201話─挑む者たち、挑まれる者たち
その日の夕方、それぞれが挑むゲームを選び終えたコリンたちはホテルに戻ってくる。お互いに、何のゲームに挑むかを報告し合う。
部屋のソファーを動かし、対面するよう並び替えて顔を突き合わせる。真っ先に報告をしたのは、フェンルーだった。
「格闘技、か……。フェンルーほどの実力があれば、すぐにチャンピオンに次ぐ地位に登り詰められそうじゃな」
「えへへー、ワタシ頑張るもんネ。コリンくん、毎日応援しに来てくれてもいいんだヨ?」
「わしもレースがあるからのう、毎日は行けぬが……暇な時は駆け付けるぞよ」
「わーい、楽しみにしてるネー」
コリンの座っているソファーにぴょいんと飛び乗り、フェンルーは頬をすり寄せる。その様子を、目を見開き歯ぎしりしながらアニエスが睨む。
「雌羊ぃ~……! ししょーの隣は渡さなぶべっ!」
「はいはい、ちょっとでいいから大人しくしていようねアニエス。今は大事な話の途中だから」
『わ~ん、酷いよお姉ちゃ~ん!』
今にもフェンルーに飛びつかんとしていたため、強制的にテレジアと交代することになった。体内に押し込んだ妹を宥めつつ、テレジアは報告をする。
「ふむふむ、なるほど。しかし、ぶいあーる……これまた珍妙なキカイじゃのう。どこからそんな技術を持ってきたんじゃ、オルドーめ」
「何となくビビッとくるものがあってね、明日から練習しに行く予定さ。やると決めたからには、ちゃんとテッペン取らないとね」
『そうそう、頑張るから期待しててねししょー!』
「うむ、二人も無理せぬ範囲で頑張っておくれ。……それで、じゃ。エステルよ……その格好は何じゃ?」
「ふふふ、ここのカジノチョロいわぁ~。あっという間にチップ所有数上位百人番付に食い込んだで」
一方、エステルの方はと言うと……順風満帆に事を進めているようだった。カジノの景品と思わしき虎柄のコートとゴテゴテした指輪を身に付け、ご満悦だ。
くノ一を辞めて成金にジョブチェンジしたと言われても納得出来るくらい、清々しいまでに調子に乗っている。コリンは苦笑いしつつ、頭を掻く。
「さ、左様か。しかし、油断は禁物じゃぞ? そなたはイカサマも使っておるんじゃろ? もしバレたら……」
「そこは心配あらへん、チップ稼ぎながら番付に登録されとる連中の実力をそれとなくチェックしてたんやけどな。下位連中はサマ使うまでもあらへん、しばらくは実力だけでイケる。コリンはん、信じてくれるか?」
コリンに問われ、それまでの有頂天っぷりがスッと消える。エステルは真剣な表情を浮かべ、コリンたちに向かってそう口にした。
そこには、驕りや油断は一切ない。勝負師としての実力に裏打ちされた確信だけがあった。コリンは首を縦に振り、頷く。
信じてくれと言われれば、最後まで信じ抜く。それが、コリンの矜持なのだ。
「分かった、そこまで言うならそなたを信じる。じゃが、無理はするでないぞ。ジャスミンたちの救出も大事じゃが、それ以上にそなたが大事じゃからな」
「嬉しいこと言うてくれるやないか。惚れ直してまうで、このこのー」
「わっ、これ! 砂で頬を突っつくでない!」
「じゃーワタシもツンツンするネー」
「ズルいな、私も混ぜておくれよ」
「ああっ、こら! そんな全員で……ああーっ!!」
自分の身を案じてくれることを喜びつつ、照れ隠しにエステルは砂を操ってコリンのほっぺをつつく。すると、それにフェンルーたちも便乗した。
三対一ではなすすべが無く、コリンはもちもちのほっぺを十分近くに渡って蹂躙されることになった。もっとも、その後三人にゲンコツをお見舞いしたが。
「全く、調子に乗るでないわ! ほっぺがだるんだるんになったらどうするつもりじゃ、もう!」
「えらいすんませ~ん」
「ごめんなさーイ……」
「いてて……ちょっとやり過ぎたかな」
見事なたんこぶをこしらえたエステルたちは、仲良く並んで床に正座し、コリンに小一時間ほどお説教されることになったのだった。
◇─────────────────────◇
「お呼びでしょうか、オルドー様。全員、馳せ参じました」
「おー、悪いね。ま、たいした用じゃないんだ、すぐ終わるよ」
