224話─うぇるかむとぅ・びっぐもんすたー
そこから、ゲーニッツの居場所を割り出すための行動が開始された。とはいえ、今回は協力者をイゼア=ネデールに呼ぶのではない。
ネモの時は上手くヴァスラサックの監視網をすり抜けることが出来たが、今回は無理なのだ。何せ、今回の仲間は……とんでもなく、デカいから。
「これでよし、と。みな、手伝ってくれてありがとうのう」
「別に構わねえけどよ、何だこの落書き……いや魔法陣か? これで何をしようってんだ?」
「うむ、今回はこちら側に呼べぬでな。代わりに、この魔法陣を使って連絡を取るのじゃ」
コリンはラインハルトたちをアルソブラ城に招き、かれらの力を借りて壁に巨大な魔法陣を描いた。黒いチョークで描かれたソレの中央には、不可思議な文字が刻まれている。
「お坊ちゃま、準備完了です。あちらの方も魔法陣が完成したと連絡がありました」
「うむ、では始めよう。むぅぅぅん……」
側に控えていたマリアベルの言葉に頷いた後、コリンはひざまずき呪文を唱え始める。すると、魔法陣に刻まれた文字が光り出す。
「見て、魔法陣が光ってるわ!」
「壁の色が変わりはじめた……? そうか、これは一種の通信魔法なのか。実に興味深いな」
イザリーとラインハルトがそう指摘する間にも、変化は続く。壁がどんどん透明になっていき、やがて全く違う景色が映し出される。
浮かんできたのは、満開の桜が咲き誇る美しい庭園だった。雅な光景に、ラインハルトたちは感嘆する。ツバキがいれば、さぞ喜んだだろう。
「あら、綺麗! お父さん、あの木って確か……」
「おう、ヤサカ固有の桜って木だな。春になるとそりゃあ綺麗な花を咲かせるんだ」
「あ、私も聞いたことあるわ。確か、お花見って行事があるのよね。私も参加してみた~い」
ジャスミンたちがきゃっきゃしている間も、コリンは呪文を唱え続ける。かなり気力がいるようで、額に汗をかいていた。
ハンカチで汗を拭き、甲斐甲斐しくサポートをするマリアベル。少しして、相手との通信が完全に繋がったようだ。庭園の主が姿を現す。
「えっ!?」
「お、おい。何だあのバケモンは!?」
「PUUU……HUUU……」
現れたのは、何とも形容し難い姿をした怪物であった。蜘蛛の背中に、巨大な水色のミジンコの上半身がくっついた異様な風体をしている。
でっぷりと張り出した腹を抱えるように両手を垂らし、ゆっくりと呼吸している。異形の存在故か、コリンたちと全く異なる言語を話していた。
「プルフリン卿、お久しぶりでございます。わし……こほん、わたくしの要請に応えていただき、感謝致しまする」
「Don't worry……I will always ask your Highness's request(問題ありません、殿下。あなたの頼みとあれば、快くお聞きしましょう)」
「な、なんて言ってるのかしら?」
「お坊ちゃまの頼みであれば、喜んで協力するとおっしゃられています。プルフリン卿は我々と違う言語をお話しなされるので、わたくしが通訳します」
小川のせせらぎのような安心感のある声で、プルフリンはコリンに答える。が、イザリーたちには何を言っているのかまるで分からない。
そこで、プルフリンの話していることを理解出来るマリアベルが通訳し、ラインハルトたちに教えることにした。
「And……what is His Highness's request? I hope the content can be fulfilled by me(して、殿下の頼みとはなんでしょう? 私に叶えられる内容ならいいのですが)」
「卿に人捜しを頼みたいのです。その者は、幼き子どもを襲い、家族を殺害した極悪人。野放しに出来ぬ大罪人です。卿のお力で、探し出していただきたいのですが……」
「I can't leave it alone. Okay……let me help you. Please tell us the information of the person you are looking fo(それは放ってはおけませぬ。分かりました、力をお貸ししましょう。探したい相手の情報をお聞かせください)」
「かしこまりました。ラインハルト殿、ゲーニッツについて分かっていることを全てプルフリン卿に話してはもらえぬか?」
