223話─幼君との出会い
「そうかそうか、二人とも息災であったか。オルドーめをブチ殺して以来、連絡がなかったからのう。心配しておったのじゃぞ?」
「わりぃな、あれからいろいろゴタついててよ。どんどん連絡取るのも億劫になってな、気付いたら三ヶ月も経ってんだもんな! ガハハ!」
「……キャプテン・ドレイク。一度、君のそのズボラ極まる性格について話をしようか。そろそろ、キッチリ矯正しようじゃないか、なぁ?」
相変わらず適当なドレイクに、ラインハルトはため息をつく。呆れた様子でそんなことを言うと、ドレイクはたじろいだ。
「うっ! い、いやぁ~、それはちょっと遠慮しとこうかなぁ。オレは今のままで十分、問題ねえからよ」
「どうだか。だいたい、お前はな……」
何とかやり過ごそうとするが、それがかえってよくなかったようだ。ラインハルトはすっかりお説教モードになり、ドレイクを正座させる。
一方、コリンとジャスミンは無事に再会出来たことを祝し、手を繋いでらんらんダンスを踊る。両者共に、道行く人々からの視線を集めていた。
が、本人たちは全く気にしていない。一人爪弾きにされたイザリーは、コリンたちの方に混ざることにしたようだ。
「あー、二人だけズルい! 私だって混ざりたーい! 入れてもらっちゃお!」
「よいぞ、三人で仲良く踊ろうではないか。それ、らんらんらん」
「らんらんら~ん♪」
「全く、いい加減その軽薄さをだな……ガミガミ」
「うう、早く終われ……こんなの公開処刑過ぎるだろ……」
往来のド真ん中で展開される天国と地獄を、通行人たちは不思議そうに眺めていた。……しばらくして、ようやく一行は本来の目的を思い出す。
王の待つ城に入り、謁見と相成ったのだが……。
「わーっはっはっはっ! それいけ、らいんはると号はっしーん!」
「ひ、ひひーん!」
「……なんじゃこれは。わしらは何を見せられておるのじゃ……?」
「分からん。だが、一つだけ理解出来ることがあるぜ。これをネタにラインハルトに付け入ったら、その瞬間死ぬってのがな」
広い玉座の間……というよりは、子どもの遊戯部屋と言った方が正しいだろうか。おもちゃ箱をひっくり返したような散らかった部屋に、コリンたちはいた。
彼らの目の前には、大きな王冠とぶかぶかなローブを来た小さな子どもに跨がられ、お馬さんごっこを強要されているラインハルトの姿があった。
「あー、たのしかった! らいんはると、これにこりたらちこくはもうめっ! だよ!」
「はい、陛下……不肖ラインハルト、深く心に刻んでおきます……」
一通り遊んで満足したのか、王様の格好をした子どもはコリンたちを背に胸を張る。ラインハルトは主君の言葉に頷きつつ、コリンたちに無言で圧をかける。
今見た光景を、すぐに忘れろ。言葉にしなくとも、その強い思念が伝わってくる。もし言いふらしたりすれば……考えたくもない事態になるだろう。
「では、陛下。そろそろ私の仲間たちの紹介をしたいのですが……」
「いーよ! おしおきもおわったし! そーれ! よいしょ、よいしょ」
お説教やら何やらで、事前に約束していた謁見の時間をオーバーしていたらしい。今回のお馬さんごっこは、それに対する罰のようだ。
公開恥辱プレイという、ラインハルトのメンタルに最もダメージが入るであろう手段を平然としてくる辺り、子どもとはいえ中々に恐ろしい。
「ぼくね、トーマ! このくにの王様なんだよ、えらんだよ! エッヘン、まいったかー!」
「!? は、ははー。ま、参りました……」
子ども……トーマはとてとて歩いていき、そこそこの高さがある玉座に座る。えっへんと胸を張りつつ自己紹介すると、ラインハルトからまた圧が来る。
機嫌を損ねるな、オーバーリアクションでいいから平服してご機嫌をとれ……言外のメッセージを受け取ったコリンたちは、その場にひざまずく。
「ふっふーん、みんなぼくのえらさにあっとーされてるみたいだね! うむ、くるしゅーない。おもてをあげーい!」
「は、ははー……」
(いかん、やりにく過ぎるぞこれは。相手が大の大人ならやりようはいくらでもあるが、わしより小さい子どもが相手では……)
(下手なことしてギャン泣きでもさせたら、即刻処刑だろうな……。ラインハルトの奴、なんちゅーのを王にしてやがんだ!?)
