199話─フェンルーの挑む道
コリンたちと別れたフェンルーは、一人街の東にある武闘郷エリアに来ていた。戦いの熱気を感じ取り、本能のままに。
「おー、あちこちから歓声が聞こえるヨ。ここになら、ワタシでも出来そうな遊戯があるに違いないネ!」
自分にはギャンブルの適正が全くないということをよく理解しているフェンルーは、得意の武闘術を活かそうと考えていた。
彼女が訪れたのは、『エル・ラジャッド総合格闘場』の看板が掲げられた建物であった。入り口の前にいるだけで、闘争本能が刺激されてくる。
「おー、いいねいいネ! この場所こそ、ワタシのパラダイスだヨ!」
「……何やってんだいお嬢ちゃん。そんなトコではしゃいで。入んな、用があるんだろ?」
「ウン! お邪魔するネー!」
一人で興奮していると、扉の脇にある小窓が開く。そこから、受付係と思わしき女の黄金人形が顔を覗かせた。
気だるそうに話しかけてくる女に頷き、フェンルーは建物の中に足を踏み入れる。すると、床が波打ち受付係の女が現れた。
「あなたのことはオルドー様から聞いてるわ。それで、今日は何のご用? 観戦? それとも、闘士としてエントリーする?」
「当然、エントリーするネ! ここでテッペン獲るために来たんだモン!」
「へぇ、言うじゃないの。でも、今日いきなり参加なんてのは無理よ。興行予定が決まってるの、あなたが闘士として参加出来るのは明後日からね」
「えー……」
早速飛び入り参加するつもりでいたフェンルーだったが、つっけんどんにそう言われぶーたれてしまう。目論見が外れ、やる気が落ちたようだ。
「じゃあ、今日は観戦してくネ! 相手の力を知るのは重要だかラ!」
「そう、あなたツイてるわね。ちょうどこれから、ここのゲームマスター……【バトルタイラント】ラングバル様の試合が始まるのよ」
「おー、是非見たいネ!」
超えなければならない壁、ゲームマスターの試合が見られるとあってフェンルーはやる気を取り戻す。受付の女に案内され、通路を進む。
通路の先には円形の観戦席があり、その内部にバトルリングが設置されている。受付曰く、その日の興行ごとにリングが様変わりするのだとか。
「さあ皆様、お待ちかねの時間がやって来ました! ついにあの男がリングに登場! 本日の試合のトリを飾るのは……我らが無敗の暴君! ラングバルだぁぁぁぁぁ!!!」
「わああああああ!!!」
フェンルーたちが観戦席に着いたのと同時に、実況の声と観客たちの歓声が響き渡る。東西を貫くように存在する花道が、ライトアップされる。
「それでは登場していただきましょう! 青コーナー、【バトルタイラント】ラングバルゥゥゥゥゥ!!」
「フゥゥゥゥ……今日も一段と血がたぎるぜ……」
「対する赤コーナー、チャレンジャー【削り出し】のリッチー!」
「今日こそチャンピオンをぶっ殺して、俺がゲームマスターの座をいただくぜー!」
フェンルーから見て右側の花道から現れたのは、身長三メートルはあろうかという巨漢だった。浅黒い肌のあちこちに、歴戦の古傷が刻まれている。
短く刈り込んだ頭ともじゃもじゃの口ひげを撫でながら、ラングバルは対戦相手──二つのチェーンソーを持った筋肉質な男を睨む。
「おお……チャンピオンなだけあって強そうだヨ。……ところで、武器って持ち込んでイイノ?」
「ええ、むしろ何でもアリな残虐ファイトがこの闘技場の醍醐味よ。……もう遅いけど、これからスプラッターな光景が繰り広げられるわ。心の準備をしておいてね」
「えっ」
後出しでとんでもないことを言い出す受付係に抗議しようとするフェンルーだったが、その瞬間ゴングが高らかに鳴り響く。
「覚悟しやがれ、チャンピオン! 俺のチェーンソーで切り刻んでやる!」
「おっと、先に仕掛けたのはリッチーの方だ! 両腕に装備したチェーンソーが生き血を求めて唸っているー!」
「チェーンソーだぁ……? ムダだ、そんなナマクラじゃあ……オレ様の身体にゃあ傷一つ付けられねえ!」
実況が盛り上げる中、リッチーが攻撃を仕掛ける。頸動脈をズタズタにしてやろうと、ラングバルにチェーンソーを叩き込むが……。
「げっ……げえぇ!? お、俺のチェーンソーを受け止めやがった!」
「ナマクラ過ぎて話にならねえな。ちゃんと手入れしてるのか? 全く切れてないじゃねえか」
