204話─ヴァーチャルクイーンとの戦い
「さて……ついにこの日が来たね、アニエス。準備はいいかい?」
『もちろん! 今日のためにたくさん練習してきたんだもん、負ける気はしないね!』
翌日。VR格闘ゲーム、デモンイクリプスの頂点に立つゲームマスター……【ヴァーチャルクイーン】エスタロットとの戦いの日が来た。
マメだらけになった手をさすりながら、テレジアはゲームセンターの最上階にある特設ブースへ向かう。今日ここで、運命が決まる。
「おっ、チャレンジャーが来たぞ! 頑張れー、ファイトー!」
「今日も面白い試合を見せてくれよ! 期待してるぜ、オールラウンドちゃん!」
「やあ、みんな。期待しているといい、今日……新しいチャンピオンが生まれるよ」
控え室に向かう途中、テレジアは観戦しにきた客たちに声をかけられる。声援を送ってくる彼らに、ピースサインをしつつ余裕の言葉を返す。
ちなみに、何故オールラウンドと呼ばれているかと言うと、テレジアとアニエスはどんなクセが強いキャラでも人並み以上に使いこなせるからだ。
「ほー! こりゃ大した自信だな! こりゃ期待出来そうだ!」
「ふふ、楽しみにしていておくれ。じゃ、準備があるからこれで」
どよめく客たちと別れ、テレジアは控え室に入る。試合が始まる前に、彼女たちにはやることがあった。
今日の試合で用いるキャラの選定だ。通常は一ラウンド十分の一本勝負だが、今回は三ラウンドある。
先に二ラウンド先取した方が勝利となり、途中で一回だけキャラのチェンジが出来る。つまり、最大で二人のキャラを使えるのだ。
「さて、一人目はどのキャラにするかな。アニエス、おすすめはあるかい?」
『んー、とりあえず一人目は捨てキャラでいいんじゃないかな? チャンピオンの手の内を探る用ってことでさ』
「ふふ、ハッキリ言ってくれるね。ま、私も似たようなことを考えてた。それじゃ、一人目はコレでいいかな」
試合の時間が迫る中、二人は作戦を立てる。十分後、控え室の扉がノックされる。いよいよ、戦いの時がやって来たのだ。
「チャレンジャー、時間です。ブースの方に来てください」
「分かった、すぐ行くよ。さて……始めようか。戦いをね」
『うん! 絶対に勝とうね、お姉ちゃん!』
係の者に呼ばれ、二人は決戦ブースへと向かう。控え室を出て、花道を通って先へ進む中……実況の声が聞こえてくる。
「さあ、皆様お待ちかね! 本日行われてたるは空前絶後よスペシャルマッチ! この一ヶ月で、メキメキ頭角を現してきたスーパールーキーの登場です! 果たして、チャンピオンにどこまで食らい付けるのか!? みな、刮目せよー!」
「わあああああああ!!」
観客たちが熱狂する中、テレジアは向かい合って設置された卵型の機体の隣に立つ。不正防止のため、両プレイヤーが揃うまでは座れないのだ。
「今度はチャンピオンの登場だー! 絶対王者、【ヴァーチャルクイーン】は今日も無敗記録を守り抜けるのか!? 歴史に残る名勝負の予感! チャンピオン、エスタロットの登場だー!」
「……来たか。ついにこの時が」
テレジアの時以上の声援に迎えられ、エスタロットが花道を歩いてくる。テレジアの隣に立ち、ニヤリと笑う。
「よろしく、チャレンジャー。あなたのことはいろいろ聞いているわ。どんなキャラでも使いこなす達人……オールラウンダーってね」
「へぇ、それは嬉しいね。じゃあ……始めようか。時間がもったいないからね」
「ええ。どこまで戦えるか楽しみだわ」
二人はそう口にした後、椅子に座りゴーグルをかける。まずは、使用するキャラクターを選択するのだ。チャンピオンは、刀を持った和装の美女を選ぶ。
「あたしはいつも通り、ケイ・アマテラスを使うわ。チェンジはナシよ」
「じゃあ、私は一人目にホワイト・マックイーンを使わせてもらう。さあ、第一ラウンド開始だ!」
お互いにキャラクターセレクトを終え、試合が始まった。……結論から言うと、第一ラウンドはテレジアの敗北で終わった。
接戦の末の、僅差での敗北。初戦を制されたが、テレジアとアニエスは焦らない。第一ラウンドは、とにかく敵の手の内を知るのに費やしたからだ。
「第一ラウンド終了ー! 接戦の末、初戦を制したのはチャンピオンだー! やはり強い、強すぎるー!」
『負けちゃったね、お姉ちゃん。でも、これで相手のカードはだいたい割れたね』
「そうだね、アニエス。さあ、次は君の番だ。本命のキャラで、バシッと逆襲しておやり!」
『うん、任せて! ソウルチェンジ!』
第二ラウンドに向けて、二人は人格を交代する。新たにキャラクターを選び直し、本命を出す。選ばれたのは、どことなくコリンに雰囲気が似た、黒い武闘着を着た少年だ。
「おっと、ここでチャレンジャー使用キャラを交換しました! 新たに選んだのは……初心者向けの鉄板キャラ、ワンダー・リュウだー!」