トーマに平伏しつつ、コリンとドレイクは心の中でため息をつく。一通り自己紹介を終えた後、トーマは部屋に入ってきた大臣にくっついて出て行った。
「……おいラインハルト、ありゃ一体なんだ?」
「見ての通り、この国の新たな王だ。……みな察しているとは思うが、お飾りだけれどね」
あちこちに散らばるおもちゃの大群を見ながら、ラインハルトはそう口にする。何か事情があるのだろう、そうでなければ彼がお飾りの王など擁立するわけがない。
「何か理由があるの? あんなちっちゃい子に王様やらせるなんて」
「……トーマの一家は、ゼビオン皇家の遠縁に当たる。当然、各王家の根絶やしを目論むダルクレア軍が目を付けないわけがない」
「もしかして、あの子の家族は……」
「そうだ。私たちが到着した時には、トーマは聖王国の刺客の手にかかる寸前だった。彼だけは何とか助けられたが、両親や兄、姉は……」
本家のみならず、傍流の家系すらも無慈悲に根絶やしにする。ダルクレア軍の蛮行で、トーマは全てを奪われたのだ。
問いを発したジャスミンは、うつむいて押し黙ってしまう。子どもらしいハチャメチャさの裏に潜む悲しみを想像し、心が張り裂けそうになっているのだろう。
「彼以外に、王位を継げる血筋の者はいない。この国の復興の希望として、未来ある少年を王に迎えたい……大臣たちの要望を、呑むしかなかったんだ」
「それで、あの子が王様に……」
「我々も全力で支えているが、家族を目の前で殺された悲しみは計り知れるものではない。ああした振る舞いも、壊れそうな心を守るためのものなんだろう」
「何とも、酷い話だな。この四年、そんな話ばっかりだ。あんな小さい子から何もかも奪うなんて……犬畜生にも劣るぜ、聖王国の奴らは」
悔しそうに声を絞り出しながら、ドレイクは拳を握り締める。オルドーに隷属させられ、間近で聖王国の暴虐を見続けたが故の無念さがそこにあった。
一方、コリンは沈黙を貫いていた。が……話を聞き終えた後、ゾッとするような冷たい声でラインハルトに問いかける。
「ラインハルト殿。下手人は判明しておるのかえ? もし分かっているなら……今からわしが殺しに行く」
あまりにも冷たい声色に、思わずラインハルトたちは息を呑む。ジャスミンに至っては、危うく失禁してしまうところだった。
それだけ、トーマの家族を殺した者へ強い憎しみと怒りを覚えているのだ。冷や汗を流しつつも、ラインハルトは答える。
「下手人の正体は判明している。ゲーニッツ・ゼラベルド。ラディウスの側近の一人で、ディルスに次ぐ地位にあるということが、調査で分かっている」
「なるほど。ふむ、今どこにおるのかのう。必ず見つけ出し、死よりも惨き苦しみを味わわせてくれる」
「こ、コリンくん……凄く怒ってる……」
「私、こんなに怒ってるコリンくん見たことない……」
人が怒りをあらわにした時、おおまかに二つのタイプに分類される。一つは、感情のままに怒り狂い暴れる者。もう一つは、逆に冷静になり静かに怒る者。
コリンの場合は……後者だった。いつもと違う異様な雰囲気に、イザリーもジャスミンも怖がっていた。それも、無理のないことではあるが。
「居場所までは……流石に知らぬか。知っていれば、とうに討伐に動いておるじゃろうからな」
「あ、ああ。つい一月ほど前、シャルジール要塞に攻めてきたところを追い返して以来消息が掴めない。生きてはいるはずだが……」
「なれば、ちと寄り道するとしよう。ジャッジメント・ピラーの対処も早急にせねばならぬが……今回はそれに優先順位が勝る。闇魔法、クリエイション・ドア!」
自分よりも年下の子どもから全てを奪い、癒え難き心の傷を残したゲーニッツを見つけ出すべく、コリンは動く。
魔法で作り出したドアの向こうに消えようとしているコリンに、ドレイクが問いかける。
「お、おい! どこに行くんだよコリン!」
「生憎、失せ物探しは得意でなくてのう。こういう時は、その道のエキスパートに頼るが一番。餅は餅屋というわけじゃ」
「その道のエキスパート……?」
「うむ。ママ上の配下に、ちと協力してくれるよう交渉してくるでな。大いなる魔の公爵……大魔公の力を借りる」
そう答えるコリンの声は、恐ろしいまでに冷静だった。




