202話─音速の風と出会う
翌日の朝、コリンはエル・ラジャッド南部にあるキカイ競技郷に足を運んでいた。モーター・ハート・ラン総合センターにて、各種登録をするためだ。
街の一角を占める巨大なサーキット場に入り、受付カウンターへ向かう。受付は左右に分かれており、右が選手登録の窓口になっている。
「もし、お姉さんや。レーサーとして登録したいのじゃが」
「かしこまりました。それでは、こちらの書類に必要事項をご記入ください。あちらのテーブルにペンがございます」
「うむ、分かった」
受付係の女黄金人形から書類を受け取り、少し離れたところにあるテーブルに向かうコリン。契約書類を読み、内容を確認するが……。
「何じゃこれは……。『命の保証は一切致しません、レース中に何が起きようと自己責任で』じゃと? 随分ふざけた契約じゃな……まあよい、今さら尻込みなどせぬわ!」
物騒なことが記された契約書にぼやきつつ、コリンは必要事項を記入する。少しして、不備が無いことをチェックし終え受付に向かう。
受付係に書類を提出し、所定の手続きをしてもらい……晴れてコリンはモーター・ハート・ランのレーサーとなった。
「はい、これにて選手登録は完了です。続いて、レースで使うバイクの選定及び登録を行います。ついてきてください」
「選定はいらん。自前のバイクがあるでな」
「はあ、そうですか。では、そちらの点検と登録をしますね。さ、こちらへ」
次は、レースで使用するバイクの登録が必要なようだ。受付係に案内され、コリンはサーキット場の地下にある整備エリアに行く。
大量の区画に分けられた各小部屋では、整備士たちがレーサーが使うバイクの保守点検や修理を行っている。彼らを横目に、コリンは通路を進む。
「それでは、この回転台の上に機体を呼び出してください。こちらの方でスペックを確認し、登録をしますので」
「承知したぞよ。来い、シューティングスター!」
通路の奥にある、マシン登録用の部屋にてコリンは愛機を呼び出す。魔法陣の中から飛び出た、メタルブルーの大型バイクを見て受付係は目を丸くする。
「!? な、何という凄まじい魔力量……! あなた、この機体をどこで手に入れたのです!?」
「ふふふ、驚いたかのう? これはわしのために造られた、世界に一台しかない特注品でな。三百七十馬力を誇るモンスターマシンよ!」
「さ、三百……!? あの、一ついいでしょうか?」
「ん? 何じゃ?」
「……記念撮影いいですか?」
モーター・ハート・ランで用いられるバイクの馬力平均は、二百十程度だ。それを遙かに上回る化け物スペックを誇るバイクを前に、受付係は驚く。
そして、何故か登録の前に記念撮影をすることになった。かなりのバイク好きらしく、物珍しげにシューティングスターを眺めている。
「チャンピオンが操る大型装甲バイク、夜明けの覇者ですら二百八十馬力だというのに……これは、並みの整備士を配属するわけにはいきませんね」
「整備士? かような者はいらん。シューティングスターには自動修復機能が」
「なりません、規則でそう決まっていますので。レーサーには必ず専属の整備士を付ける義務があります。フリーの者に掛け合いますので、少々お待ちください」
どうやら、必ず一人は整備士を付けなければならないらしい。受付係の女は、制服のポケットから薄い板状の連絡装置を取り出す。
まだ専属契約をしていないフリーの整備士たちに、片っ端から連絡をしていた。暇になったコリンが壁に寄りかかり、考え事をしていると……。
「おうおう、ソイツかい! 例の馬力三百七十は!」
「ええ、見ただけで分かりますよ。アレが素晴らしい逸品であると。コリン様、お待たせ致しました。これより、整備士の選定を行います」
十分ほど経って、連絡を受けた十人の整備士たちが部屋に入ってきた。みな、シューティングスターを見て明らかに興奮している。
チャンピオンの機体を遙かに超えるスペックのバイクを前に、興奮が止まらないようだ。シューティングスターの前に立ち、わいわい騒ぐ。
「一気に賑やかになったのう……って、そんなに触ってはいかん! 手垢が着くじゃろうが!」
