215話─落とし子と魔神の会談
「あ、貴方は!? どうやってこの洞窟に入ってきたんですの!? 強力な守りの結界を張っていましたのに!」
「らしいのう。じゃが、わしとマリアベルの手にかかればちょちょいのちょいじゃよ。お初にお目にかかる、新旧剣の魔神たちよ」
予想よりも早くやって来たコリンたちを見て、エリザベートは目を丸くして驚く。そんな彼女を見て、コリンはおどけた仕草でお辞儀をする。
奥の方にいたエルカリオスは、目を細め匂いを嗅ぎ始める。頭を上げ、親しげに声をかけてきた。
「この匂い……。そうか、君はギアトルクの子か。彼は元気にしているか?」
「ええ、今もママ上と毎日楽しく暮らしておりまするぞ」
「そうか、ならよかった。七百年前、私は彼を乗せ空を舞った。ヴァスラサックの居城、ルゥノール城に乗り込むために」
過ぎ去った過去の記憶を呼び起こし、感傷に浸るエルカリオス。が、そうは問屋……もとい、エリザベートが許さない。
「って、過去を懐かしんでいる場合ではありませんわよ! 貴方、どうやってこの広間へ来ましたの?」
「なぁに、ソール殿の記憶を見て位置を割り出したまでよ。座標の特定と結界の突破さえ出来れば、そなたらに会うのは造作もないこと」
「その通りです。わたくしの手にかかれば、この程度は……? 貴女、何故わたくしを見つめるのです?」
「ああ、失礼しましたわ。わたくしの旦那様にも、貴女のような優秀なメイドが仕えていますの。キャラがかぶ……こほん、雰囲気がよく似ているので思わず見つめてしまいましたわ。ごめんあそばせ」
「はあ、そうですか」
エリザベートに見つめられ、マリアベルは不思議そうにしていた。若干話が脱線し始めていたため、コリンは咳払いをする。
一つ、彼女に問わねばならぬことがあった。見たところ、特に怪我をしていたり病を患っているわけではない。なのに、何故リオの元に帰らなかったのかを。
「おぬし、そんなピンピンしておるならさっさと帰ればよかろう? わしに捜索を依頼するほど、リオは心配しておったぞ」
「ふふ……いいでしょう。話して差し上げますわ。わたくしが帰れない理由を」
優雅な仕草で髪をかき上げ、エリザベートは溜めに入る。理由を話す瞬間を、今か今かとコリンとマリアベルが待っていると……。
「……結界をすり抜けられませんの」
「はあ?」
「ですからっ! 結界を壊すことなくすり抜けるなんて、高度な芸当が! わたくしには無理なんですのおおおおおおお!!!!」
「えー……」
あんまりにもしょっぱすぎる理由を聞かされ、コリンは途端に何もかもがどうでもよくなってきてしまった。マリアベルも同じようで、脱力している。
全力でシャウトするエリザベートのすぐ後ろに、エルカリオスがのしのし歩いてくる。前足を振り上げ、彼女を上から押し潰した。
「へぶち!」
「静かに。音が響く、客人には不快だ」
「あいや、お気遣いは結構ですじゃ。しかし、帰れないとはどういうことなのじゃ? 魔神の力があれば、ヴァスラサックの結界など簡単にすり抜けられるであろうに」
「ああ、普通はな。だが……エリザベートは力の加減というものを知らぬ。破壊か不発か……こやつには、結界を壊さぬようすり抜けるなどという器用な真似は出来ぬよ」
踏み潰されたエリザベートの代わりに、エルカリオスが説明を始める。彼ら剣の魔神が司る炎の力は破壊に特化しており、制御が難しいと言う。
「この千年、エリザベートには様々な修行を課してきた。だが、それでも力を繊細に扱うだけの器用さは養えなかったのだよ」
「ああ見えて意外とガサツなんじゃのう、エリザベートは」
「私の後継者になる前からな。私が補助をしてやれば、結界を破壊することなく送り出せるのだが……老いた身では、それも難しい」
足と地面の間でジタバタもがくエリザベートを押さえ付けつつ、エルカリオスは話を続ける。ため息をつきながら、足に力を込めた。
「ヴァスラサックは勘が鋭い。結界が破壊されれば、すぐに気付いて犯人を捜すだろう。そうなれば、エリザベートが捕らえられることもあり得る」
「ええ、そうでしょうね。いくら魔神といえども、ヴァスラサックから逃れるのは骨が折れるかと」
