212話─ラインハルト、再び
七日後、ラインハルト率いるレジスタンスがゼビオン帝国にやって来た。帝都アディアンの城にて、コリンやエレナたちが彼らを出迎える。
「遠路はるばる、ようこそおいでくださいました。壮健なようで何よりです、ラインハルト様」
「皇女……いえ、今は皇帝陛下とお呼びするべきですね、エレナ陛下。こうして生きてお会い出来たこと、望外の喜びです。コーネリアスも、また逢えてよかった」
「ええ、こうして再会出来て喜ばしい限り。……ラインハルト殿、少しヒゲが伸びましたな」
「まあ、な。リーダーとしての貫禄を……と思ってね。少しだが、伸ばしてみたんだ」
和やかな雰囲気の中、コリンたちは城の中に入る。食堂で会食をしながら、それぞれこの四年間をどう生き延びてきたのかを語り明かした。
お互い苦労を重ねたからか、語る言葉には重みがあった。そんな中、コリンはラインハルトが発したある言葉に引っかかるものを覚える。
「……お竜様に守られていた、とな?」
「ああ。ランザーム王国の北東に、ラガラモン連峰という大山脈がある。そこに、一頭の巨竜とその世話係の女性が暮らしていてね。力を貸してもらったんだよ、彼らに」
ラインハルトたちは、独力で勝利をもぎ取れたわけではないようだ。巨大な赤竜とその配下の力を借り、王国北部を奪還したらしい。
赤竜の正体を考えていたコリンは、ある可能性に思い至る。食事の手を止め、ラインハルトにとある頼み事をした。
「ラインハルト殿、そのお竜様とやらにお目通りすることは可能じゃろうか。力を貸してくれたお礼を言いたいのじゃ」
「もちろん、問題ないとも。むしろ、私も君もお竜様に会ってほしいと思っていたんだ。良ければ、明日私と一緒にラガラモン連峰に行くかね?」
「是非行かせてもらいますとも。いや、実に楽しみじゃ。そのお竜様に会えるのが」
にこやかな笑み浮かべ、コリンはそう答えた。その日の夜……コリンはアルソブラ城に戻り、フェルメアのところから戻ってきたマリアベルと会う。
「お坊ちゃま、わたくしへのご命令とは何でしょう。どんな命令も、わたくしが遂行致します」
「うむ、ちと調べてほしいことがある。お竜様とやらの正体を知りたいのじゃ」
「かしこまりました。わたくしにお任せください」
お竜様というワードを聞いた時から、コリンは考えていた。いくら巨大な竜といえど、邪神の子を擁するダルクレア聖王国を打ち負かすことは不可能。
それが出来るのは、神……あるいは、神と同等の力を持つ者だけ。そして、竜に化身する力を持つ神は、彼ら以外にはいない。
(以前リオから依頼された、家族の捜索……やれやれ、ようやく着手出来るわい。じゃが、パパ上に断りなくイゼア=ネデールに来たのは問題になるのう。どうしたものやら)
七百年前、天上の神々とコリンの父、フリードの間で相互不干渉の約定が結ばれた。その約定は、新たに生まれた神々にも適用される。
故に、いかなる理由であれ魔神たちがフリードに断りなくイゼア=ネデールに足を踏み入れれば、約定違反となる。場合によっては、問答無用で戦争になりかねない。
それだけは、何としてでも避けなければならない。ここで三つ巴の争いになれば、せっかく取り戻しかけた大地の平和が消えてしまうのだ。
「やれやれ、ここに来て面倒なことにならなければいいのじゃが……。ヴァスラサックに加えて、天上の連中まで相手取るのは勘弁してほしいものよ」
マリアベルが退室した後、コリンはそう呟きため息をつく。邪神討伐という最後の大仕事を前に、不安が募るのだった。
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「ここを突破させるな、ラインハルト様から託された使命を思い出せ!」
「奴らを押し返せ! 例え相手が若造だろうと油断はするな!」
その頃、ランザーム王国の南北を分断する暫定国境線……通称『シャルジール戦線』。そこでは、ディルスとソール率いるダルクレア聖王国軍と、ラインハルトが防衛のため残したレジスタンスが戦っていた。
「クズどもが……! 全員殺してやる。一人残らず溺れ死ね! 落星顕現・ピスケス! さあ、虐殺の時間だ!」
レジスタンスの立て籠もる要塞を前に、ディウスは星の力を呼び覚ます。だが、それはコリンたちが用いるものとは明らかに違った。
