231話─勝利の後の……
「がっ……はあっ!」
「はあ、はあ……無事、一撃で倒せたか……。マリアベル、水鏡を!」
「はい、お任せを!」
見事、ゲーニッツの頭をカチ割ったコリン。だが、彼の身体も限界を迎えつつあった。マリアベルに水鏡を投げてもらい、コリンも斧を投げる。
ヘイルブリンガーは水鏡の中に吸い込まれ、持つべき主の元へと帰っていく。大幅に体力を削られたコリンは、その場に座り込んでしまう。
「ぐっ、身体がだるい……。あんな重い斧を軽々振り回すとは、アゼルの奴侮れぬな……」
「お坊ちゃま、大丈夫ですか?」
「うむ、何とかのう。くたくたじゃが、命に別状は無いぞよ」
星の力を解除したマリアベルが駆け寄り、コリンの容態を調べる。本人が語った通り、幸いにも命に別状はないようだ。
ホッと胸を撫で下ろし、マリアベルはコリンを抱き上げる。ラインハルトたちの元へ戻ろうとした、その時。
マリアベルの足首を、ゲーニッツが掴む。砕けた兜が崩れ落ち、血で赤く染まった顔を上げコリンたちを睨み付ける。
「絶対にィィィ……生かしては帰さん! 例え全てを失おうとも、道連れにしてくれるわ!」
「まずい、そいつ自爆するつもりよ! マリアベルさん、逃げて!」
「くっ、死にかけのクセに何という力……!」
「全員逃がさん! ここで吾輩と共に果てろ!」
アーマーに込めた魔力を暴走させ、ゲーニッツはコリンたちを道連れに自爆しようとする。しかし、その直後。
彼の真下に、大きめのドアが現れる。闇魔法を使って、コリンが創り出したのだ。ひとりでにドアが開き、ゲーニッツが落下する。
「ぐおっ……」
「済まんのう、貴様なんぞの自爆に誰も巻き込ませるつもりなぞないのじゃ。死ぬなら一人で死ね! マリアベル、やってしまえ!」
「かしこまりました。フンッ!」
「ぐあっ! おのれ……コーネリアァァァァス!!」
マリアベルは足首を掴んでいるゲーニッツの手を、もう片方の足で思いっきり踏んづける。思わず手を離してしまったゲーニッツは、扉の向こうに消えた。
怨嗟の叫びを残し、たった一人で。扉の向こうに繋がっているのは、人どころか野生の動物や魔物すらいない荒野だ。
コリンたちを道連れに出来なかったゲーニッツは、一人で爆死を遂げた。
「ふん、ざまあないわ。あの世でトーマの家族に詫びよ、愚物が」
「ふー、一時はどうなることかと思ったけどよ、無事勝てて何より……って、どこ行くんだよラインハルト」
「ゲーニッツの研究しているものを全て破壊する。奴の研究は危険だ、一つも残してはおけない」
「ほー、ならオレも手伝うぜ。コリンたちはここにいな、すぐ終わらせて戻るからよ」
ラインハルトとドレイクは、研究データや試作兵器を破壊するべく下の階に戻っていった。一方、残ったコリンたちは休憩していたが……。
「のう、二人とも。奥にあるあの装置……ちと気にならぬか?」
「そうですね、気にならない……といえば嘘になります。あれは……恐らく、大地同士を繋げる通信機器、でしょうか」
「よく分かんないけど、あんまりいじらない方がいいんじゃないかしら。面倒なことになったら、ラインハルトさんに怒られるわよ?」
「なに、大丈夫じゃよイザリー。ほんのちょっと見てくるだけじゃ」
好奇心を刺激されたコリンは、イザリーが止めるのも聞かず部屋の奥にある装置に駆け寄る。そして、操作盤を見て表情を変えた。
操作盤に刻まれていたのは……今では古参の魔戒王ですら解読に難儀する、古代暗域文字だった。どう見ても、ゲーニッツが開発出来るものではない。
「これは……マリアベル、来てみよ。中々興味深いものを見つけたぞ」
「何でしょう、お坊ちゃ──! これは、古代暗域文字? 何故これが刻まれているのです?」
「分からん、大地の民には絶対解読出来ない代物なのじゃが……もしや、エイヴィアスが一枚噛んでおるのか?」
コリンはマリアベルを呼び、二人で古代文字の解読に乗り出す。幸い、フェルメアから古代暗域文字の解読方法は習っている。
装置を起動してしまわないよう、操作盤に触れず解読をしていたのだが……作業の途中、勝手に装置が起動し始めた。
「な、なんじゃ!? 何もしとらんのに何故勝手に!?」
「わ、わたくしにも何がなんだか……」
「え? え? コリンくん、何がどうなってるの?」
コリンたちが困惑する中、装置から光が放たれ、部屋の中央に立体映像が映し出される。映し出されたのは、一人の少年と白衣を着た老人だ。
