208話─モーター・ハート・ラン
しかし、嘆いてばかりもいられない。コリンもレースに参加している以上、魔の直角カーブを抜けなければならないのだ。
十八人中、すでに七人が脱落している。ここでコリンまでリタイアするわけにはいかない。何が何でも、ここを切り抜ける必要がある。
「さあ、いきなり七人も脱落してしまいましたが、後続の選手たちは無事丸ノコから逃れられるのか!? 続いて突入するのは期待のニューフェイス、コリン選手だー!」
「フン、この程度どうということはない。昔、マリアベルに作ってもらった箱庭サーキットの方が難しいコースじゃったわ! それっ!」
コリンは後続のレーサーから攻撃されないよう加速し、コーナーに突入する。コースの真ん中から外れることなく、最高速で曲がってみせた。
「ルーキーが抜けるぞ! 先に行かせるな! キャノンボール・シュート!」
「邪魔をするでないわ! ディザスター・シールド【反射】!」
「なっ、跳ね返……ぎゃああーー!!」
コリンの数メートル後ろに着いていたレーサーが、脱落させようと攻撃を仕掛けてくる。自分から仕掛けるつもりはないが、相手から攻撃してくるなら話は別だ。
闇の盾を展開して魔法弾を反射し、攻撃を跳ね返した。結果、攻撃を行ったレーサーは転倒したまま滑っていき、イン側の丸ノコの餌食になった。
「ルーキー、反撃! これでまた一人脱落、残る選手は十人です!」
「……愚かな。攻撃してこなければ、何もしないというのに」
ハイテンションな実況の言葉に対し、コリンはそう吐き捨てる。後続の六人は、ライバルの末路を見て慎重に立ち回ることにしたようだ。
結局、最初のカーブだけで八人もの脱落者を生んでしまった。モーター・ハート・ランの恐ろしさを、コリンは改めて確認する。
その後、何事もなかったかのようにレースは順調に進んでいく。しばらくして、前方に巨大な城が見えてきた。
「さあ、フォーラの古城が見えて参りました! 第二の関門、運命分けの門が迫っています! 城内に続く二つの道は、片方が楽なショートカット、もう片方が地獄の遠回り! さあ、運命に愛されるのは誰だ!?」
城の門がゆっくりと開き、左右に分かれた道が出現する。右か、左か。どちらに進むかで、レーサーたちの命運が決まるのだ。
「……直感、信じる。マリス、左!」
「げこげこ、チャンピオンは左げこね? なら、おいらも左に行くゲロ!」
先頭を走っていたナイトライアは、己の勘を信じて左のルートに入る。二位に着けていたリッガーも、彼女に続く。
一方、三位の男レーサーは右のルートへ入っていった。次に道を選ぶのは、コリンだ。果たして、彼が選んだのは……。
「ふっ、こういう時にやることは決まっておる。……あえてどちらも選ばん! ディザスター・ランス【貫壊】!」
「おおおおお!? こ、これは!? なんとルーキー、ド真ん中の壁を魔法でブチ抜いた! 第三のルートを作ろうというのかー!? 前代未聞、こんなことは初めてですよ!」
運任せを嫌ったコリンは、城の中に闇の槍を放つ。壁をブチ破った後、闇魔法で道を作り強引にショートカットするつもりだ。
一気にアクセルを吹かし、第三のルートへと突き進む。コリンが通った後には、道は残らない。残りの者たちは、否応なしに左右どちらかを選ばねばならないのだ。
「わっははは、お先に失礼させてもらうぞよー!」
「クソッ、とんでもねぇことしやがる! まあいい、僕は右だ!」
残る六人のレーサーたちは、三人ずつに別れて左右のルートへ進んでいく。果たして、ショートカットになる道は……。
「やっぱり、合ってた。マリス、いつも正しい」
「ゲロゲロ、やっぱりチャンピオンの後を追って正解だったげこ~!」
天国ルートは、左の方だった。左を選んだ五人のレーサーたちは、何事もなく城の中を進んでいく。その一方、右を選んだ者たちは……。
「ヒィィ! ぎ、ギロチンが……ぎゃあっ!」
「鉄球の雨が降ってくるぞ、気を付け……うぎゅば!」
はずれの地獄ルートを選んだ四人は、数々の罠に襲われていた。壁からせり出してくるギロチン、天井から降り注ぐ無数の鉄球。
それに加え、床がうねるせいでまともに走ることさえ出来ない。数分もせずに、地獄ルートを選んだレーサーたちは全滅した。
「幸運の女神が微笑んだのは六……いや、五人! 現在、我が道を突き進むルーキーがトップに躍り出ていいる! チャンピオン、巻き返しなるか!?」
「コリン、なかなかやる。マリス、負けられない!」