「七百年前の戦いで竜の姿になった時、力を使い果たしてしまってな。元のヒトの姿に戻ることも出来ん。ヒトに戻れれば、私が主導して二人でこの大地を」
「ふっ! かぁぁぁぁぁつですわぁぁぁぁぁ!!」
「ならん」
「アバーッ!」
話の途中でエリザベートが足をはね除けるも、すぐにまだ踏み潰された。念入りに踏まれたからか、完全に沈黙してしまった。
その様子を見ていたコリンは、そんな強く踏んで大丈夫なのかとエルカリオスに問う。これくらいのお灸は必要だと、あっさりした答えが返ってきた。
「エリザベートは度々調子に乗るからな。その度に、私や妹たちが何度手を焼かされたか……」
「そなたも大変なんじゃのう……。ところで、もう一つ聞きたい。そなた、何故協定違反の危険を犯してまで人助けをするのじゃ」
そう言うと、エルカリオスは足を上げる。すると、そこからエリザベートが這い出してきた。バッキバキにへし折れた全身の骨を、持ち前の再生能力で治しながら。
「し、死ぬかと思いましたわ……」
「ほれ、駄嬢。そなたが人助けをしている理由を言えい。言わぬなら、折れてるところをつっつくぞよ」
「あぶぁっ! や、やめてくださいまし! 全くもう……やんちゃな子ですわ。わたくしも、最初は静観することにしていましたの。下手に動いて、約定違反になれば旦那様に迷惑がかかりますから」
コリンが呼び出した杖でつつかれ、汚い悲鳴を漏らすエリザベート。顔をしかめながらも、何故危険を犯してまで人助けをするのか話す。
「ですが、この四年……私はこの地にいながらにして聞いていました。無辜の民が、絶望の中でもがき苦しむ声を。だから、決めましたの。約定を破ることになろうとも、助けられる命は救うと」
「なるほどのう。それで、ラインハルト殿たちを助けたわけじゃな」
「遅きに失しましたけれどね。もっと早く決断していれば、より多くの命を救えましたのに。わたくしも、まだ未熟ですわ……」
そう呟き、エリザベートはしゅんとしてしまう。だが、すぐにいつもの調子を取り戻しその場に仰向けで寝っ転がる。
何をしているのかとコリンに問われ、エリザベートはニヤリと笑う。大きく息を吸い込んだ後、バカデカい声で叫ぶ。
「こうなった以上、逃げも隠れもしませんわ! 煮るなり焼くなりお好きになさいませ!」
「だそうですが、如何致しましょう。エルカリオス様は特例許可により問題ありませんが、エリザベート様は別。約定違反と判断された場合、わたくしがこの場で処しますが」
「いや、よい。今回のことは不問にしよう。パパ上も、きっとそうするじゃろうからな。ただ、いつまでもここに滞在することは出来ぬ。リオとの約束もあるし、帰還を手伝うぞよ」
悪意や野心を含んだ行為ではないことが分かり、コリンはエリザベートたちの行動を約定違反と見なさないことを決めた。
逆に、彼らが元居た大地へ帰還するための手伝いをようと申し出る。それを聞いたエリザベートたちは、大層喜んだ。
「まあ、それは嬉しい申し出ですわ! ですが……」
「ここまで来たのだ、もう少しだけ君たちの手助けをさせてほしい。この国……ランザーム王国と言ったか。完全に敵の支配から解放されるまでは、この大地に留まり助力したい。許しを願えるだろうか?」
「よいですとも。魔神たちの力を借りられるとあれば、この国の奪還もより容易くなりましょう。わし公認ゆえ、約定に引っかかることもありませんからのう」
ここでようやく、コリンと魔神たちの間で正式な協力関係が結ばれた。以降は、大手を振って南ランザーム解放のために動ける。
それを喜ぶエリザベートとエルカリオスだったが……。
「くーっくくくくく。やっぱりね。どうもこの山が怪しいと思ってたんだ。かなりのバクチだったけど、収穫はあったな」
「! 貴方、何者ですの? いつの間にここに!」
「くーっくくくくく。俺はニルケル。偉大なる邪神の子、覇翼神将ラディウス様の腹心! この連峰に潜む連中の正体を探りに来たのさ! うけけけけ!」
一人の小男が、洞窟の入り口に立ち高笑いをしていた。新たな敵の出現に、コリンたちは即座に戦闘態勢に入る。コリンと魔神たちの共闘の始まりだ。




