210話─人馬の星、駆ける
「そーらそらそら、どんどんミサイルをぶっ放してやる! 二人仲良く死んじゃえー!」
「まずいな、数が増えおった。マリス、わしも加勢する! ディザスター」
「そうはいかないな! リッチマンズ・マイン!」
攻撃を激化させるオルドーに対抗するべく、コリンもマリスに加勢しようとする。が、その直後コリンの足下に魔法陣が現れた。
魔法陣は即座に弾け、コリンの身体を黄金の魔力が駆け抜ける。すると、コリンの足が黄金へと変わっていく。
「ぐっ、なんじゃこれは……魔力が、阻害されて……」
「あっははは、どうだい? 生きたまま黄金に変わっていく感覚は。お前も人間電池にしてあげるよ、一人で五百年分は電力を稼げるかな?」
「貴様、よくも! マーマたちだけでなく、コリンまで奪うつもりか!」
黄金に変わっていくコリンを見て、マリスは激怒する。絶望の中で黄金へ変えられていった部族の仲間たちの姿が、脳裏によみがえる。
マリスは一気に三十本の矢を射ち、全てのミサイルを破壊した。直後、コリンを抱えて走り出し大広間の窓をぶち破って逃走する。
「おやおや、逃げるのかい? ま、いいさ。一度浸食が始まったら最後、僕が死ぬか能力を解除しない限りは助からない。さて、今のうちに残りの三人を殺しに行こうかな!」
一時退却したのを見届け、オルドーは歪んだ笑みを浮かべる。そして、ドレイクの手引きで地下に侵入したエステルたちを抹殺するべく動き出す。
「コリン、コリン! ダメ、死ぬ、ダメ!」
「落ち着くのじゃ、マリス。わしは死なん、この程度の魔法ではな。オルドーの奴は失念しておるわい。わしが魔法の大天才じゃとな」
一方、マリスたちは中庭を通って使用人たちが住む区画へ逃れていた。空き部屋に潜み、マリスは必死にコリンの足を撫でる。
そんな彼女を落ち着かせながら、コリンは自分の両足に魔力を流し込む。すると、身体の黄金化がピタリと止まった。
「これで黄金化は止まった。じゃが……オルドーを倒さぬ限りは、元には戻らぬな。これでは歩くこともままならぬわい」
「……なら、マリス、乗せる。どこまでも、一緒。生きる、死ぬ、共に。でも……」
「でも、なんじゃ?」
「マリス、馬、なれない。力、オルドーに取り上げられた。だから……マリス、自信ない」
人間電池にされたガルダの民の安全を保証する代償に、マリスは獣化の力を失ったのだ。故に、今の彼女はケンタウロスになれない。
しゅんとするマリスの手を取り、コリンは自分の胸に押し当てる。そして、優しい声で語りかけた。
「大丈夫じゃよ、マリス。そなたの中にある星の力までは失われておらん。わしが力を貸そう。今こそ、そなたの中に眠る力を呼び覚ます時じゃ」
「マリスの、力……」
「意識を手に。わしの魔力を感じるのじゃ。大丈夫、全て上手くいくから」
「分かった。マリス、信じる。コリンを、心から」
そう答えた後、マリスは目を閉じる。コリンの身体を通して、彼の魔力を受け取っていく。すると……『何か』が目覚めていく感覚を覚えた。
「マリス、知らない。この感覚、なに?」
「それこそが、星の力。先祖代々受け継がれてきた、星騎士の証。さあ、今こそ目覚めの時じゃ。叫ぶのじゃ、目覚めの言葉を!」
「……分かった。マリス、やる。星魂顕現……サジタリアス!」
叫びと共に、マリスの中で眠っていた力が──今、解き放たれる。
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「なんや、これ……反則やろ、堅すぎやで……」
「刃が通らないなんて……これじゃ、打つ手がないよ」
「ワタシの帯もダメ、装甲に防がれちゃウ……」
その頃、黄金宮地下の発電プラントでエステルたちとオルドーが戦っていた。三対一でも、キカイの獣の牙城は崩せなかったようだ。
「殺すまえに聞いておくよ。人質を逃がしたりセキュリティーを機能不全にしたのはお前たちかい?」
「ちゃうで、ドレイクのおっさんや。ちょっとだけウチらと合流してな、いろいろ話してくれたで。ウチがジャスミンはんの首輪の爆弾解除して、一緒に逃がしたわ」
「ふーん、そっか。じゃあ、まずはお前から死ねよ。僕の玩具をよくも……うわっ!?」
「追い付いた! オルドー、今度こそ殺す!」
満身創痍のエステルを殺すため、オルドーが獣を動かそうとしたその時。壁をブチ破り、マリスが姿を現した。
マリスの肩甲骨の辺りから支柱が一本ずつ左右に伸び、その先には巨大な車輪が繋がっている。人間戦車とでも呼ぶべき姿になった彼女の背には、コリンが跨がっている。
