220話─悲しき決着
「正気だと? バカな、そんなはずがない。お前が正気なら、俺を攻撃してくるはずないからな!」
「何度だって言うさ、兄さん。僕は正気だ! あなたを倒して、暴走を止める! それが……あなたの本当の願いでもあるから!」
「何を意味の分からないことを。ああ、そうか。本物が洗脳されているんじゃなくて、偽物が化けてるんだな? なら……もう容赦はしねぇ!」
一向に自分の言葉を受け入れないソールを見て、ディルスは偽物だと決めつける。これまでセーブしていた力を全て解放し、抹殺のため動く。
余興などない。油断も慢心も、遊びも一切ない。弟を侮辱した者を、一撃で屠る。そう決めたディルスは、魔力を解放し奥義を放つ。
「弟を騙るゴミクズめ、これで終わりだ! 双魚星奥義……」
「負けられない! 必ず兄さんを倒す! 双魚星奥義……」
「パーフェクトフィン・カッティンソー!」
二人は同時に奥義を放ち、全身のヒレを展開する。高速回転するノコギリと化したヒレを用いた体当たりを行い、相手を切り刻もうとする。
一歩も譲ることなく、互いの身体を守る鱗を切り裂き、破壊しようとヒレが動く。二人の背中に【ファンダバルの大星痕】が輝き、力を与える。
「うおおおおおおおお!!」
「はああああああああ!!」
鱗の鎧にヒビが入り、顔にいくつもの裂傷が走る。それでも、ソールは怯まない。真っ直ぐに兄を見据えて、一歩前に出た。
「ぐ、何故だ……何故退かない? このまま進めば、俺に切り刻まれて死ぬんだぞ。なのに何故!?」
「例え死ぬのだとしても、タダでは死なない。相打ちになってでも、あなたを止める。それが、兄さんが悪に染まるのを防げなかった僕の贖罪だから……」
そう口にして、ソールは一筋の涙をこぼす。次の瞬間、ディルスに変化が現れた。瞳に宿る狂気と妄念の光が消え、理性の光が灯ったのだ。
命を賭したソールの言葉が、ついに届いたのだ。ラディウスの邪悪な魔力と、世界への憎悪に染まりきったディルスの心に。
「ソー、ル……。俺は、今まで何を……」
「兄さん!? もしかして、正気に戻ったの!?」
「ああ、そうだ……俺は、俺は……。とんでもない間違いを……」
ソールが喜ぶ中、ディルスは理解した。この四年、狂気に囚われた自分が何をしてきたのかを。その結果、ディルスは……。
「……ごめんな、ソール。俺は、償いきれない罪を犯してしまった。だから……」
「兄さん? ダメだ、そんなことしたら!」
「──俺は、死をもって贖罪をする!」
ソールが止める間も無く、ディルスは星の力を解除して元の姿に戻る。そんなことをすれば、当然ソールの奥義で即死するだろう。
慌てて奥義を中断するソールだったが、少し遅かった。全身を切り刻まれ、ディルスは水路の底に沈む。ソールは兄を担ぎ、急ぎ水路を飛び出す。
「兄さん、兄さん! 急いで治療しないと。待ってて、すぐにみんなのところに」
「いや、いい……お前も、分かるだろ? この傷だ、助かりはしないさ。だから……助けは、いらない」
ディルスの言う通り、彼は致命的な傷をいくつも負っていた。今すぐに仲間が駆け付けて治療をしたとしても、助かる見込みは薄い。
ソールもそれを分かっていたからこそ、自分を責めル。あと少し解除が早ければ、正気に戻った兄を助けられたかもしれない、と。
「にい、さん……ごめん、ごめんなさい……」
「謝るのは、俺の方だ……許されない罪を、いくつも重ねた。お前を守るためだと、自分に言い聞かせて……無関係な人たちを、大勢殺した……」
地面に横たわり、ディルスはそう呟く。そんな兄の手を取り、ソールは涙を流す。あんなにも強い決意を固めたというのに……。
いざ兄に致命傷を与えたとなると、後悔の念が押し寄せてくる。本当にこれでよかったのか、もっと他に道はなかったのか。
そんな思いばかりが、心の中にわき上がってくる。そんな弟を見て、ディルスは微笑む。
「気に、するな……ソール。俺を殺したのはお前じゃない。俺は、自分の意思で命を絶つんだ。お前は、俺を正気に戻してくれた。ただ、それだけだ」
「兄さん……もっと、一緒にいたかった。いつまでも、ずっと……二人で、支え合って生きたかった」
「ああ、俺もだ。お前を、守り続けたかった。でも……それも、もう出来ない。だけど、お前は強くなった。自分で自分を、守れるくらいに」
