225話─ミッション:砦に潜入せよ!
プルフリンとコンタクトを取った日から十二日後、コリンたちはゲーニッツ抹殺のため国境を越え南ランザームに潜入していた。
万が一に備え、トーマを説得しアルソブラ城に匿った上で。お守りとして、マリアベルの分身数体とジャスミンを残した。
「着いたのう。ここがバルトロア砦……ゲーニッツの潜む場所じゃ」
「随分堅牢な警備が敷かれてるわね……これは入り込むのに骨が折れそうだわ」
コリンたちは林の中に潜み、双眼鏡で数キロ西にある砦の様子を窺う。ジャッジメント・ピラーの研究をする施設なだけあり、守りは堅牢だ。
正面入り口のみならず、裏手まで警備の手が回っている。真正面から攻め入っても、易々と突破させてはくれないだろう。
「ここは私に任せてもらえるかしら? あの警備兵たちを引きつけられれば、楽に侵入出来ると思うの」
「何をするつもりじゃ? イザリーよ」
「うふふ。セイレーンって魔物は知ってるかしら? まずはね……」
十数分後、砦を警備しているダルクレア兵たちの元に美しい歌声が聞こえてきた。声の正体を訝しむよりも前に、兵士たちは美しい歌に魅了される。
「ん? 何だこの声。綺麗だなぁ……まるで精霊の愛のささやきみたいだ」
「どこから聞こえてくるんだろ。声の主に会ってみてぇなぁ」
「よし、探しに行こうぜ! ちょっとくらいなら警備をサボっても大丈夫だろ」
イザリーの歌魔法、『蟻地獄のカンターレ』によって引き寄せられているとも知らず、兵士たちは持ち場を離れていった。
元いた林から北西にニキロほど離れた場所にある地面の窪みに移動していたコリンたちは、兵士たちがいなくなったのを見て即座に動く。
「イザリーが上手くやってくれたようじゃ。今のうちに砦に!」
「よっしゃ、行くぜ! 一番乗りだ!」
無事砦までたどり着いたコリンたち。だが、ここで予想外の問題が起きる。正面大扉が、まるで開かないのだ。
「ぬぐぐぐぐぐ! ……ダメだこりゃ、オレの怪力でも開きゃしねぇ。この扉どうなってるんだ?」
「恐らく、内側から複雑な魔法錠をかけているのだろう。だが、私に言わせれば……金属で扉を作る愚か者が知恵を絞っても、何の防御にもならんな」
力尽くで開けられないならば、とラインハルトが前に出る。磁力を操り、扉をロックする錠前を解除するつもりなのだ。
一分ほど磁力を操作していると、カチャリという音が響く。直後、扉が重い音を立てて上に登っていく。無事に解錠出来たらしい。
「おお、何という技前!」
「ふっ、四年もレジスタンスをしていたんだ。このくらいのテクニックは嫌でも覚える。さ、行こう。警備兵たちが戻ってきたら面倒だ」
プロの泥棒もビックリな鍵開け技術を披露した後、ラインハルトはコリンたちを伴い砦に突入する。扉を抜けた直後、大広間に到達した。
広間からは正面と左右の斜め前、三つの通路が伸びていた。恐らく、どれか一つだけが先に繋がる正解のルートなのだろう。
「ありがちな三択だな、こりゃ。どうするよ? 別々の道を行くか? それとも、あえて全員で同じ道を進むか?」
「ここは別れて行動するべきかと、キャプテン・ドレイク。通路の先に致命的な罠が仕掛けられている可能性もあります、もしそうなら……」
「全員同じ通路を進むと、あっという間に全滅じゃな。よし、マリアベルよ。わしと共に真ん中の通路を行くぞ」
「かしこまりました、お坊ちゃま」
通路に罠が仕掛けられている可能性を考慮し、別れて進むことを提案するマリアベル。コリンはそれに賛同し、真っ先に進む通路を決めた。
「やれやれ、気が早いことだ。では、私は左の通路を行こう」
「んじゃ、オレは右か。お互い、無事に再会出来るといいな。んじゃ、行ってくるぜ!」
正面通路をコリンとマリアベル、右の通路をドレイク、ひだりの通路をラインハルト。それぞれ別れ、走り出す。