「それは構わないが……卿は我々の言語を?」
「バッチリ理解しておられる。安心して話をしてほしい」
「分かった、では……」
コリンに促され、ラインハルトは自分たちが把握しているゲーニッツの情報をプルフリンに伝える。話を聞き終え、異形の大魔公は頷いた。
「I roughly grasped it……Let's find out where we are. Water mirror, reflect the whereabouts of my sought-after!(大体把握した。では、早速居場所を探ってみよう。水鏡よ、我の求めし者の居場所を映し出せ!)」
プルフリンは両手を前に突き出し、水の鏡を作り出す。魔力を流し込むと、なにかが映り込む。少しずつ映像が鮮明になり、音声も聞こえてくる。
『……はり、足りぬか。これでは……メント・ピラー……出力……』
『ゲーニッツ様……生け贄……子ども……浚って、装置に……』
『あの時の……トーマなら……適任……』
様々なキカイが置かれた室内で、白衣を着た二人の男が話し合いをしている。右目にモノクルを装備した長身の男の方が、ゲーニッツらしい。
部下らしき人物と話をしているようだが、ノイズが激しく全てを聞き取れない。だが、断片だけでもコリンたちは理解出来た。
よからぬ計画をくわだて、再びトーマ王に魔の手を伸ばそうとしているようだ。コリンたちは怒りに顔を歪め、水鏡に移るゲーニッツを睨む。
「奴め、またしてもトーマ王に何かをするつもりじゃな? そんなこと、断じて許さぬ! 卿よ、こやつの居場所は分かりますか?」
「I already know……The place where he is is like here. I will send you the coordinates, so please use it, Your Highnes(すでに把握しています。奴のいる場所はここのようです。座標を送りますので、活用してください、殿下)」
コリンの言葉に頷き、プルフリンは再度水鏡を操作する。すると、映し出されている映像が変わり、南ランザームの地図が現れた。
地図の南西部、ダルクレア聖王国との国境となる大河の側に光が灯っていた。よく見ると、そこには砦があるようだ。
「A man named Goenitz is in the fort……But please be careful. From that fort, I feel a strange wavelength of magical powe(ゲーニッツという男は、その砦にいます。ですが、お気を付けください。その砦から、奇妙な魔力の波長を感じます)」
「分かりました。十分注意して砦に向かいまする。プルフリン卿、ご協力感謝致します」
「I am honored to help you. Your Highness, be very careful. Mariabel……protect your Highness on my behalf(お役に立てて光栄です。殿下、くれぐれもご用心を。マリアベル、私の代わりにしっかり殿下をお守りするのだぞ)」
「お任せを、プルフリン。元より、お坊ちゃまの警護はわたくしに任ぜられた最重要任務。言われるまでもく、傷一つ付けさせはしません」
「I asked. Well, I'm sorry for this, Your Highness. We will give you a water mirror through the magic circle, so please make use of it. Please be saf……(頼んだぞ。では、私はこれにて失礼致します、殿下。魔法陣を通して水鏡を差し上げますので、お役立てください。どうかご無事で)」
プルフリンがそう伝えた後、魔法陣の中から水鏡が飛び出した。コリンがそれをキャッチするのを見届けた後、通信が切れる。
役目を終えた魔法陣は消滅し、元の壁に戻る。両手で水鏡を抱え、コリンたちは後ろを向き仲間たちを順番に見た。
「さて、行こうかの。目指すはここ、バルトロア砦じゃ。ここで悪巧みをしておるゲーニッツを見つけ出し、野望を挫くのじゃ!」
「おおーーー!!」
進むべき道を見つけたコリンたちは、高らかに叫びをあげた。




