21話―はじめてのお買い物
屋敷を出たコリンたちは、パジョンの町の中心部にある商店街を訪れていた。カトリーヌがイチオシする、ぬいぐるみ屋に行くためだ。
「さあ、着いたわ~。ここがパジョンで一番たくさんのぬいぐるみを扱ってるお店よ~」
「おお、ガラスの向こうにたくさんぬいぐるみが飾られておるのう! んー、どれも可愛くて目移りしてしまうわい!」
「うふふ、そうでしょう~? 特に、ここのテディベアはふわふわふかふかで触り心地がいいって評判なの~」
店の入り口の横にあるショーケースの中に飾られた、様々なテディベアを眺めてコリンは大興奮していた。ガラスに顔をくっつけ、ジッと見つめている。
「随分熱心に見てるな、コリン。中に入らなくていいのか?」
「おお、そうじゃな。では早速突入じゃ! もふもふぬいぐるみをゲットするのじゃー!」
数分後、アシュリーに促されコリンは勢いよく店の中に入る。店内の至るところにぬいぐるみが陳列されており、穏やかな空気に満ちていた。
棚の上にぬいぐるみを並べていた店主らしきおばあさんは、コリンたちが入ってきたことに気付きニコニコと笑みを浮かべる。
「おやぁ、いらっしゃい。久しぶりだねぇ、アシュリーちゃん。元気にしてたかい?」
「おう、アタイはいつだって元気だぜ。ばあさんの方も、達者で安心したよ」
「こんにちは~、モーラさん。今日はいい天気ね~」
「こんちには、カトリーヌちゃん。またぬいぐるみを買いに……おや、そっちの女の子は?」
「ぬあっ!? わしはこう見えて男子じゃぞ、間違えるでないわい!」
もはや恒例行事となった性別間違いにプンプン怒りながら、コリンは地団駄を踏む。おばあさん――モーラは目を丸くして驚き、謝った。
「あらぁ、そうなの。ごめんなさいねぇ、可愛いお顔してるから女の子かと思っちゃったわぁ」
「気ィ付けな、ばあさん。コリン、性別間違われると結構怒るからな」
「コリンくんはね~、ちょっと前に新しくお屋敷にある孤児院に来たの~。覚えておいてあげてね~」
アシュリーとカトリーヌはモーラにそう告げる。屋敷を出る時に、コリンの素性を聞かれたりした場合はこう答えようと決めていたのだ。
変に正体を明かしてしまうと、町で大混乱が起きてしまいかねないからである。モーラは納得し、またニコニコ笑う。
「そうかいそうかい。よろしくねぇ、ぼうや」
「うむ、こちらこそよろしくなのじゃ! しかし、このお店にはたくさんのぬいぐるみがあるのう。わし、どれも可愛くて目移りしてしまうわい」
「うふふ、ありがとねぇ。これねぇ、全部私の手作りなんだよ。昔から、ぬいぐるみを作るのが好きでね。私でもう三代目なんだよぉ」
「ほう! それは凄いのう。このお店にあるもの全部、そなたの手作りじゃとは」
モーラの言葉に驚きつつ、コリンは近くの棚に置いてあった犬のぬいぐるみを手に取る。つぶらな瞳が可愛らしい、茶色いぬいぐるみだ。
「モーラさんのお店はね~、商店街でも結構な老舗で有名なの~。わたしも、ここでたくさんぬいぐるみを買ったの~」
「好きなだけ見ておいでねぇ。犬に猫にうさぎ、鳥に熊……いろんな動物のぬいぐるみがあるから」
「うむ、そうさせていただくぞい」
会話を終えた後、コリンはカトリーヌと一緒に店内に飾られた様々なぬいぐるみを見て回る。アシュリーはあまり興味がないらしく、入り口横に立って待っていた。
「むむむ……どれにしようかのう、悩みすぎて決められんぞい」
「うふふ、大丈夫よ~。時間はたっぷりあるもの。たくさん悩んで、自分が本当に欲しいと思ったのを選んでね~」
それから二時間ほど、コリンはぬいぐるみを比べ吟味する。見た目、触り心地、大きさ……ありとあらゆる要素を比較した結果、ついに答えが出た。
「よし、決めたぞよ! わしはこれにするのじゃ!」
「おー、デッカい……ヤギのぬいぐるみか、これ。コリンよりデカいンじゃねえか?」
「これがいいのじゃ! ふわふわもこもこ、顔もラブリーでチャーミングじゃからな!」
「まあ、確かにデフォルメされてて可愛いな、うん」
熟考に熟考を重ねたコリンが選んだのは、自身と同じくらいの大きさがある山羊のぬいぐるみだった。にっこり笑顔を浮かべた、実に可愛らしい一品だ。
棚の上からぬいぐるみを下ろし、コリンは抱え上げる……が、完全に視界が塞がってしまっている。まるでぬいぐるみが浮いているようだ。
「おやおや、お目が高いねぇ。そのぬいぐるみは、四ヶ月かけて作った大作なんだよ」
「お値段は~……銀貨十枚! あらあら、結構するわねぇ~」
「ほっほっほっ、カトリーヌちゃんならお得意様価格にしといてあげるよぉ。銀貨二枚でどうだい?」
「あら~、いいの~? それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわね。ありがとう、モーラさん」
ハンドメイドなだけあり、ぬいぐるみとはいえ結構な値段がするようだった。が、モーラの厚意により五分の一の価格で購入出来た。
「ありがとう、モーラ殿。このぬいぐるみ、大事にさせてもらうでな」
「そう言ってもらえると、頑張って作った甲斐があるねぇ。またおいでね、ぬいぐるみをたくさん作っておくから」
