213話─魚と竜の問答
翌日、コリンはラインハルトたちと一緒に新ランザーム王国に向かう。仲間たちのこれまでの頑張りを労うため、全員に休暇が与えられた。
そのため、今回はコリン一人だけが同行する……はずだったのだが。暇を持て余したイザリーが、一緒に来ることになったのだ。
「よかったのか? イザリーよ。故郷でのんびりしてきてもよかったろうに」
「私もそう思ったんだけどね。でもさ、考えてみたら私まだ星の力目覚めさせられてないじゃない? ママからバーウェイ家を託された以上、こんなていたらくじゃダメだと思うの」
「それで、修行を兼ねてわしらと一緒に……というわけか」
これまでの戦いを通して、イザリーにも思うところがあったようだ。このままではいけないと、殻を破ることを決めたらしい。
そんな意気込みを見せる彼女を、ラインハルトは好意的に受け入れてくれた。向上心のある者は大歓迎だという。もちろん、コリンも同じだ。
「偉いのう、イザリーは。休暇と聞いた途端にゴロ寝を始めたアホ弟子に、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわい」
「あはは……アニエスちゃん、物凄い勢いでお菓子買い込んでたもんね。あれはもう、十日くらいダラダラしてるかも」
ラガラモン連峰へ向かう道中、ラインハルトが用意した高級馬車の中でコリンとイザリーは語り合う。目的地に着くまで、七日はかかる。
だが、長旅でも退屈することはないだろう。コリンの目の前には、麗しの歌姫がいるのだから。
「ふあ……少し眠くなってきたのう。イザリー、済まぬがちと昼寝させてもらうぞよ……」
「だったら、膝枕してあげる。ほら、おいで? 子守歌も歌ってあげるわ」
「うむ……では、そうしようかのう。よいしょ、こらしょ……」
「フフ、コリンくんったらちっちゃい子みたい。おやすみなさい、ゆっくり寝てね」
コリンの頭を膝に乗せ、優しく腕を撫でながらイザリーは歌い出す。まだ幼い頃、母……マデリーンに歌ってもらった子守歌を。
あっという間にコリンが寝付く中、イザリーの脳裏にマデリーンとの思い出がよみがえる。今は亡き母を想い、イザリーは一粒の涙をこぼした。
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「うう……ハッ、ここは? ……なんだ? 身体が動かない!?」
「暴れない方がよろしくてよ? その炎のロープ、あなたがもがくほどキツく締まるようになっていますの。あんまり暴れると、こうなりますわ」
その頃、攫われたソールは洞窟の中で目を覚ましていた。僅かに熱を持った炎のロープで縛られ、洞窟の壁に拘束されている。
「あなたは誰なんです? どうして僕をここに?」
「あら、まずは自分の素性を名乗るのが筋というものではなくて? ま、いいですわ。わたくしはエリザベート・バンコ=アイギストス。別の大地に住む、ベルドールの七魔神の一人ですわ」
「!? ベルドール……あなたがあの!?」
グリルゴ夫婦に虐待を受けながら育ったディルスとソールも、魔神の伝承は知っていた。一時期屋敷にいた、二人に同情的な使用人が魔神たちの活躍を描いた絵本を買ってくれたことがあったのだ。
もっとも、その行為がグリルゴにバレてしまい、その使用人は八つ裂きの刑に処されて殺されてしまったが。
「ご存じのようですわね。なら、話が早く済みますわ。あなた、今の自分の境遇を不満に思っているでしょう?」
「え……?」
「本当は、邪神になど与したくないのでしょう? 願わくば、兄と共に星騎士たちの勢力に寝返りたい……そう思っているのではなくて?」
そう指摘され、ソールは黙り込んでしまう。図星だったのだ、エリザベートの指摘は。そんな彼を見ながら、魔神は微笑む。
「あなたに覚悟があるのなら、その願い……半分なら叶えて差し上げられますわ」
