216話─初めての共闘
「ほう、我らの正体を探りに、か。大それたことをするものだ、たった一人で来るとは」
「うけけけけ、そりゃそうさ。俺ァ逃げ足にだけは自信があるからな!」
そう叫ぶと、ニルケルは脱兎の如く洞窟の外に走って逃げていく。てっきり、戦闘能力に自信があるのだと思っていたコリンはずっこけてしまう。
「なぬ!? 貴様、逃げるのか!?」
「そりゃそうさ、俺の目的は偵察! それが終わった以上、ここに留まる理由はねー! あーばよー!」
「逃がしませんよ! ハンドメイド・ギャラリー、クリエイト!」
「うけけ、当たらねえよそんなの!」
相手を足止めするため、マリアベルは魔力の波動を飛ばしニルケルを食器棚に変えようとする。が、その瞬間。
ニルケルの後頭部にギョロッとした目玉が現れ、限界まで見開かれる。背後からの攻撃を視認したニルケルは、ひらりと攻撃をかわした。
「き、気持ち悪いですわ! グロテスクですわ! 夢に出ますわ!」
「まさか、わたくしの攻撃を避けるとは。自負するだけあって、身のこなしは中々のようですね」
「なればこうじゃ! パラライズドサークル!」
めだまを気持ち悪がるエリザベートを尻目に、コリンはニルケルの逃亡を阻止するべく麻痺効果のある魔法陣を大量に呼び出す。
地面だけでなく、洞窟の出入り口そのものを巨大な魔法陣で覆い、蓋をしてみせる。これで逃亡も不可能になり、後は追い付くだけ。
そう思って走り出すコリンとマリアベルだったが、予想外の光景が彼らの前で展開される。
「ムダムダ。俺は逃走のプロ、このくらい屁でもねぇぜ! マナ・メタモルフォーゼ!」
「まずい、自分の身体を魔力に分解してすり抜けるつもりだ! そうは……させぬ! みな、道を開けろ!」
ニルケルの身体が緑色の粒子に分解されていき、魔法陣をすり抜けていく。完全に外に出てしまえば、追い付くのは骨が折れる。
エルカリオスはコリンたちに脇にどくよう指示した後、大きく息を吸い込む。そして、燃えたぎる火球のブレスを発射した。
「げっ、やべ……あばっ!」
「おお、見事命中じゃ! やれやれ、一時はどうなるかと思うたがこれで」
「いや、まだだ。粉砕出来たの下半身だけ……上半身は逃げおおせたようだ。魔力を再構築されたら、ダメージもなかったことにされてしまう。その前に奴を……う、げほっげほっ!」
火球を直撃させられたが、それでニルケルを倒せたわけではないらしい。すぐに追わなければと口にするエルカリオスだが、激しく咳き込んでしまう。
「エルカリオス様、ここはわたくしにお任せくださいませ! 必ずや、あの愚物を仕留めてみせますわ!」
「なれば、わしらも協力しよう。団結すれば、脱兎の一匹くらいすぐ見つけられるわい」
「ええ、頼みますわ。では、外に行きあばばばば!」
「……本当に大丈夫なのかのう、こやつ」
勇ましい顔で洞窟の外に向かおうとするエリザベート。……が、足元にあった魔法陣をうっかり踏んでしまい、思いっきり痺れる。
そんなエリザベートを横目に、魔法陣を解除しつつコリンは不安そうに呟いた。少しして、洞窟の外に出るコリンたち。
彼らの目の前には、荒涼とした山岳地帯が見渡す限り広がっている。すでにニルケルの気配はなく、かなり遠くまで逃げたようだ。
「奴め、どこに消えた? 下半身が吹っ飛んだから、そう遠くまでは行けぬはずじゃが」
「わたくしの探知にも、反応がありませんね。恐らくは、隠密の魔法を使ってどこかに身を潜めているのかと思われます」
「ふむ、なれば手分けして探すとしようか」
各々が別れてニルケルを探すことを決めるコリン。すると、エリザベートが得意気な顔で右手の人差し指を立てる。
「チッ、チッ、チッ、ですわ。コーネリアスさん、マリアベルさん。ここは、このわたくしにお任せくださいませ」
