227話─ヒョウ頭の悪魔、襲来
ドレイクの戦いが終わった頃、ラインハルトもまた刺客たちとの戦いに勝利していた。空間がねじ曲がった広大な部屋のなかに、ダルクレア兵たちの骸が転がっている。
「他愛ないものだ。数の暴力で押し潰せるほど、『鉄結の鬼神』は弱くないぞ」
血溜まりに沈む無数の骸を見ながら、ラインハルトはそう呟く。そんな彼の周囲を、血で濡れた四本の槍が衛星のように回っている。
磁力を操る力を使って、四本の槍で敵を皆殺しにしたのだ。必要とあらば、無慈悲に敵を抹殺することも躊躇しない。
「さて、そろそろ先に進みたいが……どうしたものか。この空間のねじれをどうにかしないと、階段を探せそうもないな」
鈍いドレイクと違い、ラインハルトはすでに部屋のカラクリを看破していた。が、どうやって仕掛けを解けばいいのかまでは分からなかった。
「考えていても仕方ないか、まずは……むっ!」
とにかく、まずは部屋を調べてみようと行動に移ろうとしたその時。空を切り裂く音と共に、なにかが飛来する。
ラインハルトは槍を一カ所に集め、壁を形成して飛んできたソレを防ぐ。甲高い音を響かせ、槍に弾かれたソレが地に落ちた。
「これは……手斧? ダルクレア兵団は全滅させたはず、一体誰が……」
槍の隙間から床に落ちた手斧を見ていると、どこからともなく口笛が聞こえてくる。すると、手斧がふとりでに浮き上がり、どこかに飛んでいく。
「やるな、我が攻撃を防いでみせるとは。そうこなくっちゃ面白くない」
「貴様、何者だ? 一体どうやって、私に感づかれずここに来た? それに……今の攻撃はどうやった?」
「質問の多い奴だ。まあいい、一つずつ順に答えてやろう。我はデモンー57号。通称、オセ。ゲーニッツ様に作られた戦闘用アンドロイドだ」
手斧の持ち主が、ゆっくりと歩きながらその姿を見せる。やって来たのは、ヒョウの頭を持ち迷彩服を着た人物だ。
頭部はクリアパーツになっており、内部の配電盤や配線が透けて見えている。デモンー57号と名乗るアンドロイドは、まず自己紹介をした。
「アンドロイド? ……ああ、キカイの兵士のことか。別の大地から取り寄せたキカイ文明に関する文献に、そんなことが記されていたな」
「飲み込みが早いな、流石ゲーニッツ様たちを手こずらせるだけのことはある」
「私のことはどうでもいい、二つ目の質問に答えてもらおう。オセとやら、どうやって私の目を掻い潜った?」
「ククク、簡単なことだ。我々デモンタイプの共通技能……光を操る力を使ったのさ。光の屈折率を変え、姿を消していたのだよ。」
そう答えると、デモン57号──オセの身体が一瞬きらめき、姿が消える。少しして、先ほど立っていた場所から五メートルほど左に現れた。
「面白い手品をする。では、最後の質問に答えてもらおう。先ほどの攻撃、あれは……一体なんだ?」
「知りたいか? 知りたいだろうな、何せ……我が使ったのは、かのベルドールの七魔神の用いる技と同じものなのだからな」
邪神による世界の大変動が起こる前、ラインハルトは大地を渡り歩く行商人からとある本を仕入れた。それは、ベルドールの七魔神の伝承を記した叙事詩。
偉大なる英雄たちの軌跡を知り、自らの目標にするべく購入した。その中の一説、斧の魔神の項目に、オセが用いたものと同じ技が記載されていたのだ。
「ゲーニッツ様は、ラディウス様の配下の中でも博識であらせられる。数多の大地の英雄の情報を集め、プログラムを組み立て……。その力を、不完全ながら再現することに成功したのだ」
「なるほど。そのプログラムとやらが、お前に組み込まれているわけか」
「その通り。我には七魔神のうち盾、斧、牙の魔神の力を再現したプログラムがインストールされている。故に……こういう芸当も可能なのだ!」
「なにっ!?」
オセが叫ぶと、ラインハルトの周囲を囲むように五本の大木が生えてくる。そこに、オセは新たに作り出した円形の盾を投げ込む。
盾は木の間を反射し、死角からラインハルトに襲いかかる。槍の壁を移動させ、何とか直撃を食らう前に盾を防ぐことが出来た。
「くっ……危なかった。もう少し動くのが遅れていたら首を……」
「ククク、一つ言っておくぞ。お前の能力を使い、盾を磁力操作しようとしてもムダだ。我の身体もその盾も斧も、全てマジックカーボン製……非金属で造られている。つまり、お前の能力は効かんということだ!」
「む、ぬうっ!」