『こ、これは……凄い姿だ、これがマリスさんの星の力なのか!』
「すごーい、カッコイイ!」
車輪を駆動させ、弓を構えながらマリスはオルドーを睨む。対するオルドーは、小バカにするような笑みを浮かべコンソールを操作する。
「へぇ、面白い姿になったね。いいよ、なら先にお前と遊んであげる。死にかけのアリンコ三匹、いつだって殺せるしね!」
「マリス、気を付けよ。転移魔法じゃ!」
「負けない。マリス、コリン一緒。二人、絆見せ付けて勝つ!」
オルドーが転移魔法を発動し、マリスたちは黄金宮の中庭に移動させられる。いよいよ、決着をつける時が来たのだ。
「さあ、今度こそ殺してあげるよ! セレブリティミサイル!」
「もう、当たらない! ホイール・バースト!」
マリスとコリンを狙って、大量のミサイルが放たれる。それに対し、マリスは車輪を高速回転させて中庭を爆走する。
ミサイルの追尾を余裕で振り切り、オルドーが乗り込むキカイの獣に突進する。頑丈な装甲があるから、と油断していたオルドーだが……。
「来なよ、闇魔法も矢もこの装甲を」
「ホイール・パンツァー!」
「なっ……へぶっ!?」
獣の前で急停止し、マリスは高速回転する車輪を使ってパンチを繰り出す。強烈な一撃は、それまで無傷だった装甲をひしゃげさせた。
「う、嘘だ! 無敵の装甲が壊されるなんて!」
「愚かなり、オルドー。この世に無敵なものなどない。貴様が愚弄した者たちの怒り、思い知れ! ディザスター・ランス【貫壊】!」
装甲がひしゃげた部分に、コリンは闇の槍を放つ。著しく強度が落ちた装甲では、まともな防御力など期待出来ない。
槍が完全に装甲を破壊し、内部機関に致命的なダメージを与える。ほとんどの武装が使えなくなり、キカイの獣は沈黙した。
「う、動け! 動けよ! くそっ、こうなったら脱出して」
「させない! エアーズコフィン!」
もはや用をなさない獣から脱出しようとするオルドー。だが、そうはさせないとばかりにマリスが風の魔法を操る。
突風の棺を作り出し、オルドーの脱出を封じる。こうなればもう、オルドーに打つ手はない。ゲームオーバーなのだ。
「マリス、トドメじゃ! 奴を仕留め、恨みを晴らしてやれ!」
「分かった! 人馬星奥義……」
「待て、待って! 草原を元通りにするよ、獣人たちも解放する! だから、命だけは」
「ダメ、お前は許さない! 奥義、ハートレス・ディバスター!」
オルドーの命乞いを受け入れず、マリスは弓を構え矢を放つ。突風を纏う矢が、キカイの獣ごとオルドーを貫いた。
「が、は……! 嫌だ、まだ死にたくない……やりたいことが、まだたくさんあるのに……ここで、死ぬなんて……う、ぐはぁっ!」
オルドーが絶望の声を漏らした直後、キカイの獣がショートし大爆発を起こす。炎と爆風に焼かれ、絶大な苦しみに中でオルドーは死んでいく。
仇敵の最期を見届けたマリスは、ビッと中指を立てる。最後まで、祖国を破壊し尽くした仇敵を侮辱する姿勢を崩すことはない。
「地獄、落ちろ! あの世で、もっと苦しめ!」
「うむ、あの世を統べる女神には是非頑張ってもらたいのう。奴のような外道には、とことん苦しんでもらわねば腹の虫が治まらん!」
炎上する獣の中で断末魔の叫びをあげるオルドーを一瞥した後、マリスたちは地下に戻る。発電区画に囚われたガルダの民を、解放するために。
「お、戻ってきたで! 二人とも、こっちや! ドレイクのおっさんがキカイを故障させてくれたおかげで、問題なく入れるで!」
「よし、みな突入じゃ! ガルダの民を助けに行くぞよ!」
「おー!」
一行は開かれた隔壁の向こうへと進む。すると……奥の大部屋に、元の姿に戻ったガルダの民たちがいた。部族ごとに別のフロアに収容されているようで、コリンたちは手分けして彼らを外に出す。
「マーマ!」
「! その声……マリス!? そうか……あんたが私たちを……おっと!」
「会いたかった、ずっと……ずっと助けたかった。マリス、頑張った。みんな、救う、ために……」
一番奥のフロアには、馬獣人たちが囚われていた。もちろん、族長たるリュミも。星の力を解除したマリスは、リュミに抱き着いた。
「……ありがとう、マリス。あんたのおかげで、みんな元に戻れたよ」
「う、ぐすっ、ひっく……」
「よかったのう、マリス。これで……この国も、元に戻れるじゃろう。爽やかな風が吹く、草原へと」
黄金の都を統べる者が倒れ、享楽の都市は滅びを迎えた。再会を喜び合う親子を、コリンは微笑みを浮かべながら見つめていた。