「な、なんとー! チャンピオン、チェーンソーを完全に無力化しています! 切り傷一つ出来ず、一滴も血が流れる気配がありません!」
リッチーの攻撃は、寸分違わずラングバルの頸動脈に当たっていた。だが……ズタズタに切り裂くどころか、逆に刃が欠けていく。
観客たちがエキサイトする中、フェンルーは驚愕していた。ラングバルが持つ予想を超える異次元の強さを前に、武者震いが止まらない。
「そ、そんな!」
「気が済んだか? んじゃ、次はオレ様の番だな! ふんっ!」
「げえっ!」
「おおっと、これは凄い! 頬と肩でチェーンソーを挟み、そのままへし折ってしまったァー!」
「す、凄いネー……あんなの、ワタシには無理だヨ……」
人間離れした荒技を見せ付けられ、思わずフェンルーはそう呟く。一方、リングの中ではリッチーが必死に抵抗していた。
無事な方のチェーンソーで切り付けていくが、ラングバルの身体には傷一つ付かない。退屈そうにあくびをした後、暴君が仕掛ける。
「そぅら、まずは脚だ! フンッ!」
「うっぎゃあぁぁ~~~!!!」
なんと、ラングバルはローキックの一発でリッチーの右脚をもいでしまった。膝から下が千切れ、金網の方に吹っ飛んでいく。
「で、出たぁ~! チャンピオンの十八番、人体破壊のローキック! リッチー、早くもピーンチ!」
「ぐ、うう、うああ……」
「降伏なんて認めねえぜ。一度試合が始まったら、殺るか殺られるか……それがここの掟だ」
「くっ……そおおーー!!」
片脚を失ったリッチーは、なんとかして生き残ろうと足掻く。口の中に忍ばせていた含み針を放つ……が、あっさり避けられてしまった。
「何だ、それで終わりか? やれやれ、試合前の口上のわりに諦めるのが早いな。がっかりだ」
「リッチー、もはや打つ手無し! さあ、チャンピオンどう攻めるー!?」
「た、頼む……殺すならひと思いにやってくれ! 苦しむのは嫌だ!」
「ダメだな、お前はオレ様を失望させた。その罰を受けてもらう! 壊体八封殺、壱の技! ボーン・バック・クラッシャー!」
迅速な死を懇願するリッチーに対し、そう言い放った後ラングバルは技を放つ。相手を仰向けに倒した状態で頭上に持ち上げ、一気に腕を振り下ろす。
そして、自身の膝にリッチーの背中を叩き付けた。背骨の砕ける嫌な音が、闘技場の中に響き渡る。
「う……ひ、酷いネ……」
「ふふ、あんなのは序の口よ? チャンピオンの実力は、こんなものじゃないわ」
「決まったァー! ラングバルの必殺技が炸裂ゥー! リッチー、声も出せません!」
「うおおおおおおお!!」
凄まじく暴力的な光景を前に、観客たちは腕を振り上げながら歓声をあげる。そんな中、ラングバルがトドメを刺すべく動く。
「ぐ、うあ、がふっ……」
「さて、これで終わりだ。……悪く思うな、リッチー。壊体八封殺、弐の技! 立体四つ裂き刑ー!」
「ぎゃああああああーーーー!!!」
「おっと、ここでチャンピオン畳みかける! 強烈な立ち関節技で、リッチーの四肢をもぎ取るー!」
ラングバルはお互いの身体が背中合わせになるように手足を絡め、リッチーを締め付ける。凄まじい絶叫に、思わずフェンルーは耳を塞いでしまう。
「これが、チャンピオンの戦い方……暴君と呼ばれてる理由、分かったヨ」
「あら、意外と平気そうね。ま、今は傍観者だからいいけど……あなたがリングでチャンピオンと対峙した時にも平然としていられるかしらね?」
本当は目を背けたかったが、フェンルーは最後まで試合を見続ける。どんな困難も乗り越えると、コリンや仲間たちに誓ったのだ。
それを、早々に破ることなど出来ない。ラングバルの戦力を分析し、いつの日にか来る決戦に備えるためにも。目を逸らすことは許されない。
「ギ、うあ……ごばあっ!」
「おおっと、ついにリッチーの四肢がもげたァー! これにて試合終了、勝ったのはチャンピオンだぁぁぁぁぁぁ!!」
「ビクトリィィィィィ!!!」
三分も経たないうちに、決着の時が来た。リッチーの手足が、ラングバルの強力によって根元から千切れたのだ。
断末魔の叫びを残し、リッチーは自分の血溜まりの中に落ちて息絶えた。勝ち名乗りを受け、暴君は己の力と凶暴さをアピールする。
「ラングバル……待ってるといいネ。アンタの玉座は、このワタシがいただくヨ。ジャスミンちゃんを助けるためにもネ!」
真っ直ぐリングを見つめながら、フェンルーはそう呟いた。