オセが右手を前に伸ばすと、床に落ちた盾が浮かび上がり持ち主の元に戻っていく。キャッチした盾を背負い、今度は手斧による直接攻撃を行う。
「ラインハルトよ、覚悟しろ! お前にはここで消えてもらうぞ!」
「やってみろ、お前が持つのは所詮、借り物の力。そんなもので、私を倒すことは出来ん!」
ラインハルトは槍の壁を解き、大木を破壊して逃走経路を確保する。閉所で迎え撃つのは不利と判断し、ひとまず相手の攻撃から逃げた。
直後、ラインハルトのいた場所に手斧が振り下ろされる。凄まじい音と共に床が抉れ、大穴が空く。どう見ても、手斧が出していい威力ではない。
「逃げを打ったか。中々に慎重だな、ラインハルト」
「気安く名を呼ぶな、キカイの兵士よ。お前はここで倒す、決して生かしては帰さん! マグネット・シュート!」
「ムダなことを。我は魔神の力を得ている。攻めも守りも、全て完璧だ! 召喚、不壊の盾!」
四本の槍を飛ばし、相手を串刺しにしようとするラインハルト。そんな彼をあざ笑いながら、オセは左腕を構える。
どこからともなく黒いマジックカーボン製のカイトシールドが出現し、腕に装着される。槍は盾を砕かんと激突するも、逆に砕けてしまう。
「くっ、槍が!」
「言っただろう? ムダなのだ、お前が何をしようとも! 我を倒すことは出来ん! 召喚、足食みの牙!」
武器を失ったラインハルトに、オセは容赦のない攻めを加える。床に無数の牙を生やし、トラバサミの要領で足に噛み付かせようとする。
もし噛まれてしまえば、脱出は不可能。動けなくなったところを、盾なり斧なりで料理されてしまう。そこで、ラインハルトは……浮いた。
「こんなもの、こけおどしに過ぎん! マグネット・スカイウォーク!」
「! ほう、面白いことをする。忘年会の一発芸に適任だな!」
「キカイのくせに、随分と俗なことを言う。もう一度食らえ、マグネット・シュート!」
ラインハルトは着ている黒いコートの裏から、収納式の手槍を二つ取り出した。取っ手のスイッチを押すと、柄の両端が伸びる。
「来い、ムダな足掻きをしてみせろ! 召喚、透輝の斧!」
「何だ? 何も見えな──! そこだ!」
オセが叫ぶと、右手に持っていた手斧が透明になり見えなくなってしまう。周囲を見渡していたラインハルトは、咄嗟に手槍を顔の横に構える。
すると、顔のすぐ横で甲高い金属音が鳴り響く。どうやら、透明化した斧が宙を漂い首を掻き切ろうとしていたようだ。
「よく防げたな、我のような高感度のセンサーがあるわけでもないのに。だが、二つになれば……いつまでも防げはしまい」
「そうはさせん! 出でよ、星遺物……マグネティカ・クラウン!」
透明なった斧を勘だけで防ぐラインハルトを見ながら、オセは意地の悪い笑みを浮かべる。二本目の透輝の斧を召喚し、一気にトドメを刺そうとする。
が、それよりも早くラインハルトが星遺物を呼び出す。彼の頭の上に、銀色の王冠が現れた。王冠は明滅を繰り返し、膨大な魔力を放っている。
「ほう、それがお前の星遺物か。いいデザインだ、気に入った。この戦いが終わったら、戦利品としていただこうか」
「それは無理な話だ。お前は私に勝つことは不可能なのだからな! 受けてみよ、砂鉄大嵐!」
「むっ、これは!」
ラインハルトが叫ぶと、王冠が輝き大量の砂鉄が振り撒かれる。砂嵐となって部屋中に吹き荒れ、視界を不明瞭にしてしまう。
が、特殊なセンサーが内蔵されたカメラアイを持つオセにはこの程度の視覚妨害は効かない。だが、ラインハルトにとってそんなことはどうでもよかった。
彼の狙いは、相手の視界を遮ることではないのだから。
「これで我の視界を封じるつもりか? 愚かな、アンドロイドである我にこの程度の」
「違うな、私の狙いはそんなものではない。音も無く飛んでくる透明な斧は驚異だが……この砂鉄の嵐の中でも、透明なままでいられるかな?」
「なに? ハッ!?」
ラインハルトの狙い。それは、透輝の斧の優位性を潰すこと。大量の砂鉄がくっつき、手斧の輪郭が浮かび上がる。
こうなれば、もう死角からの攻撃を警戒する必要はない。ラインハルトは手槍を振るい、斧を真っ二つに破壊した。
「これで、まず一つ破った。お前の自慢の、魔神の技をな」
「小癪な! だが、この程度で終わりだと思うな。本当の地獄はここからだぞ、ラインハルト!」
砂鉄の嵐が舞う中、ラインハルトとオセは対峙する。二人の戦いが、本格的に始まろうとしていた。