机の上に設計図を広げ、何かの相談をしているようだ。二人とも嬉しそうに笑っていることから、目的を達成出来たらしい。
『やりました、……ズ博士! これで、ダイナモ電池が……完成……』
『君の……だ、フィル君。……で、私の……だった、インフィニティ・マキーナ……成就……』
『これで……魔戒王……対抗……』
リアルタイムの映像なのか、あるいは過去……はたまた未来を映しているのか。コリンたちには分からないが、向こうは見られていることに気付いていないらしい。
「おーい、そなたたち、何者なのじゃ? わしの声、聞こえておるか? ……ダメじゃ、まるで反応せん」
「どうやら、わたくしたちが一方的に見ることしか出来ないようで……お坊ちゃま、映像が変わりました!」
成り行きを見守っていた一同の前で、映像が変化する。今度は、羊飼いの格好をした中性的な容姿の女性が誰かと話している姿が映った。
肝心の話し相手の姿は映っていないが、そんなことは関係なく会話が聞こえてくる。
『マゴット・マゴット。あなたは……を、封印するのです。危険な……ですが、頼める……しか……』
『お任せ……アブソリュート・ジェム……上手く隠し……』
『闇の……たちに、悟られぬよう……七つのうち……でも渡れば……世界……滅び……』
「うーむ、今度も断片的な会話しか聞こえてこないのう。一体何を話しているのやら」
装置が不調なのか、聞こえてくる会話は途切れ途切れで要領を得ない。だが、断片だけでも分かることが一つあった。
マゴット・マゴットなる人物とその話し相手は、コリンたちも知らない重要な秘密について話をしているようだ。
「あ、見てコリンくん。また映像が変わったわ」
「おお、本当じゃ。今度は……む? この猫獣人の男、どこかで見たことがあるような……」
映像が点滅し、ノイズが走る。また映像が切り替わり、今度は大柄な猫の獣人の青年が映し出された。彼の前には、傷だらけの青年が崩れ落ちている。
今度はこれまで見た二つと違い、映像も音声もクリアだった。
『何故、だ。何故……こんなことをした? お前は、自分が何をしてしまったのか理解しているのか?』
『勿論、理解している。たった今、最後のファルダの神を打ち破り……この手に、アブソリュート・ジェムを全て揃えたということをね』
『我々神も、闇の眷属も……混沌たる闇の意思すらも抹殺し、何をしようとしている。答えてくれ、なぁ……盾の魔神、リオよ』
「なっ!?」
傷だらけの男が口にした言葉に、コリンたちは衝撃を受ける。猫獣人の方を改めて見てみると、確かに成長したリオに見えなくもない。
『盾の魔神、か。その地位は、とうの昔に通り過ぎたよ。今の私は……神も魔も超越した、絶対にして無限の存在。君たちを超えたんだ、バリアス』
『七つのアブソリュート・ジェムを揃えてか? 私を殺すのは構わない、だが一つだけ忠告しておくぞ。その宝石の力を使っても、お前は平行世界を渡れない。永遠に、この終わった世界に幽閉されるだけだ』
『なら待つだけさ。私をここから連れ出すことが出来る力を持った者が訪れるのを。案外、早くその時が来るかもしれないな。ふふふ』
リオと呼ばれた青年は、左腕に装備した虹色のガントレットに魔力を流す。すると、白銀に輝く鎧の胸に取り付けられた七つの宝石が輝いた。
青、赤、緑、紫、黄、白、黒。その全てが、見るだけで背筋が凍り付く禍々しい光を放っていた。青年は拳を握ろうとして、ふと動きを止める。
そして──明確に、コリンの方を『見た』。目が合ったコリンは、ヒッと息を呑む。
『誰かは知らないが、見ているな? もうすぐ断絶するだろうが……せっかくだから見ていけ。この世界線を統べていた、神の最期を!』
「いけません、お坊ちゃま!」
本能で危機を悟ったマリアベルは、拳を装置に叩き込んで強引に動作を止める。映像が消えるその刹那、青年はコリンに向かってささやいた。
──いつか、会いに行くと。
「はっ、はっ……。い、今のは一体……何だったのじゃこれは」
「分かりません、ですが……わたくしたちは、見てはならないものを見てしまった。それだけは……明確に理解出来ました」
「こ、怖い……身体の震えが、止まらないわ……」
完全に壊れてしまった装置を、コリンたちはいつまでも見つめていた。彼らの脳裏に渦巻く疑問に答えられる者は……ここには、いなかった。