「……へぇ。面白いわね。そんな中の下なキャラであたしを倒すつもり? 笑わせてくれるわ」
「へへーん、何とでも言いなよ。ボクはこのキャラで、あんたに吠え面かかせてやるから!」
小バカにしてくるエスタロットに、アニエスはそう反論する。そして始まった第二ラウンドは……見事、アニエスが勝利を収めた。
「な……なんと、なんとぉぉぉぉ!! 信じられないことが起こりました! チャレンジャーが勝利、大勝利! 誰もが予想し得なかった下克上が、ついに起こったァーーー!!!」
「おおおおおおお!!!」
「ば、バカな!? あたしのカイ・アマテラスが敗れるなんて……!」
アニエスの勝利に、観客たちのボルテージは最高潮まで高まる。無敗の記録が破られ、チャンピオンに土が付いた。
その事実が、彼らをさらに熱狂させる。興奮冷めやらぬ中、最終ラウンドが始まる。この戦いを制する者が、勝者となるのだ。
「さあ、ついに始まりました最終ラウンド! 果たして、勝つのはどちらだー!?」
「嘘よ……こんなことあっていいわけない! あたしはが負けるなんて、あってはならないのよ!」
真っ先に仕掛けたのは、エスタロットだ。弱攻撃を上段、中段、下段と使い分け激しくアニエスを攻め立てる。
その全てを、ガードボタンとレバーを用いてアニエスは捌いていく。相手のキャラと重なり合うんじゃないかというほど肉薄し、ガードを行う。
(何て反応速度……まるで、二人同時にボタン操作をしてるみたい。それにしても、ここまで肉薄してくるなんて……まさか、カイ・アマテラスの秘密に気付いてる!?)
(ふふふ、動揺してるね。私たちは無策で戦ってるわけじゃない。お前の使うキャラの秘密は、すでに第一ラウンドで見切っている!)
小競り合いが続く中、互いに思考を巡らせる。実は、エスタロットの愛用するキャラにはある『仕様』があった。
それは、刀の先端~中腹までを当てると威力が増加し、逆に中腹~根元が当たると威力が減るというものだ。
エスタロットはその仕様を巧みに利用し、常に先端を当てるよう戦っていた。熟練のプレイヤーだけが可能な、高度なプレイだ。
逆に言うと、根元の判定が当たるよう肉薄してしまえばダメージは激減する。アニエスたちは、そこを突いたのだ。
「チャンピオン、ひたすら攻めるー! 対するチャレンジャーは、ひたすらジャストガードとステップ回避で攻撃を対処! ほとんどクリーンヒットを貰ってもいません! 鉄壁の防御です!」
加えて、テレジアたちは相手キャラの致命的な弱点を発見した。それは、攻撃しながら後退することが出来ないということだ。
カイ・アマテラスは斬撃による前進制圧とカウンターによる大ダメージに重きを置いたキャラだ。そのため、他の大半のキャラと違い、後退攻撃が出来ない。
(まずいわ。このまま攻撃を続けても、ジャストガードボーナスで相手のフェイバリットゲージが溜まるだけ……。かといって、攻撃を止めた瞬間掴み投げの餌食になる。相手のコマンド速度を考えると、ガードが間に合わない!)
(ふふふ、こっちはボクとお姉ちゃんの二人がかりでコマンド入力してるからね。これくらいしないと、チャンピオンには勝てないよ。さあ、そろそろ仕掛けようか!)
フェイバリットゲージが七割ほど溜まったところで、ついにアニエスが反撃に出る。テレジアの力も借り、高速コマンド入力で投げ技を放った。
「おっと、ここでチャレンジャー反撃! ワンダー・リュウの満月投げが炸裂ー!」
「くっ、なら反撃よ! 十文字斬り!」
「甘いよ! カウンターコマンド、バーニングナックル!」
「まずい、スタンしちゃった!」
投げ技を食らい、体力を二割ほど削られるカイ・アマテラス。焦ったエスタロットは反撃に出るも、カウンターで迎撃される。
ワンダー・リュウの右腕が炎に包まれ、拳を叩き込む。威力は低く、コマンドも複雑だが……その分、ガードゲージを一撃でゼロに出来る強力な技だ。
「あーっと、ここでチャンピオンダウンしてしまった! このまま倒されてしまうのかー!?」
「これで終わりにするよ、お姉ちゃん!」
『任せて、私がボタンを押す。アニエスはレバーを!』
カウンターを成功させたことで、フェイバリットゲージが最大になる。アニエスたちは協力し、超必殺コマンドを入力する。
「食らえ! 超必殺技、黒龍炎舞衝!」
「復帰が……間に、合わなかった……」
「き、決まったー! ワンダー・リュウの超必殺技がカイ・アマテラスを沈めたー! 最終ラウンドを制したのは……チャレンジャーだぁぁぁぁぁ!!!」
「わあああああああ!!!」
真逆の結末に、観客たちは叫び声をあげた。新たなチャンピオンの誕生を祝い、拳を振り上げる。アニエスたちは、見事下克上を果たしてみせたのだった。