「本当に大丈夫なのかえ? 正直言って、わしの中でそなたの株だだ下がりじゃぞ?」
「はい。はっきり言って、わたくしもあまり信用出来ていません」
「ぐっ、言ってくれますわね。なら、見せて差し上げますわ。わたくしの実力を! それっ、導炎の剣!」
コリンたちに白い目で見られたエリザベートは、心に小さな傷を負いつつ憤慨する。自分への評価を改めさせてやろうと、意気込みを見せた。
「なんじゃ、その小さな剣は。コンパスなんぞ付いてると、まともに攻撃出来ぬのではないかえ?」
「ご心配なく、これは攻撃用ではありませんわ。姿を隠している者を見つけ出すための、炎のコンパスなんですの」
そう言うと、エリザベートは鍔の部分にコンパスが付いた剣を右手に持ち、腕を真っ直ぐ前に伸ばす。その状態で、身体をいろんな方向に向ける。
最初は反応を見せていなかったコンパスが、ある方向を向いた瞬間くるくる回り始める。そして、南西の方向をピタリと指し示す。
「見つけましたわ。敵が潜んでいるのは南西……早速行きましょう」
「むむ、ちと不安じゃが……ま、行ってみるとしよう。もし違ったら、また探せばよい」
「フフ、問題ありませんわ。精度は抜群、すぐに見つかりますわよ」
不安がるコリンに、エリザベートは自信満々な様子で答える。その十数分後。エリザベートの言った通りに、ニルケルを発見出来た。
高度な隠密の魔法で身を隠し、下半身が再生するのを待っていたようだ。が、完全に再生する前に見つかり、捕らえられた。
「クソッ、あり得ねえ。俺がこんなトロそうな奴らに捕まるなんて……」
「残念でしたわね、魔神に不可能はありませんわ。さあ、洞窟に戻りますわよ。貴方の処遇を決めねばなりませんから」
「いや、ここで決めてしまう方がよい。というより、こやつはわしに預けてくれぬかのう? ラインハルト殿のところに引っ立ててくれるわ」
炎のロープでぐるぐる巻きに去れ、逃げられないよう拘束されたニルケル。彼の処遇を、コリンはさっさと決めたようだ。
「確かに、敵軍の情報を握っている者を預けるのに適任ですね。わたくしたちも、そろそろ彼らの元に戻らねばなりませんし」
「まあ、どちらでも問題ありませんわ。……それで、如何でした? わたくしのか・つ・や・く」
「ふむ、確かに言うだけのことはあったのう。これだけ広い山岳地帯から、十分かそこらで見つけ出すとはな」
「これこそが、わたくしたち魔神の力。己の思い描いた能力を宿した武器を、自由自在に作り出す。こんな芸当、他の神々には不可能ですわ」
コリンに認められ、エリザベートは得意気に胸を張ってふんぞり返る。ニルケルの身柄をコリンとマリアベルに預け、彼女は洞窟に戻る。
「では、わたくしはこれで失礼しますわ。あまり長い時間、エルカリオス様の元を離れるわけにはいきませんから。コーネリアスさん、これを」
「む? これは……オカリナ?」
「窮地に陥った時、そのオカリナを吹いていただければわたくしが駆け付けますわ」
「そうか、ではありがたくいただくぞよ」
魔神の力で短剣を模したオカリナを作り出すと、エリザベートはそれをコリンに渡す。エルカリオスの世話のため同行出来ない彼女なりの、コリンへのお礼だった。
オカリナを受け取ったコリンは、無くさないように懐にしまう。その後、ニルケルを見張りつつアルソブラ城に通じる扉を作り出した。
「さあ、行くぞよ。言うておくが、一度城に入ったらもう、貴様の力は使えぬぞ」
「クソッ……! でも、うけけけ。俺をとっ捕まえても、何の意味もねえぜ。とっくのとうに、始まってるんだからな」
「なぬ? それはどういう意味じゃ」
「知りてえか? ならさっさと連れて行け。教えてやるよ、間抜けなレジスタンスどものやらかした失態をな。くけけけけけけ!!!」
コリンを見ながら、ニルケルは不気味な笑みを浮かべた。