「あーっ、せめてあと五分……」
「ならん! 不用意に触れて暴走運転開始、なんてなったら洒落で済まんぞ!」
興奮しながら機体に群がる整備士たちを、コリンが慌ててとめることになった。その後、整備士の選定が終わるまで一時間近くかかることになるのだった。
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「……? 中、騒がしい。何があった?」
「ええ、どうやら新しく選手登録してヤツがいるみたいっス。そいつの持って来た機体がとんでもないスペックだって、さっき連絡が来たんスよ」
コリンがサーキット場を訪れてから二時間後。専属整備士を連れたチャンピオン、ナイトライアが整備エリアにやって来た。
明日のレースに備え、機体の最終チェックをしに来たのだが……部下の言葉に、好奇心を刺激される。是非とも、その機体を見たいと考えた。
「面白い。ジェイク、その人、まだいる?」
「ええ、まだいるそうっスよ。これからサーキットに出て練習をするらしいっスけど、見学します?」
「……そうする。誰なのか、気になる」
ナイトライアの胸中に、ある予感があった。この四年、再会を熱望してきた仲間──コリンに会えるかもしれない、と。
バイクの話を聞いた時点で、そんな予感を抱いていたのだ。ナイトライアは整備士……ジェイクを連れ、地上にあるレース場に向かう。
「あ、あそこっス! あのモニターに映ってるのが例の新入りっスよ!」
「! あれは……! ふふ、やっぱり。思った通り」
観客席に到着し、モニターを見ると……そこには、初心者用のサーキットにいるコリンの姿が映し出されていた。
それを見たナイトライア──否、マリスはヘルメットの下で微笑みを浮かべる。長い間再会を待ち望んだ相手を見つけて、喜んでいたのだ。
「あれ、なんか嬉しそうっスね。あのガキんちょと知り合いで?」
「そう。でも、教えない。ジェイク、先に整備場、行け。後から、向かう」
「へーい、分かりやした。んじゃ、先に点検始めますんで。満足するまで見たら、こっちに来てくださいっス」
一人になったのを見計らって、マリスはヘルメットを脱ぐ。心底嬉しそうに、頭に生えた馬耳をパタパタさせる。
「コリン……会いたかった。練習、終わる。マリス、会いに行く。とても、楽しみ」
モニターの向こうでバイクを飛ばすコリンを見つめながら、マリスはそう呟く。コリンが練習を終えるまで、ずっとモニターを見つめていた。
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「ふう、中々いい走りじゃった。しかし、異空間にレース用のサーキットを何種類も展開しておるとは……。一度、オルドーの技術の出所を調べてみる必要があるのう」
二時間後、練習を終えたコリンはシューティングスターを整備場に預けエントランスに戻ってきていた。そろそろ昼食にしよう、と考えていると……。
「いた。君、新入りだね。私、ナイトライア。レース、チャンピオン」
「! おお、これはこれは。まさかそちらから挨拶に来てくれるとは思うておらなかったわ」
そこに、ヘルメットを身に付けたマリスことナイトライアがやって来る。周辺で様子を窺っていたレーサーたちは、度肝を抜かれる。
「おいおい、マジかよ! いつも押し黙ってるチャンピオンの方から声かけたぞ!」
「あのガキ、一体何者なんだ?」
周囲のどよめきなど気にもせず、ナイトライアは話を続ける。コリンと二人きりになるべく、積極的にアプローチをかけていく。
「お昼、まだ? なら、一緒。どう?」
「ふむ……チャンピオンからのお誘いとあれば、受けねば失礼というもの。では、ご相伴に預かりましょうかのう」
「決まり。いい店、ある。こっち、ついてきて」
無事お誘いが成功したナイトライアは、嬉しそうに答える。コリンの手を引き、周囲の者たちがざわめく中サーキット場を後にした。
コリンが彼女の正体を知るまで……時間はそうかからないだろう。四年ぶりの再会に胸をときめかせ、ナイトライアは街へ繰り出していった。