「うむ、楽しみにしておるぞよ! では、またのうモーラ殿」
支払いを済ませた一行は、モーラの店を後にする。購入したぬいぐるみは、持ち歩くのも大変なためアシュリーが屋敷に運んでくれることになった。
一旦アシュリーと別れた後、コリンとカトリーヌは買い物を続行する。商店街をあちこち回り、食べ物や日用雑貨等を買い込む。
「む、カトリーヌよ。このコップ、なかなか洒落ておるのではないか?」
「あら、そうね~。お父様が使っているのが古くなってきているし、そろそろ買い換えるのもいいかもしれないわ~」
「なら、こっちの色違い二つもセットでどうじゃ? 三人仲良く同じデザインのを使うのも悪くあるまい」
「うふふ、そうね。せっかくだから、ここで買っちゃいましょうか」
和気あいあいとした雰囲気の中、二人は買い物を楽しむ。途中でアシュリーと合流し、今度は三人で商店街を回る……が。
「むむ、いかんぞ。あちこち見て回るのに夢中ではぐれてしもうた。ここはどこなんじゃろうか……」
はじめての買い物に夢中になりすぎたコリンは、アシュリーたちとはぐれ裏路地に迷い込んでしまった。表通りと違い、暗く陰鬱な雰囲気に満ちている。
「むぅ……困ったのう、どこをどう通れば戻れるのやら分からん。誰ぞ、町の住民を見つけて道を聞かねばなるまい」
とにもかくにも、まずは裏通りを出なければならない。まずは元来た道を戻ってみようと、コリンは引き返していく。
しばらく来た道を戻っていると、前方からガラの悪い三人組の男が近付いてくるのが見えた。コリンは因縁を付けられぬよう、道を譲ろうとするが……。
「いってー!このガキぃ、どこに目ぇつけてやがるんだオラー!」
「あーあ、やっちゃったなぼーず。こりゃ足が折れちまったかもなー」
「のじゃ!? 何を言うておる、そなたらの方からぶつかってきたではないか! それに、どう見ても折れているようには見えんぞよ」
なんと、真ん中にいたリーダーらしき男がわざとコリンの方に身体を寄せ、足をぶつけてきたのだ。わざとらしく足を抱えて痛むフリをし、因縁を付けてくる。
「あ? っせーな、ナメた口きいてんじゃあねーぞこのガキがぁ! おいお前ら、こいつの方からぶつかってきたよなぁ?」
「そーっスよ、こいつからアニキにぶつかってきましたぜ。オイラたち、ちゃぁーんと見てましたスからねぇ」
「そーそー。こいつぁよ、ケジメつけてもらわねぇといけねぇよなぁ?」
「ぐむむ……」
滅茶苦茶なことを言い出すチンピラたちは、二手に別れコリンの前後を塞ぎ退路を断つ。一般人に闇魔法をぶっ放すわけにもいかず、コリンは途方に暮れてしまう。
「しかしじゃな、わし今金をほとんど持っておらぬのじゃ」
「はー? 嘘つけ、てめぇーその身なりからしてよぉー、冒険者かなにかだろぉー? なら、ガキでも金はたんまりあるだろーがよ」
「いてーめに遭いたくなかったら、さっさと有り金全部出すっス。それとも、いてーめに遭いたいっスかぁ?」
「つべこべ言わずに、さっさと金出しやがれ! ふざけた口調でピーピー泣き言ホザいてんじゃねぇぞゴラァ!」
「ぐ……うぅ、ぐすっ、ふぇ……」
凄まじい剣幕で恐喝してくる三人を前に、コリンはパニックに陥ってしまう。彼は生まれてから今に至るまで、一度も面と向かって怒鳴られたことがない。
教え諭すように叱られたり、説教をされることはあっても怒鳴られたことだけはないのだ。さらに言えば、カツアゲという低俗な悪意を向けられたのもはじめてである。
「お? なんだ、泣けば許してもらえるとでも思ってんのか? 泣いて済むんならな、憲兵はいらな」
「びえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!! わぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
「ぎゃああああ!! こ、このガキなんつー鳴き声出しやがる!」
「耳が、耳がぁぁぁぁぁ!!」
限界を迎えたコリンは、凄まじい声量で鳴き始めた。地面に座り込み、大粒の涙を流しながら泣きじゃくる。
聴覚に甚大なダメージを受けた三人は、たまらず逃げ出そうとする。が、無事逃げ延びることは出来なかった。
「こっちからコリンの声っぽいのが聞こえてくると思ったら……てめぇら、何やってやがる?」
「あらあら~、大の大人がちっちゃい子を泣かすなんて……許されないわね、そんなのは」
「ひ、ひぃ!? な、なんでこんなところにウィンターんとこの令嬢が!?」
「アニキ、隣にいるのはカーティスのとこの娘ですぜぇ!?」
はぐれたコリンを探しに来たアシュリーたちがら見つけたのだ。チンピラたちに絡まれ、泣いているコリンを。
「そいつはなぁ、アタイらのツレなンだよ。何してたのかは知らねーが……タダで帰れると思うな」
「……全員、【掲載禁止ワード】にしてあげるわ~。覚悟……してね♥️」
「ひ、ヒイイィィィやぁぁぁぁぁ!!!」
アシュリーたちはチンピラ三人組に近付き、死を宣告する。パジョンの町の裏路地に、愚か者たちの悲鳴がこだました。