怒り、憎しみ、殺意……そうした負の感情だけで呼び覚まされたドス黒くおぞましい星の力が、ディルスの身体の中に宿る。
全身に鱗の鎧を、腕や脚、背中に刃物のような鋭いヒレを備えた半魚人のような姿になったディルスは大声で叫ぶ。
「敵も味方も関係ない、死にたくない奴はみっともなく逃げやがれ! ダイダル・フィン・スコール!」
「まずい、例のアレが来るぞ! 撤退、撤退だぁ!」
要塞を陥落させようとしていたダルクレア軍は、慌てて退いていく。その様子を訝しげに見ていたレジスタンスたちは、直後に知ることになる。
何故彼らが退いたのか。そして、ディルスが内に秘める底無しの悪意と凶暴性を。
「隊長、大量の魚鱗が降ってきました! このままだと、結界を突破されます!」
「魔術師たちを総動員しろ! 何としてでも防ぐんだ!」
「だ、ダメです! 結界が壊れ……ぎゃっ!」
ディルスの目の前に、渦巻く水柱が立ち昇る。その中から、大量の鱗が勢いよく発射された。鱗は要塞を覆う結界に突き刺さり、ヒビを入れていく。
数分も経たないうちに、結界の一部が破られ……内部に侵入した鱗が、一人の兵士の首を切り飛ばす。床を転がる仲間の生首を見て、兵士たちは悲鳴をあげる。
「脆いな……。なら、ここからは直接殺すか。ソール、お前は侵入したら全ての退路を封鎖しろ! 全員生かして帰すな!」
「……分かったよ、兄さん」
魔法石を使って弟に呼びかけた後、ディルスは攻撃を止め要塞に向かって走り出す。勢いよく跳躍し、結界をブチ破って侵入する。
「敵兵がしんにゅ……ぐあっ!」
「死ね、死ね死ね死ね死ね死ねっ! お前たちみんな死ねばいい! 弟を見捨てたクズどもめ、苦しみながら死ねぇっ!」
狂気の光を瞳に宿し、ディルスは指先に生やした爪状の鱗を使ってレジスタンスを虐殺して回る。一方、遅れて侵入を果たしたソールは……。
「……チャンスだ。ここで星の力を解除すれば、レジスタンスに紛れて北に」
「あら、どちら様ですの? ここは、あなたのような魚臭い方がいていい場所ではありませんわよ」
「なっ──うわっ!」
要塞の裏手に回り込み、ソールは兄と同じ姿のまま思案する。そこに、背後から声がかけられる。振り向いた直後、額に剣の柄が叩き込まれた。
気を失い、倒れたソールを縦ロールにした金髪が特徴的な女──エリザベートが見下ろす。ソールを担ぎ上げ、背中に竜の翼を生やし羽ばたかせる。
「さて、無事兄弟の片割れを確保出来ましたわ。後はエルカリオス様に任せて……わたくしは撤退しましょうか」
エリザベートはソールを担いだまま、楽々空へ飛び上がる。直後、猛スピードでラガラモン連邦のある方角へ飛翔していった。
「これで兵士どもは皆殺し、か。後は……ん、炊事場か。ここも見ておくとしよう。クズどもが隠れているかもしれないからな」
一方、弟がさらわれたとはつゆ知らず、ディルスは要塞内の兵士たちを殺して回っていた。あらかた殺し尽くした後、炊事場に立ち寄る。
そこには、炊き出しを担当している女性たちと、手伝いをしている子どもたちが隠れていた。隅っこの方で身体を寄せ集め、ガタガタ震えている。
「ここにもいたか、クズどもが」
「ひぃっ! お、お願いだよ。あたしたちはどうなってもいい、でも……この子たちは見逃しておくれ! 頼む、頼むよ!」
「ママ、こわいよぉ……」
子どもたちの命だけは助けてもらおうと、女たちは必死に頭を下げる。対するディルスは、血にまみれた爪を振り上げ──。
「……いいだろう。その心意気、気に入った。子どもを大切にしろ、俺や弟のような境遇にはさせるな」
そう言った後、ディルスは空中に下向きの魔法陣を作り出す。そこから降ってきたのは、大量の袋だ。中には、金貨や食料がぎっしり詰まっている。
「ここには誰もいなかった。北方に通じる転位魔法陣を設置して、侵略の足がかりを作り撤退する」
「……! あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」
ディルスの独り言を聞き、意図を察した女たちは泣きながら頭を下げる。自分たちに物資を与え、見逃してくれたのだと。
「……俺もまだ甘いな。だが……子どもを守ろうとする奴らだけは、どうにも殺せないな……」
そう自嘲しながら、ディルスは廊下を歩いていく。その背中では、【ファンダバルの大星痕】が漆黒の輝きを放っていた。




