23話―迫る不穏、迫る歓喜
コリンたちが買い物を楽しんでいた頃。ゼビオン帝国東部、隣国との国境近くに広がる大森林の中にある人物がいた。
辛くも要塞から脱出を果たした、ヴァスラ教団の幹部……オラクル・ベイルだ。数人の部下を伴い、森林内にある第四十九前線基地に入る。
「お待ちしておりました、オラクル・ベイル。すでに用意は整っています」
「ご苦労。他のオラクルは?」
「すでに通信が繋がっています。すぐにでも、神託会議を始められます」
「分かった、会議室に向かう」
出迎えに現れた部下とやり取りをした後、ベイルは基地内にある会議室に行く。中央に設置された七人掛けの円卓に近付くと、部屋が暗くなる。
ベイルが椅子に座ると、残り六つの椅子の上に立体映像が浮かび上がる。顔の部分には、幹部それぞれのイニシャルが浮かんでいた。
『これで全員揃ったようだね。では、会議を始めようか』
「だな。今回の議題は……例のガキについて、になるな」
顔の部分にKと記された男が口を開くと、ベイルがそれに続く。残りのオラクルたちも頷き、同意の意志を示した。
「ここに来るまでの道中で報告した通り、例のガキ……コリンの介入によりウィンター家断絶計画が失敗した。おまけに、第二十七前線基地も失ってしまった」
『散々な負けっぷりだぇ、ベイっちぃ。こりゃオラクルの地位も剥奪かねぇー、マジでウケるー』
『オラクル・ロルヴァ、静粛にしたまえ。余計な茶化しはいらぬ。これはヴァスラ教団そのものを脅かす問題だ』
『はーいはい。やだねー、ちょーっとふざけただけじゃーん。そうムキになんないでってば、オラクル・カディル』
顔の部分にRと記された女、ロルヴァがトボけたことを口にすると、すかさずK――カディルが嗜める。横槍をはね除け、会議が続行される。
「コリンは我々にとって恐るべき脅威だ。奴の背後には、強大な力を持った闇の眷属が潜んでいる。今はまだ介入する気配を見せていないが……」
『介入してくるのも時間の問題ってぇーわけだ、オラクル・ベイル。そいつの暗殺は出来んのか? 出来るんなら、オレ様が動いてやってもいいぜ』
「いや、恐らく暗殺は不可能だオラクル・トラッド。密偵からの報告では、奴は異空間に拠点を構えているるしい。そこに乗り込む算段がなければ、暗殺はまず無理だ」
『そもそも、お前には別件の任務があるだろう。オラクル・トラッドよ。まずはそちらを片付けてからにしたまえ』
ベイルの左隣の席にいる、顔にTの文字が記された大柄な男がそう口を挟む。助力を申し出るも、カディルに却下された。
暗殺はほぼ無理だと聞かされ、トラッドはやれやれとかぶるを振る。一気に興味を無くしたようで、椅子にふんぞり返った。
『そーかいそーかい。んじゃ、オラクル・ベイルに丸投げさせてもらうわ。おめーの神託魔術ならよぉ、真っ向からぶつかりゃ仕留められんじゃねェーのぉ?』
「真っ向、か。場が整えば不可能ではない……が、星騎士の末裔を三人同時に相手取るのは骨が折れるな」
『……なるほど。逆に言えば、一対一なら問題はないということだな?』
オラクル・トラッドの言葉に、ベイルは難しい表情で答える。すると、顔にAの文字が記された人物がか細い声で質問をした。
『問題はない。一対一なら負けるつもりは全くないが……何か策でもあるのか? オラクル・アムラ』
『……我が子飼いの者が、五日後に行われるゼビオン城の舞踏会に例の子を招待するよう関係者に働きかけている。ワタシが場を整えてやろう。そこで例の子を始末しろ、ベイル。詳細は後ほど伝える』
「分かった、助力に感謝するぞオラクル・アムラ。他の同志たちも、楽しみにしているといい。ヴァスラサック様より与えられた我が神託魔術、【D・C:ジャンクション】で必ずコリンを殺してみせよう」
『吉報を期待しているぞ、オラクル・ベイル。では、これにて神託会議を終了する』
コリン抹殺のための布石が打たれたところで、会議は終了した。立体映像が消え、部屋が明るくなる。ベイルは席を立ち、立ち去った。
「この俺に失態を演じさせたこと、後悔させてやるぞコリン。バラバラに分解してから、オブジェに変えてくれる」
コリンへの敵意をたぎらせながら、ベイルはそう呟いた。
◇―――――――――――――――――――――◇
その日の夜。コリンは数日ぶりに自身の城に帰っていた。自室に置かれているキングサイズのベッドでゴロゴロしていると、扉がノックされる。
「お坊っちゃま、お風呂の準備が出来ました。いつも通り、ぷかぷかひよこさんも浮かべてあります」