「半分、だけ? それはどういう……」
「あなたの兄は今、強烈な人間不信の状態にありますわ。説得は不可能、寝返らせるなど夢のまた夢。ですが、あなただけなら可能ですわ」
「つまり……兄さんを見捨てて僕だけ寝返れ、ということですか?」
ソールの問いに、エリザベートは頷く。彼女の言う通り、ディルスはソールと邪神の子、ラディウス以外は誰も信じていない。
長い間行われたグリルゴ夫婦の虐待によって心がねじ曲がり、人格が歪んでしまったのだ。彼が唯一愛するソールですら、説得出来ないほどに。
「ええ。ハッキリ言いましょう、あなたはまだ人生をやり直すことが出来ますわ。ですが、兄の方は不可能です。歪んでしまった事情があるとはいえ、彼は多くの罪を重ねすぎました。あなたに背負わせまいと、より多くの罪を」
「……」
「あなたには選ぶ権利がありますわ。兄と共に歩き、地獄の底まで寄り添い続けるか。兄と敵対することになってでも、善を為すために戦うか」
「それを、今ここで選べというんですか?」
「ええ。何しろ、時間がありませんの。あなたがいなくなったことにディルスが気付けば、ここを嗅ぎ付けられるのも時間の問題ですもの」
いきなり連れ去られ、一方的に言葉の嵐を浴びせかけられ。その上、人生を左右するとんでもない選択を迫られた。
普通の者なら、エリザベートに怒り怒鳴り散らすだろう。だが、ソールは違った。これまで行動に移せなかった計画を実行するチャンス。
そう考えたのだ。エリザベートを真っ直ぐ見つめ、答えを口にする。
「僕はもう、これ以上兄さんに罪を重ねてほしくない。例え兄弟で殺し合うことになったとしても。僕は兄さんを止めたい!」
「その言葉、本心ですわね? 一度聞き届けたら、もう後戻りは出来ませんわよ」
「それでも構わない。僕はもう、兄さんが苦しむのを見ているだけなのは嫌なんだ!」
虐殺を重ねる裏で、ディルスが悪夢に苦しんでいることをソールは知っている。かつての虐待の日々が、ディルスの心を傷付け苦しめている。
それを知りながら、何もしてあげることが出来ない悔しさと虚しさをソールは抱えていた。兄を止め、苦しみから解放するために。
コリンたちの元に寝返り、邪神の子と戦うことを決めた。
「分かりましたわ。では、星騎士の頭目のところに送って差し上げます。ちょうど、この連峰に向かってきているようなので」
「え、分かるんですか?」
「もちろんですわ。魔神の探知能力を舐めてもらっては困りますわ! オーホホホホホ!」
エリザベートは右手を顎に、左手を腰に添え胸を張って高笑いする。その時、洞窟の奥から重たい音が響いてくる。
何か重たいモノが地に降り立ったような、重厚感のある音だった。それを聞いたエリザベートは、高笑いをやめ真顔になる。
「戻ってきたようですわね。では、行きましょうか。言っておきますけれど、わたくしが送れるのは彼らのすぐ近くまでですわ。降りたら、後は歩いてくださいませ」
「え、どうして?」
「少々特殊な事情がありますの。今はこうして手助けしていますが、流石にコーネリアス本人とここ以外で顔を合わせるのはまずいのですわ」
「はあ、そうですか。エリザベートさんも大変なんですね」
「ええ、誰でも何かしらの悩みを抱えているものですわ。エルカリオス様、わたくし出掛けてきますわ!」
ソールの言葉にそう答えた後、エリザベートは洞窟の奥に向かって大声で叫ぶ。少しして、唸り声が返ってきた。
「さて、行きますわよ。今からなら、三日もあれば彼らが通る街道の近くまで送れますわ」
「わっ、ロープが……。分かりました、よろしくお願いいたしますします。エリザベートさん」
拘束を解かれたソールは、エリザベートに掴まりラガラモン連峰を発つ。四年の時を経て、新世代の十二星騎士が……ついに、集結しようとしていた。




