226話─水瓶の大海賊
「死ね、キャプテン・ドレイク! 俺の手の恨みを思い知れ!」
「ハッ、今更てめぇにキャプテンと呼ばれる筋合いはないな。キッチリ引導渡してやっから覚悟しろ!」
一気に床を蹴り、ドレイクの懐に飛び込み拳を振るうフランク。対するドレイクは、斧の刃で容赦なく殴り付ける。
金属同士がぶつかり合う甲高い音が鳴り響き、二人は同時に後ろに飛ぶ。フランクは衝撃を吸収しきれなかったから。
そして、ドレイクは相手の攻撃に違和感を覚えたから。
(なんだ? あの野郎の攻撃を受け止めた瞬間……少しだけ身体から力が抜けたような。こりゃ、格下だからって舐めてかからねぇ方がよさそうだ)
「来ねぇのか? なら、こっちから行かせてもらうぜ!」
思案するドレイクに向かって、フランクが叫ぶ。ただひたすら、乱雑に拳を振り回すだけの幼稚な攻撃。だが、それを防ぐドレイクの心に、違和感が蓄積していく。
(やっぱりおかしい! 奴と打ち合う度に、どんどん力が抜けていきやがる。あいつ、間違いなく拳に何か仕込んでやがるな。いや、あいつじゃなくてゲーニッツか)
「食らえっ! アックスマキシマム!」
「ぐおっ!」
これ以上打ち合うのは危険。本能が告げる中、ドレイクはその警告に従った。斧を横薙ぎに振り払い、フランクを遠くに吹き飛ばす。
その時、ドレイクはこれまで感じていた違和感の正体に気付く。水に変換したはずの身体が、少しずつ生身に戻ってきているのだ。
「ああ、なるほど。なんか力が抜けてきてると思ったらそういうことか。フランク、てめぇその手に何を仕込んでやがる?」
「へっ、ようやく気付いたかキャプテン。俺の義手にはな、ゲーニッツ様が開発した技術が仕込まれてんだよ。あんたら星騎士の力を弱体化させる、スタージャマーがな!」
「スタージャマー……。なるほど、そいつがオレの力を奪ってる元ってわけだ」
ドレイクに問われ、ペラペラ得意そうに種明かしをするフランク。手のひらをドレイクに見せつけ、刻み込まれた魔法陣をひけらかす。
自分から情報を話し、アドバンテージを捨てていることなど理解もせずに。そんな彼からさらに情報を引き出そうと、ドレイクは話を続ける。
「それで? まさかてめぇの義手だけってこたぁねえんだろ? そのスタージャマーが搭載された武装は」
「くくく、当然だ。ゲーニッツさまは優れた開発者、俺の義手以外にもお前たちを……」
『お喋りはそこまでだ、フランク! 自分から秘密を話すな、馬鹿者めが!』
その時、天井から怒鳴り声が聞こえてくる。どうやら、何らかの方法で状況を把握したゲーニッツがフランクの語りを中断しようと声を出したようだ。
「ひぃっ! も、申し訳ありませんゲーニッツ様!」
『その男はお前をおだてて、スタージャマーの秘密を聞き出そうとしている! まんまと乗せられおって、もう何も話すな、戦いに集中しろ!』
「は、はぃぃ~!」
「チッ、これからって時に邪魔しやがって。ま、ならしょーがねぇ。コリンとこにフランクの死体持ってって、記憶を抜いてもらうとするか」
これ以上情報を引き出すのは無理と判断し、ドレイクは作戦を切り替える。短期決戦でフランクを撃破して、コリンに記憶を取り出してもらうことにしたのだ。
「よくもやってくれやがったな、キャプテン! 危うく全部話しちまうとこだったぞ!」
「ハッ、てめぇは海賊団時代からバカだったからな。ロクに読み書き計算出来ねえのを、オレが教えてやったんだろうがよ!」
「んのやろ……もう許さねぇ! ぶっ殺してやる!」
「やれるもんならやってみろ! 星魂顕現・アクエリアス!」
一気にケリをつけるべく、ドレイクは身体の中に眠る星の力を解き放つ。その瞬間、飛び込んできたフランクの拳が直撃する。
「つうっ、何だこの衝撃……って、何だこりゃ!? デッカい……水瓶?」
フランクの拳が叩き込まれたのは、ドレイク本人ではなく……彼が変身した巨大な水瓶だった。破壊してやろうとパンチを叩き込むが、壊れる気配はない。
