221話─審判の柱
ラディウスの放った攻撃で、シャルジール要塞は完全に消え去った。瓦礫一つ残さず、綺麗さっぱりと。だが……コリンたちは生きていた。
「やってくれたのう。キッツい一撃を見舞ってくれおって。防御が間に合ったからいいものの……本当、危機一髪じゃったわ」
「ありがと、コリンくん。おかげでみんな無事よ」
間一髪、コリンが小規模な闇の盾を複数展開してレジスタンスのメンバーを守ったのだ。要塞は失ってしまったが、人命は守られた。
だが、ホッとしてばかりもいられない。今回はコリンがいたから辛うじて生き残れたが、もしあの攻撃が他の国で行われれば……。
「ラインハルト殿、早急にあの攻撃を放った元凶を無力化しなければ。もしアレが、この大地のあちこちで放たれたら……」
「間違いなく、全ての国が滅びる。そんなことはあってはならない。何としても防がなければ! そこの君、済まないがキャラバンの元へ行ってくれ。例の捕虜から、もっと情報を引き出す」
「ハッ! かしこまりました!」
事態を重く見たラインハルトは、すぐさま部下をキャラバンの元に向かわせる。万が一に備えて、レジスタンスの一部を要塞から離れた場所に待機させていたのだ。
しばらくして、鎖で拘束されたニルケルが連れて来られる。ソールがいない今、唯一の情報源として話をしてもらわねばならない。
「うけけけ。こりゃまた綺麗さっぱり消えちまったなぁ、あの忌々しい要塞が。実験は成功ってわけだ」
「その口ぶりだと、何か知っているようだな。素直に話すか、記憶を覗かれるか。好きな方を選ばせてやろう」
「うけけけけ。話しゃしねえよ。そんな義理、俺にゃあないね」
ニルケルはニヤニヤ笑いながら、ラインハルトの要求を突っぱねる。直後、コリンが動く。ニルケルのこめかみに指を当て、記憶を覗こうとする。
「話すつもりがないなら、記憶を覗かせてもら……ん? むぅ、これは」
「コリンくん、どうしたの?」
「妙じゃな。要塞襲撃についての記憶は見れたのに、あの攻撃に関する記憶は見れぬ。何者かが、プロテクトをかけておるようじゃ」
先ほど放たれた攻撃の正体を掴むべく、ニルケルの記憶を覗き見ようとするコリン。だが、ソレに関する記憶だけが、なにかに守られて見ることが出来ない。
首を傾げて不思議がるコリンを見ながら、ニルケルはうけうけ笑う。どうやら、こうなることが初めから分かっていたようだ。
「残念だったな、うけけけけ! ラディウス様はお前の闇魔法を研究しててな、記憶防護の魔法を開発したのよ! おかげで、本当に重要な記憶は守られてるってわけだ」
「チッ、中々に面倒な奴よのう。こうなれば……少々残酷なことになるが、アレを使うしかあるまい。手段を選んでおる場合ではないしの」
「コーネリアス、何をするつもりだ?」
ネタばらしを受け、コリンは舌打ちする。そして、何やら不穏な言葉を口にした。それを聞いたラインハルトに、コリンが答える。
「無理矢理プロテクトを突破して、強引に記憶を覗かせてもらう。無論、そうすればこやつの脳が焼き切れて……まあ、良くて廃人、悪くて苦しみながら死亡するのう」
「なっ!?」
ニヤリと笑いながら、コリンはニルケルを見る。その視線の意味に気が付いたラインハルトは、調子を合わせ煽り出す。
「ああ、そうするしかないな。本来であれば、そんな残酷なことは認めないのだが……今はそんなことを言っている場合ではない。やってくれ、コリン」
「ちょ、ちょちょちょっと待て! お前ら星騎士なんだろ!? そんな非人道的なことしていいと思ってるのか!?」
「ほっ、何を言うかと思えば。随分とドでかいブーメランを投げてきたのう。おぬしらこそ、散々非人道的なことをしてきたろうに」
「そうよ、あんたらのせいでどれだけの人たちが苦しんでると思ってるのよ!」
「ぐっ、それは……」
コリンとイザリーに反論され、ニルケルは黙らざるを得ない状況に追い込まれる。非道な振る舞いをしていいのは、やり返される覚悟がある者だけ。
当のニルケルには……残念ながら、その覚悟はまるでなかった。
「因果応報、というものだ。お前たち、ニルケルを押さえろ。暴れられると危ないからな」