「うむ、いつもご苦労様じゃマリアベル。では、早速入るとしようかの」
「はい、ではわたくしもお供致します。また頭を洗って差し上げますね」
「ん、頼んだぞよ。……おお、そうじゃ。マリアベル、明日久しぶりにパパ上たちのところに行くでな、共に来てくりゃれ」
風呂が沸いたのを知らせに来たマリアベルは、コリンの言葉を聞き恭しくお辞儀をする。深く下げられた顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
「かしこまりました。それでは、里帰りに相応しいお召し物を用意しなければなりませんね。他のわたくしに用意させましょう」
「いつもいつも済まんのう、マリアベル。思えば、こうしてわしが何一つ不自由せんでいられるのも、そなたのおかげじゃな。いつもありがとうのう、マリアベル」
「お坊っちゃま……そんな、わたくしにはもったいないお言葉にございます。ですが、その感謝の気持ち、とても嬉しく思います」
コリンに感謝の言葉に、マリアベルは慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。ベッドの方に歩み寄り、コリンの手を取りそっと口付けをした。
誇り高き騎士が、敬愛する主にするのと同じように。マリアベルもまた、生涯をかけて仕えると決めた主君に愛を注いでいるのだ。
「ふふ、相変わらず大袈裟な奴じゃのう。……そういえば、明日はママ上のところに来てくれるかのう。彼女は」
「問題ありません、すでにアポイントメントは取ってあります。彼女……アーシア公爵とは明日、面会が可能ですよ」
「おお、流石マリアベルじゃ! 手がはようて助かるわい。これで、教団の機密文書の復元をしてもらえそうじゃな」
気を利かせてくれた従者に感謝しつつ、コリンはベッドから離れたところにある机を見る。机の上には、大きめの壺が置かれていた。
壺の中には、教団の要塞から持ち帰った灰が納められているのだ。灰から書類を復元してもらうため、コリンは親元に戻ることにしたのである。
「お坊っちゃまが御母堂様たちのところから一人立ちして、もう五日ほどになりますね。旦那様たちも、きっとお坊っちゃまを恋しく思っていることでしょう」
「うむ、実を言うとな……わしも、ちょっとだけパパ上とママ上が恋しいのじゃ。二人とも、元気にしてくれておるかのう。わしの活躍を聞かせたら、喜んでくれゃろうか……」
「ええ、きっと二人とも大喜びしますよ。親にとって、我が子の成長は何物にも代えられない宝なのですから。さ、お湯がぬるくならないうちにお風呂に入りましょうね、お坊っちゃま」
ひょいっとコリンを抱き抱え、額に軽く口付けした後マリアベルは風呂場へ向かう。両親との再会に心躍らせるコリンと共に、暖かい風呂を堪能するのだった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……ん? どうした、フェルメア。今、とても嬉しそうな顔をしていたが」
「ええ、今しがたコーネリアスの声が聞こえたような気がしたの。なんとなくなんだけどね、近いうちにひょっこり顔を見せに来てくれるような予感がするのよ、うふふ」
コリンとマリアベルがお風呂に入っている頃、とある場所にある城の寝室に二人の人物がいた。一人は、艶やかな紫色の肌と紅の髪を持つ女性。
もう一人は、精悍な顔つきと三つ編みにした黒髪……そして、額に【ギアトルクの大星痕】が浮かんでいる青年だ。
「コーネリアス、か。元気にしているといいんだけどなぁ。友達は出来たかなぁ、いじめられたりしてないか心配だ」
「うふふ、あなたったら本当に心配性ね。あの子なら大丈夫よ、きっと。マリアベルも付いてるし、それに何より……私とあなたの血を引いてるもの。ねぇ、フリード」
「それもそうだな。俺と君の子だ、きっと今ごろ友達百人……いや、千人くらい作ってるかもしれないな。ハハハハハハ!!」
部屋にいるのは、コリンの両親。七百年前、邪神を討ち果たした『英雄』、フリード・ギアトルク。そして、闇の眷属を統べる『魔戒王』、フェルメア・ディ・グランダイザの二人だ。
「さあ、今日はもう休みましょう。いつものように、コーネリアスが息災でいられるように祈りながら、ね」
「そうだな。おやすみ、我が愛しき妻よ」
フリードとフェルメアは口付けを交わし、床に着いた。安らかに眠る二人は、まだ知らない。愛しい息子との再会の時が、すぐそこまで迫っていることを。




