22話―コリンの昔話
「う、ぐすっ、ひっく」
「おーよしよし、もう大丈夫だからなコリン。悪い奴らはぶっ殺……してはないけど、まあ一ヶ月くらいは病院から出てこれねえからよ」
「そうよ~、もうこわ~いことは何もないわ~。だから安心してね、コリンくん」
アシュリーとカトリーヌによってチンピラトリオはボロ雑巾になり、コリンが救出された。まだショックから立ち直れていないようで、アシュリーの腕の中で泣いている。
「にしても、まさかあのコリンが泣くたぁなあ。しかも結構なギャン泣き……」
「そうねぇ、ついつい忘れちゃうけれど……コリンくんも、まだ八歳の子どもなんだものね。いつだって、完全無欠ってわけにはいかないわ~」
「だよなぁ。ま、こういう時はアタイらが守ってやりゃあいいのさ。持ちつ持たれつ、みたいな?」
ポンポンと優しくコリンの頭を撫でつつ、アシュリーたちはそんな会話をする。表通りまで戻れた……はいいが、まだ泣き止む気配はない。
かなり落ち着いてきてはいるが、まだ涙がポロポロこぼれてきていた。何とか泣き止ませるすべはないものかと、二人は思案する。
「にしても、どうするよカティ。何とかして元気つけてやらねぇと、ずっと泣いてるぜ?」
「ん~、そうね~。あ、ならあそこに連れていってみるのはどうかしら~?」
「ああ、確かに……子どもはおやつ大好きだからな、案外コロッとゴキゲンになるかもな」
「ひっく、ひっく、ぐすっ」
「よしよし、ちょーっと待ってなコリン。すぐイイトコに連れてってやっから」
カトリーヌの提案を受け、アシュリーはとある場所にコリンを連れていく。三人が訪れたのは、商店街の一角にあるドーナツ屋さんだった。
ずっと泣きじゃくっていたコリンだったが、美味しそうな匂いにつられ顔をあげる。涙を拭った後、アシュリーに問いかけた。
「くすん。なんじゃ? このいい匂いは」
「これな、ドーナツっていうお菓子の匂いなんだ。おやつ時にゃ早いけどよ、旨いドーナツ食べて元気出してもらおうと思ってな」
「どーなつ? 見たことも聞いたこともないのう。うむ、食べてみたい」
「うふふ、それじゃあお店に入りましょう。ここのドーナツ、帝都でも大人気なのよ~」
はじめて聞く食べ物に興味津々なコリンは、店の中に入った瞬間目を丸くする。ショーケースの中に、見たこともないリング状の物体が並んでいたからだ。
単なる食品サンプルではあるが、コリンの興味を引くには十分だったらしい。すっかり涙が止まり、物珍しそうにしている。
「あれが、どーなつ……なるものなのかのう? 随分と変わった形をしておるわい」
「ええ。小麦粉で作った生地を輪にして、油で揚げたお菓子なのよ~。チョコレートやお砂糖をまぶしたり、生地の中にクリームを挟んだりするの~」
「むむむ、美味しそうじゃのう。わしも一つ食べてみたいぞよ。アシュリー、おすすめはあるかの?」
「ああ、アタイのイチオシがあるぜ。おーい、店員さんよ、このチョコドーナツとハニーリング、それからダブルストロベリードーナツをくれ。後、ホットミルクも三つな」
「はい、かしこまりました~。お買い上げありがとうございまーす。すぐにお作りしますので、あちらでお待ちくださーい」
アシュリーオススメのドーナツを買った後、三人はテラス席に座る。少しして、出来立てほやほやのドーナツが三つ、トレーに載せられて運ばれてきた。
「お待たせしましたー。どうぞ、ごゆっくりー」
「おお、これが実物なのか。うーむ、どれも美味しそうじゃのう」
「好きなの食っていいぜ、コリン」
「うーむ……よし、決めたぞ。このチョコレートのやつにするのじゃ」
しばらく吟味した後、コリンはチョコレートでコーティングされたドーナツを手に取る。くんくん匂いを嗅いだ後、口を開けてかぶりつく。
「いただきますなのじゃ。もぐもぐ……む、むむっ!」
「どうした、コリン。気に召さなかったか?」
「なんという美味しさなのじゃ! 柔らかもちもちの生地と甘いチョコレートが、互いの魅力を引き出しておる! これほどまでに美味なお菓子があるとは……ううむ、この大地侮れぬわい」
「うふふ、気に入ってくれたようでよかったわ~。それじゃあ、わたしはハニーリングをいただくわ~」
「ンじゃ、アタイは残ったダブルストロベリーだな。これ、大好物なンだよ」
カトリーヌたちもめいめい好きなドーナツを手に取り、食べ始める。コリンはすっかりドーナツを気に入ったようで、ペロリと平らげてみせた。
二個目が欲しそうにうずうずしていたため、気を利かせたアシュリーがもう一個チョコドーナツを注文する。ドーナツを食べつつ、カトリーヌが口を開く。