実況の声を聞き、ナイトライア──マリスは闘志を燃やす。が、そんな彼女に背後から敵が迫る。リッガーが攻撃を仕掛けてきたのだ。
口から泡を吐き、空気に触れさせて鋼鉄のように硬くする。それを用いて、ナイトライアを叩き潰そうと目論む。
「げこげこげこ、チャンピオンやルーキーばっかりいい顔はさせないゲロ。ここで引きずり下ろしてやるゲロ~! チャンピオン、かく……ご?」
「お前、邪魔。他の者殺す、邪悪。マリス、許さない!」
「げろ~っ!? ば、バイクが消し飛んで……へばっ!」
ナイトライアは振り向くことなく、風の矢を放つ。矢はリッガーが乗るバイクを貫き、いとも簡単に消し飛ばしてみせた。
当然、そうなってしまえばリッガーは地面に落ちるしかない。腹から地面に叩き付けられた彼女の上を、後続のレーサーたちが通り過ぎる。
「そんなとこで寝てんじゃねえ! 邪魔だ!」
「ゲロッがぁぁ~! こ、こんなはずじゃびゅ!」
まさしく、潰されたカエルまんまの断末魔をあげてリッガーは轢殺された。これで、トップを走っていた集団は全滅だ。
「リッガー選手、ここで脱落! 残るは五人、レースはいよいよ後半戦です! 一体何人生き残れるか注目ですよー!」
「やれやれ、まだ終わらぬのかこのレースは。まあよい、最後まで生き残るだけよ! ディザスター・ランス【貫壊】!」
独自の道を進んでいたコリンは、壁を破壊して正規ルートに復帰する。ショートカットしたおかげで、単独トップに躍り出た。
「次は螺旋階段か……壁がないから、気を抜くと落ちてしまうのう。しっかりドリフトせねば!」
「コリン、速い。でも、追い付いてみせる!」
後半戦最初の関門は、狭い螺旋階段状の道だ。上へ上へと、コリンたちはコースを登っていく。……が。
「な、なんじゃ? だんだん身体が外側に引っ張られて……む、これはまずい!」
「うう、ダメだ、耐えきれない! うわああああ!」
しばらくして、異変が起こる。強烈な遠心力がかかり、レーサーたちの身体が外側に引っ張られ始めたのだ。
遠心力に耐えきれず、一人が弾き飛ばされ転落していく。奈落の底に真っ逆さまに落ちていき、グシャリと何かが潰れる音が響いた。
「さあ、第三の関門スパイラルロードにやって参りました! 急いで通り抜けないと、だんだん強くなる遠心力に引っ張られてジ・エンドです!」
「全く、面倒な仕掛けばかりじゃな!」
アクセルを吹かし、コリンは急ぎ螺旋階段を登る。だが、急ぎ過ぎてもいけない。少しでもバイクがブレれば、そのまま奈落に落ちる。
「ダメ、耐えきれ……わあああ!!」
「あっ、違う! ハンドル切る方向間違え……あああああああ!!」
遠心力に捕まって落ちていく者、ドライビングテクニックが追い付かず自滅していく者……螺旋階段を抜ける頃には、残るレーサーは二人に減っていた。
すなわち、コリンとナイトライアの二名。ここからは、二人の一騎打ちとなる。階段の先にある扉が開かれると、そこは城の外だった。
「さあ、ついに最後の関門です! ここからはゴールまで、直線のコースが続くだけですが……このエリアは通称『潰し合いロード』! 最後の追い込みをかけるべく、選手たちが互いを潰し殺し合う場所! 激しいバトルが起こる予感ですね、これは!」
「勝手なことばかり言いおって。わしはマリスを攻撃せんぞ、このまま逃げ切るだけじゃ!」
「マリスも、コリン、攻撃しない。レースで、勝つ!」
最後の直線を、二人はエンジン全開で駆け抜ける。マシンスペックを覆し、ナイトライアがコリンと横並びになった。
互いに一歩も譲らず、横並びの状態を維持する。そして……。
「見えた、ゴールじゃ! このままラストスパートをかける!」
「マリスも、同じ。ここ、正念場。負けない!」
「おっと、チャンピオンもルーキーも、ひたすら走るのに専念しています! そして……ゴール! これは……もしや同着なのでは!?」
数百メートルの直線など、コリンたちからすればすぐ駆け抜けられる距離だ。二人同時にゴールテープを切ったことで、観客たちがどよめく。
「どっちだ!? どっちが先にゴールした!?」
「スーパースローカメラを見せろ! どっちが勝ったか教えろー!」
「はい、お待たせしました! 映像を確認……!? な、なんと! 両者共に全く同じタイミングでのゴールイン! これは……まさかの同着一位! チャンピオン、ルーキー共に……一位タイでの決着でぇぇぇす!」
サーキット場に、実況の叫びと観客たちの驚きの声が響く。そんな中、ゴールしたコリンとナイトライアは、互いを見つめながら微笑んでいた。