血だまりが広がるのと比例して、ディルスの身体が冷たくなっていく。命の灯火が消えていくのを、二人とも実感していた。
「星騎士たちは……守って、くれるのかな。お前のことを。仲間として、受け入れてくれるのか……それだけが、心残りだよ」
「……大丈夫だよ、兄さん。ラインハルトさんやコリンくんは、僕を受け入れてくれた。邪神と戦う仲間だって、認めてくれたんだよ」
「そう、か……なら、よかった。ソール……俺は、地獄の底で……ずっと、お前を見守る。たった一人の、大切な……弟、だから」
「……ありがとう、兄さん。これまで僕を守ってくれて……本当に、ありがとう。大好きだよ……にい、さん……!」
「俺も……お前のことが、大好きだ。永遠に、愛してるぞ──ソール」
そう言った後、ディルスは最後の力を振り絞りソールを突き飛ばす。そして、鋭く尖った鱗を一枚作り出し──己の心臓を貫いた。
「兄さん……! うう、ううう……うわぁぁぁぁぁあん!!!」
兄の亡骸に覆い被さり、ソールは号泣する。死にまみれた街の中に、いつまでも彼の泣き声がこだましていた。
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「呆気ないものだ。所詮は雑魚の集まり……司令塔がいなければ、制圧も容易い」
「うむ、これで要塞は奪還出来たのう。これで、北ランザームへの被害も出ずに済むじゃろうな」
兄弟の戦いに決着がついた頃、コリンたちもまた戦いを終えていた。ダルクレア軍を殲滅し、シャルジール要塞を取り戻したのだ。
ホッと一息つく中、レジスタンスの兵士が一人走ってくる。かなり慌てているようで、ラインハルトの元に全力で走ってくる。
「ラインハルト様! 大変です、大変なんです!」
「落ち着け、まずは深呼吸だ。焦った状態では、まともに情報も伝えられまい。さ、息を整えて」
半ばパニックに陥っている兵士を、ラインハルトが宥める。少しして、落ち着いた兵士は深呼吸をして頭を整理する。
「は、はい。すー、はー……。そう、コーネリアス様が捕らえてきた男を尋問した結果、大変なことが分かったんです!」
「なんじゃ? あやつ、何と言っておったんじゃ」
「そんなに焦るってことは、相当ヤバい情報なのかしらね、たぶん」
「はい、そうなんです! 今回、連中が要塞を攻撃したのはラインハルト様をおびき寄せるための囮! 奴らの本当の狙いは」
「!? まずい、みなわしのところに集まれ! ドデカい攻撃が来るぞ!」
兵士がそこまで口にしたその時、コリンは膨大な魔力の波動を感知する。大声を張り上げ、ラインハルトたちを自分の元に集めようとするが……。
次の瞬間、遙か天空から青い光の柱が降り注ぎシャルジール要塞を呑み込む。コリンたちも光の柱に呑まれ、その姿が消えた。
「攻撃、命中! やりましたよ、ラディウス様。レジスタンスどもを一網打尽です!」
「ああ、素晴らしい戦果だ。少々イレギュラーもあったが……無事、ジャッジメント・ピラーの餌食に出来たようだな」
シャルジール要塞の上空に、巨大な城が浮かんでいた。その中にある司令室に、一人の男がいた。青い鎧を身に付け、背に八枚の翼を持つ青年。
邪神ヴァスラサックの子、その最後の一人。【瑠璃色の神魂玉】を授かった邪神の子……覇翼神将ラディウスだ。
「ディルスとソールを失ったのは痛手だが……いくらでも代わりはいる。気にする必要もない。ジャッジメント・ピラーの実験も出来たことだし、帰るとしよう」
「地上に降りないのですか? 敵の生死を確認した方が……」
「奴らはこの程度では死なぬ。あくまで、この兵器は都市破壊用のもの。奴らを殺すのは、我が手で直々にだ。もっと相応しいタイミングで、な」
「か、かしこまりました……」
司令室のあちこちに設置されたオーブを操作していた部下の一人に問われ、ラディウスはそう返す。右手を掲げると、胸元に埋め込まれた神魂玉が輝く。
すると、天空城が青い光に包まれ消えていく。本拠地であるダルクレア聖王国への転移が始まったのだ。
「挨拶代わりの一撃で、奴らがどんな反応を見せるか……ククク、実に楽しみだ」
悪辣な笑みを浮かべ、ラディウスはそう呟いた。