「ハッ、お任せを!」
ニルケルを連れてきたレジスタンスのメンバー二人が、彼を両脇から捕まえ拘束する。そこに、コリンがにじり寄っていく。
右手には、ぬとぬとした闇のスライムが湧き出している。恐らく、それを使って防護魔法を破壊するつもりなのだろう。
どういう使い方をするつもりなのか、全くもって想像したくもないが。
「ま、待て! 待ってくれ! ここは穏便に行こうじゃないか、な!? な!?」
「ほー、つまり……おぬしが話してくれるということじゃな? あの攻撃について根掘り葉掘りぜーんぶ」
「話す! 話す! だから、そのスライムっぽいのをしまってくれ! 頼む!」
「仕方ないのう。では、全部話してもらおうか。言っておくが、嘘をついたらタダでは済まんぞ?」
ニヤけそうになるのを必死にこらえながら、コリンはそう口にする。これまでのやり取りは、全部ただの演技。
ニルケルに自分から情報を話させるため、即興で一芝居打ったのだ。上手くラインハルトが乗ってきてくれたことに、コリンは内心感謝する。
ちなみに、ニルケルに言ったことはハッタリでも何でもない。その気になれば、コリンは相手の脳を破壊して無理矢理記憶を奪えるのだ。
「あれは、ラディウス様がこの四年で研究開発した兵器……ジャッジメント・ピラーだ。文字通り、光の柱を落として街を破壊する殺戮兵器さ」
「随分とまあ物騒な。それで? その光の柱はどこから降り注ぐのじゃ?」
「今はまだ、ラディウス様のいる浮遊城からしか撃てない。でも、もっと研究が進んで装置が完成し、小型化と量産に成功すれば……」
「空を飛べる魔物や乗り物を使って、あちこちで大量殺戮が出来るというわけか。なるほど、邪神の子が好みそうなやり方だ」
要塞を襲った攻撃……ジャッジメント・ピラーの詳細を聞いたコリンたちは顔をしかめる。出来る限り早くラディウスの城を見つけ、装置を破壊しなければならない。
さもなくば、イゼア=ネデールの各地域に破滅の光が降り注ぐことになる。その先に待つのは、大地の民の滅亡という未来だ。
「何だか、凄い大事になってきたわね……。でも、放っておくわけにもいかないわ。頑張って兵器の完成を阻止しなきゃ!」
「うむ。じゃが、そのためにはまず敵の拠点を見つけ出さねば。これ、おぬしその浮遊城とやらの場所は知らぬのか?」
「うけけけ、こればっかりは俺にも分からねえ。城は常に、空の彼方をさすらってる。今頃は、ゼビオン帝国の上空にでもいるかねぇ?」
流石に、城の場所まではニルケルにも分からないらしい。もう用は無いと、ラインハルトは部下たちにニルケルを連行させる。
「さて、どうするかのう。敵の居場所が分からないのでは、兵器の完成の阻止など……ん、そうじゃ!」
「どうしたの? コリンくん」
「ソールなら知っているかもしれぬ。まずは、彼に話を……む、帰ってき──!」
しばらく悩んだ後、コリンはソールにも話を聞いてみることにしたようだ。そこに、いいタイミングでソールが帰ってきた。
だが……ディルスの亡骸を抱えて歩いてくるソールを見て、そんな気持ちも霧散してしまう。悲しみに満ちた彼に、とてもではないが話を聞くことは出来そうもない。
「その亡骸……終わったのだな、ソール」
「……はい。兄さんは……兄さんは、最後の最後で正気に戻って……自ら命を絶ちました。僕に、負い目を残さないようにって……」
「ソール……」
ディルスの亡骸を抱えたまま、ソールは膝をつく。枯れることのない涙が、次々と溢れてくる。コリンたちが沈痛な面持ちになる中、イザリーが歌い出す。
死者の魂を慰め、弔うための鎮魂歌を。ディルスが安らかに天に昇れるように。ソールの心に、安らぎが得られるようにと。
「みんな、祈りましょう。彼のお兄さんの冥福を。死んでしまえば……善も悪もないわ。安らかに眠れるように、ね」
「……うむ、そうじゃな。今は……捧げよう。黙祷を、な」
コリンはイザリーの言葉に頷き、静かに祈りを捧げる。ラインハルトやレジスタンスのメンバーたちも、同じように祈った。
要塞の跡地に、静かでもの悲しいイザリーの歌声がいつまでも響き渡るのだった。