その頃、街の北端の高台にある黄金宮に四人のゲームマスターが呼び出されていた。いずれも、コリンたちが目を付けたゲームの頂点に君臨する者たちだ。
「すぐ、ですか。では、指先のトレーニングをしながら話を伺います。明日も試合があるので」
VR格闘ゲーム『デモンイクリプス』チャンピオン、【ヴァーチャルクイーン】……エスタロットは退屈そうに呟く。
両手の指に装着したトレーニング用ギプスをにぎにぎしつつ、無造作に伸ばした赤髪を揺らしている。
「あんまり無礼を働くもんじゃないぜ、エスタロット。こういう時は、キチッと話を聞くもんだ」
いまいちやる気の無いエスタロットを、『エル・ラジャッド総合格闘場』の覇者……【バトルタイラント】ラングバルが咎める。
黒いダメージジーンズに、素肌の上から直接ノースリーブの黒い革ジャンを着たワイルドな出で立ちとは対照的に紳士な態度を見せる。
「そうそう、ラングバルの言う通りですよ。人は立ち振る舞いの一つひとつに、それまで培ってきた品性が出ます。主の前で適当な振る舞いをするなど、お里が知れますよ」
ラングバルの言葉に、青色のタキシードとシルクハットを身に付けた痩身の男が同意する。黄金郷最大のカジノを支配する勝負師……【デスティニールーラー】マーロウだ。
「やれやれ、ラングバルもマーロウも手厳しいね。あなたもそう思わない? 【ソニックウィンド】のナイトライアさん?」
「……別に、どうでもいい」
同僚二人に注意されたエスタロットは、それまで沈黙を保っていた四人目のゲームマスター……サーキットの支配者、【ソニックウィンド】ことナイトライアに声をかける。
それに対し、ヘルメットを脱ごうともせずナイトライアはつっけんどんな態度で答える。馴れ合うつもりなどないと、言外に示していた。
「ま、仲良くやりなよ。プロフェッショナル同士、さぁ。で、今日呼んだ理由だけど……君たちに潰してほしい連中がいるんだよねぇ」
「……もしや、例の星騎士たちですか? 今日、カジノに出入りしているのを見ましたが」
「あたしのところにも来てたわね、エルフの小娘が。興味津々って感じで、あたしの試合を見てたわ」
「オレ様のところにもいたな、通路の出入り口からずっとこっちを見てた」
オルドーの言葉に、マーロウたちは口々にそう応える。一方、ナイトライアだけは沈黙を保っている。心臓が早鐘を打つ中、一人思案する。
(星騎士たち……? まさか、コリン? コリン、ここに来てる?)
「そうそう、来たんだよ例のガキんちょご一行様がね。で、君たちが頂点に立ってる娯楽に挑むつもりなわけだ。下克上を狙って、この一ヶ月ね」
ナイトライア──マリスの思考を読んだかのようにオルドーが答える。彼自身、あんな提案をしたもののコリンたちを勝たせるつもりはないようだ。
「へぇ、オレ様たちに挑戦しようってのか。いいね、ガッツのある奴は好きだぜ」
「こっちでも根回ししておくけどさぁ、万が一ってことがあるじゃん? 奇跡は何度でも起きるって言うしさ、下克上されたら不味いわけよ」
「……それで、あたしたちに何をしろと?」
「潰してほしいのさ。チャンピオンの権限を使ってね。実際に戦ってやる必要なんてないさ、その前に彼らを消して?」
オルドーはゲームマスターたちに与えた権限を利用し、コリンたちを排除するつもりでいた。戦いの舞台に上がることすらさせず、ノーゲームに持ち込もうとしているのだ。
「……断る。正々堂々、潰す。小細工、いらない。誰が相手でも、負けなければいいだけ」
「お、いいこと言うじゃねえかナイトライア。その通り、オレ様たちが負けるわけがねぇさ」
「いや、あのね? そうやって油断してほしくないから呼んだわけで……」
「帰る。これ以上、話、ムダ。レースに備える、よっぽど有意義」
オルドーに対してそう言い放った後、ナイトライアは黄金宮を去って行った。そのまま流れ解散することになり、残り三人も帰っていった。
「やれやれ、みんな自分勝手なんだから。ま、いいや。仮に直接対決することになっても、僕が負けることなんて有り得ないしねー」
一人残されたオルドーは、そう呟き、ニヤリと笑う。一ヶ月に及ぶコリンたちの挑戦の日々が、ついに幕を開けようとしていた。