「そういえば~、わたしたちコリンくんのことあんまり知らないのよね~。ねぇコリンくん、いい機会だしいろいろ聞かせてもらえるかしら~」
「ん、よいぞ。何が聞きたいんじゃ? 答えられる範囲でなら答えるぞよ」
「そうね~、じゃあコリンくんの家族について聞きたいわ~。コリンくんのお父様とお母様がどんな方なのか、知りたいわね~」
「パパ上とママ上について、か。うむ、よいぞ。とはいえ、パパ上の方はある程度知っておるじゃろ?」
ホットミルクを飲みながら、コリンはそう言う。口周りに出来た白いヒゲを見て笑いつつ、アシュリーが口を挟む。
「そうは言ってもよ、アタイらが知ってるのは英雄としてのフリード様だけだからな。コリンのオヤジとしてのフリード様がどんな感じなのか、結構興味あンだよ」
「ふむ、ならば話すとしよう。わしのママ上は、前にも言うたが闇の眷属を束ねる存在、魔戒王の一角なのじゃ。それも、序列第三位……かなり上の実力者じゃ」
「へぇ、そいつはすげぇな。上から三番目か……ンじゃあ、コリンがそンだけつえぇのも納得だ」
「うむ、ママ上はかなり強いぞよ。配下の魔の貴族……それも、最上位の大魔公が束になっても勝てんほどじゃ。まあ、パパ上はもっと強いがの」
リスのようにドーナツを頬張りつつ、コリンは自慢気に胸を張る。その言葉を聞いたアシュリーとカトリーヌは、互いに顔を見合わせる。
「へぇ、そうだろうなーとは思ってけどやっぱりか。まあ、邪神を倒した英雄だもンな、そりゃ強いわな」
「ふふふ、左様じゃ。パパ上たちの出会いのエピソード、知りたくはないか?」
「あら~、わたし興味があるわ~。コリンくん、教えて~?」
「むふふ、よいぞ。ママ上からもう百回以上は聞いたのじゃがな、パパ上たちが出会ったのは……ママ上の故郷、暗黒領域で行われた武術大会なのじゃよ」
カトリーヌに請われ、コリンは両親がどのようにして出会ったのかを語って聞かせる。アシュリーも興味があるようで、ドーナツを食べながら聞いていた。
「今から七百年とちょっと前、ママ上が新しく部下を取り立てるために大会を開いたのじゃ。そこに飛び入りで参加したのがパパ上なのじゃよ」
「ほー、飛び入りか。それで、トントン拍子に決勝まで進ンだ、ってわけか?」
「うむ。で、決勝戦でも余裕勝ちしたんじゃがな……そこにママ上が乱入してのう、エキシビジョンマッチが勝手に始まったそうじゃ」
「お前のおフクロ何やってンだよ……」
途中から予想外の流れになり、アシュリーは呆れてしまう。一方のカトリーヌはというと、相変わらず微笑みを浮かべていた。
「どうも、あんまりにもスマートに勝ち上がってくるのを見てエキサイトしてもうたらしくての。そこから三日三晩、飲まず食わずで戦い続けたそうじゃ。で、結果お互いに一目惚れしてそのままゴールインしたと言っておった」
「お前の両親いろんな意味ですげぇな!?」
「うむ、今でも新婚気分で四六時中いちゃいちゃしておるぞ。アッツアツじゃよ、ふふふ」
「うふふ、それはいいことね~。とっても素敵ね、コリンくんのご両親って」
「わしもたっぷり可愛がられてのう。それはそれは溺愛されたものじゃ。ま、可愛がり一辺倒ではなかったがの。キッチリと帝王学を仕込まれたわい」
二個目のドーナツを食べ終え、残ったホットミルクを飲みつつコリンはそう語る。今度は、アシュリーが質問を投げ掛けた。
「帝王学、ねぇ。やっぱあの闇魔法も、フリード様から教わったのか?」
「うむ。パパ上からは闇魔法を、ママ上とその部下たちからは闇の眷属としてのアレコレをな。ありとあらゆる危機から身を守る方法を叩き込まれたものよ。地獄の修練を繰り返して、のう」
かつて行った修行の数々を思い出したようで、コリンの額に冷や汗が浮かぶ。それを見たアシュリーたちは、どれほど修行が壮絶だったのかを悟る。
「そんなにか。やっぱ、コリンの出自が関係してるのか?」
「まあ、の。なにしろ、わしは現状唯一の大地の民と闇の眷属のハーフじゃからな。……わしを利用したい者は、山ほどおるというわけじゃ」
「え? それって……」
どこか陰りのある表情を浮かべ、コリンは意味深な言葉を口にする。アシュリーが意図を尋ねようとするも、その前にコリンは席を立ってしまう。
「ごちそうさまでしたのじゃ。さ、お買い物の続きをしようぞ。まだまだ時間はたっぷりあるでな、たくさんお店を見て回ろうぞ!」
「あ、コリン! ……やれやれ、もう店を出ちまった」
「まだわたしたちには話せない、重い秘密を抱えてるみたいね~。あの子の方から話してくれるまでは、そっとしておきましょう?」
「だな。嫌なこと思い出させるのも悪いしな」
そそくさと店の外に出たコリンを追い、アシュリーたちも席を立つのだった。




