邪神を滅ぼし、イゼア=ネデールを救うために。そして、その歩みが今……結実しようとしているのだ。
「ししょー、早速乗り込んじゃおうよ! みんなでかかれば聖王国軍なんてけちょんけちょんだよ!」
『まあまあ、待ちなよアニエス。しっかり作戦を立てないと、勝てる戦いにも負けてしまうよ?』
「テレジア、言う通り。闇雲、突っ込む、勝てない。マリス、それ学んだ」
「うむ、テレジアたちの言う通りじゃ。まずは王国内にスパイを──!?」
双眼鏡を覗き、対岸の様子を見ていたコリン。その時、異変が起こった。聖王国がある大陸が震え、大地がヒビ割れ始めたのだ。
「な、なんだこりゃ!? 一体何が起こってやがるんだ!?」
「こっちは揺れてないヨ。河の向こうだけ、ドンドン壊れてル……」
「どうやら、僕たちの想定を超えた異常事態が起きているようですね……」
ドレイクにフェンルー、ソールらも驚きを隠せずにいた。イザリーとラインハルトは状況を知るべく、聖王国に乗り込もうとするが……。
「みんなはここで待ってて、私たちが様子を見てくるわ!」
「ああ、行く……むっ、これは! 結界……なのか? これでは聖王国に入れないぞ」
大河を渡り、侵入しようと試みるも結界によって遮断されてしまった。一方、聖王国各地の街では、住民たちの悲鳴が響き渡っていた。
「逃げろ、亀裂に吞まれるぞ!」
「きゃああああ!! 誰か、誰か助けてぇ!」
「ママぁ! ママぁ! うわぁぁぁん!」
逃げ惑う民が、地に開いた裂け目に次々と呑まれていく。力無き市民も、ダルクレア兵も関係なく……全員が等しく、邪神の贄になる。
コリンたちのいる場所から遠く離れたアル=ラジールでも、それは変わらない。裂け目に落ちて死んだ者たちの力を、ヴァスラサックが吸収する。
「全ては、この日のため。待ちに待ったぞ、七百と四年の間。わらわの復活の時を! さあ、今こそ天に舞い戻れ! ルゥノール城よ!」
玉座の間にて、ヴァスラサックが力を解放する。すると、大地のくびきから解き放たれ、白亜の城が少しずつ浮上していく。
天高く浮き上がっていく城の様子は、遙か遠くにいるコリンたちにも見て取れた。異変の正体を察したコリンは、懐からオカリナを取り出す。
「いよいよ、力を借りる時が来たようじゃな。みな、わしから離れよ。今からこのオカリナを奏でる」
「おう、分かった! みんな、コリンから離れるぞ」
「わたくしが防御結界を張ります、その中に」
アシュリーたちはコリンの言葉に従い、距離を取って様子を見る。マリアベルが張り巡らせた結界の中で、コリンを見つめた。
「ふー……。ここまで、とても長い旅路じゃった。誰かが言っておった……旅とは、目的を果たし無事に帰り着くまでを言うのだと。なれば、今こそ終わらせよう。邪神を滅ぼすための、長い旅を!」
そう叫んだ後、コリンはオカリナに口をつけ音色を奏でる。炎が燃え上がるが如く、情熱的で勇ましい音色を。
澄んだ音が青空にこだまし……ソレは現れた。天の彼方から、八枚の翼と真っ赤な鱗を持つ巨大な竜が姿を見せる。
「わたくしを喚びましたわね? コーネリアスさん。剣の魔神エリザベート・フラムシスカ……約束通り助力に参りましたわ!」
最後の決戦に向けて、役者は揃った。大地の命運を賭けた最後の戦いが、今──始まる。