それでも、フランクは攻撃を続行する。殴り続けていれば、いつか壊せるだろうと考えていたのだ。が、そんな彼の元に、野太い声が届く。
「ハーッハッハッハッ! ムダだぜ、いくら殴ろうがオレの本体を傷付けることは出来ねえ!」
「この声……おわっ!? み、水瓶が震えて……」
「よぉ! どうだ、この姿。水の精霊だぜ、今のオレはよ! 願いを三つ叶えてやるよ。お前のじゃなくオレのをな!」
少しして、水瓶が震える。蓋が吹き飛び、中から大量の水が噴き出した。水は形を変え、ドレイクの上半身になる。
右手に持った水神斧アルマトーレを肩に担ぎ、星の力を解放したドレイクは笑う。しばし圧倒されていたフランクだったが、やがて我に返る。
「ハッ、な、なんだそんなの。俺にはスタージャマーがあるんだ! お前なんか怖くねえ!」
「ほー、言うじゃねえの。いいぜ、なら十分くれてやるよ。一つ目の願い……『オレを楽しませること』を叶えてみろや」
本来は精霊になったドレイクが願いを叶える立場なのだが、そんなのはお構いなしに好き放題やり始める。
フランクは水瓶の上に飛び乗り、水の身体になったドレイクを連続で殴り付ける。スタージャマーがあれば、元に戻せると踏んだのだが……?
「おらっ! ていっ! せやっ! うりゃあっ!」
「おいおい、蚊が刺したほどにも感じねえぞ。まさかてめぇ、それが本気か?」
「黙れ! このっ、調子に乗りやがって! ブラストアッパー!」
しゃがんで力を溜め、必殺の一撃をドレイクの顎に叩き込むフランク。だが、全くもってダメージを与えられない。
スタージャマーの力を以てしても、ドレイクが持つ星の力を削ぎ落とすことが出来ない。その事実を認めるのに、フランクは丸々十分費やした。
「嘘、だろ……。俺のスタージャマーが、効かないなんて……」
「もうヘバッたか? だらしねぇ奴だ。一つ目の願いは……ま、叶ったからいいや。必死こいてるお前の姿はお笑いだったぜ」
「こんのぉぉぉぉ!!」
「んじゃ、二つ目の願いを叶えてもらおうか。その邪魔な両手、また潰させてもらう! アクアパルト・スウィング!」
一切退く姿勢を見せず、なおも挑みかかっていくフランク。その根性と諦めの悪さだけは認めつつ、ドレイクは反撃に出る。
あまり遊びすぎると、万が一の逆転敗北があるかもしれないと考えたのだ。巨大化した斧を片手で楽々振り回し、相手に叩き込む。
「ぐ、げぇっ……」
「まだ終わらねぇ! おらぁっ!」
「ぎゃあああっ!! お、俺の手があああ!!」
地面に叩き付けられたフランクを左手で持ち上げ、ドレイクは斧を振るう。再び両手を切り落とし、抵抗する手段を奪った。
「さて、これで二つ目の願いも叶ったわけだ。それじゃあ、最後の願いを叶えてもらおうか」
「ま、待て! 待ってください! 何でも話します、秘密なんてそりゃもう全部! だから、命だけは」
「却下だ。コリンがいるから、わざわざ生きたまま話を聞く必要はねぇ。あの時やるべきだった後始末、ここでキッチリとやらせてもらう」
この期に及んで命乞いに出るフランクだったが、当然聞き入れてもらえるわけもない。ドレイクは水を操り、小さな水瓶を作り出す。
その中にフランクを押し込み、空高く放り投げる。バットを振るように斧を構え、渾身の力を込めて奥義を炸裂させた。
「三つ目の願い、それは! てめぇに地獄に落ちてもらうことだ! 宝瓶星奥義、アクアエンド・クラッシャー!」
「ひっ……うぎゃああああ!!」
水瓶の中に閉じ込められ、身動きの取れないフランクに斧が直撃する。水瓶ごと真っ二つにされ、断末魔の叫びをあげたあとフランクは地に落ちた。
「あばよ、フランク。こっから先は、あの世を統べる女神様に任せるぜ。精々、ながーく苦しんで罪を償うんだな!」
血溜まりの中に沈むかつての部下の死体を見下ろして、ドレイクはそう口にするのだった。