そんな彼らの様子を、天井の角から見つめる者がいた。ゴキブリ型の自立機動監視キカイ、コックローチアイだ。
「ゲーニッツ様、大変です! 砦の中に侵入者が入り込んでいます!」
「いちいち騒ぐな、吾輩のモノクルで既に映像を確認済みだ。星騎士どもめ、どうやって砦に入り込みおったのだ?」
砦の三階、中央制御室にてゲーニッツは部下から報告を受ける。彼が掛けているモノクルには、コックローチアイからの情報が個別に伝わるらしい。
部下からの報告を聞くまでもなく、とっくにコリンたちが侵入していることを知っていた。もっとも、どうやって入り込んだのかまでは知らないようだが。
「左右の通路に刺客を送れ、最上階への到達を出来る限り遅らせろ。試作兵器たちの実力を見るいい機会だ」
「ハッ、かしこまりました。中央通路は……」
「罠を起動させて足止めしろ。吾輩が例のアレを動かすまで、決して最上階に行かせるな」
「ハッ、分かりました!」
ゲーニッツは部下に指示を出した後、制御室を出ていく。最上階に鎮座する、対星騎士用の決戦兵器を起動させるために。
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「静なもんだな、だーれもいやしねぇ。なんか登るの飽きてきたぜ……この螺旋階段はいつまで続くんだろうな?」
右の通路を選んだドレイクは、長い長い螺旋階段を登っていた。どれだけ登っても終わりが見えない階段に、嫌気が差してきたようだ。
コートの内ポケットに入れたスキットルを取り出して、一杯やってしまおうか……などと考えてながら登っていると、出口にたどり着いた。
「お、やっと着いたか。どれどれ、先はどんな風になって……って、ひろっ! 何だこりゃ、滅茶苦茶広いぞこの部屋は」
たどり着いたのは、明らかにおかしいと分かるほど広大な部屋だった。見渡す限り床が続く大部屋など、どう考えても不自然だ。
「チッ、早速罠がお出迎えってわけか。いいぜ、来るなら来い。どこからだって迎え撃ってやるぜ!」
「へえ、言うじゃねえかよ。じゃあ、俺の相手をしてもらおうかな」
その時、どこからともなく声が響く。ドレイクは即座に星遺物……水神斧アルトマーレを呼び出す。少しして、声の主が姿を現した。
「!? お、お前は! 四年前、オレが海賊団から追放した……フランク!」
「ほー、覚えててくれたんすねぇ。光栄なこった、てっきり忘れてるかと思ってたよ」
声の主は、ドレイクにとって予想外の人物だった。四年前、酒場で酔っ払いコリンとアニエスに絡み、危うく刃傷沙汰を起こすところだった元部下。
ドレイクによって両手を切り落とされ、アルマー海賊団を追われた男……フランクだった。失ったはずの両手は、新たにキカイの義手になっている。
「あれ以来、何の噂も聞かねえから野垂れ死んだと思ってたが……てめぇ、生きてやがったか」
「ああ、そうさ! あんたに両手を奪われ、みじめな乞食にまで落ちぶれたよ。だが、神……いや、邪神は俺を見放しちゃいなかった! ラディウス様に拾われて、俺は命拾いしたのよ!」
両腕を広げ、フランクはそう語る。手を動かす度、ウィーンウィーンと機動音が鳴り響く。ドレイクを睨み付け、フランクが叫ぶ。
「あの時の恨み、晴らさせてもらうぜキャプテン! 俺の手の痛み、あんたにも味わわせてやる!」
「へっ、やれるもんならやってみな。今更お前程度の雑魚なんぞにやられるほど、オレは弱っちゃあいないぜ?」
「雑魚だと!? 言わせておけば……調子に乗るな!」
「来るか! んじゃ、戦闘開始だ! 水魔法、アクアコンバート!」
元部下を相手に、容赦をするつもりなど一切ない。今度は両手などという生ぬるいことはせず、首を切り落とす。
そう意気込み、ドレイクは魔法を用いて自分の身体を水に変換する。闘志を燃やす彼の舌に、【アルマーの大星痕】が輝いていた。




