198話─黄金郷エル・ラジャッド
翌日、コリンたちはエル・ラジャッドの散策に繰り出した。まずは、自分の好みや技能に合った娯楽があるかどうかを確かめねばならない。
そう意気込んで、ホテルを出た一行だったが……。
「いやー、VIPっていいね。美味しいもの食べ放題なんだもん!」
「あらゆる施設を無料で使えるってのには驚いたわ。あの悪ガキ、中々に太っ腹やな」
「うむ、大層楽し……って、何をしとるんじゃわしらは! 食べ歩きなんぞしとる場合か!」
出発から五秒で街の雰囲気に呑まれ、食べ歩きを楽しむ観光客と化してしまっていたコリンたち。二時間ほどして、ようやく我に返ったようだ。
ここからやっと、一行はアクティビティの調査を始める。最初に向かったのは、エル・ラジャッドで最大の規模を誇るカジノだった。
「いらっしゃいませ。皆様のことは、オルドー様よりお聞きしています。当スカイヴェッジ・カジノを心ゆくまでお楽しみください」
「ほんなら、入らせてもらうわ。行くで、コリンはん」
「うむ……しかし、人がいっぱいじゃのう」
生まれて初めてカジノに足を踏み入れたコリンは、華やかな賭博場の雰囲気に圧倒されていた。中でも目を引くのが、ホールの中央に鎮座する巨大な柱だ。
「大きな柱じゃのう。中に入っとるのは……コイン?」
「あれはジヤックポットトーテムちゅうてな、中に客が使ったチップが貯まっとるんや。んで、ジャックポットを出すと貯まってる分を総取り出来るんよ」
『へえ、随分と詳しいんだねエステル。もしかして、カジノに来たことが?』
「せやせや。オトンに連れられていろんな国のカジノに出入りしてたんよ。洞察力やら勝負勘を鍛えるっちゅー名目でな」
コリンやテレジアに向かってそう言うと、エステルは受け付けに向かいコインを調達する。そして、慣れた足取りでポーカーのテーブルに向かう。
「おっちゃん、ウチと一勝負せぇへんか? 今、チップが千枚あるんやけど」
「へえ、俺とやろうって? へへ、いいぜ。大儲けさせてもらうとするか」
エステルはディーラーと談笑していた中年の男に声を賭け、テーブルに着く。まずは、それぞれのプレーヤーが参加料としてチップを一枚支払う。
「先ずはウチや。チップを一枚出すで」
「なら、早速レイズさせてもらうぜ。三枚追加だ、当然乗るだろ?」
「当たり前や。そのくらいの枚数屁でもないわ。コールさせてもらうで。ディーラーはん、カード配ってや」
「はい、かしこまりました」
コリンたちが見守る中、伏せられたカードがそれぞれのプレーヤーに五枚ずつ配られる。その様子を、コリンたちはハラハラしながら見守る。
もっとも、エステル以外はポーカーのルールを全く知らないため、何をやっているのかまるで理解していなかったが……。
「さて、手札はっと……」
「ほお、こりゃいいや。中々いい手が出来た……が、一枚交換しとくか。おい、一枚ドローだ」
「ほなら、ウチは三枚ドローさせてもらうわ。構へんやろ?」
「はい、かしこまりました」
エステルに配られたカードで出来ている役は、ワンペアのみ。これではお話にならないため、エステルはいらないカードを三枚交換する。
一方、相手の男は初手でいい役が揃ったようで一枚だけの交換に留めていた。ディーラーがカードを配る中、コリンは気付く。
テーブルの下で、エステルが砂を操って何かをしていることに。彼は知らなかったが……この時、エステルはイカサマの仕込みをしていた。
「交換は終わりだな。俺はさらにレイズさせてもらうぜ、四枚追加だ」
「ええで、ならうちはさらに三枚レイズや」
合計十一枚のチップを賭けて、最初のゲームが行われる。お互いに手札を公開し、完成した役を披露しあう。
「俺はスリーカードだ!」
「残念やったな、うちはスペードのフルハウスや。この勝負、ウチの勝ちやな」
「クソッ、やられた!」
「おお、やったぞよ! エステルの勝ちじゃ!」
見事初戦を制し、エステルはチップを手に入れる。自信があった男は敗北を認められず、もう一戦しようと言ってきた。
エステルはそれを了承し、第二ゲームが始まる。二回目以降は、負けた側のプレーヤーがトランプをシャッフルし、配るのだが……。
「さあ、互いにベットも済んだしカードを配るぜ。それそれそれっと……」
「待ちぃや。おっちゃん、アカンわぁ~。イカサマはアカンで、お天道様が見逃しても……」
「あイタっ……って、ヤベぇ!」
「ウチの目は誤魔化せへんで」
「お客様、セカンドディールをしていましたね? 当カジノの規約……お忘れだとは言わせませんよ」
突如、エステルが男の手にチョップを叩き込みカード配りを中断させる。すると、イカサマの全貌が明らかになる。
「あっ、上から二枚目のカードがはみ出てる!」
『これがイカサマなのかい? エステル』
「その通りや。セカンドディールっちゅうてな、山札の上から二番目のカードを配って場をコントロールするイカサマや。ポーカーだと、結構ポピュラーなサマやで」
山札の異変に気付いたアニエスとテレジアに、エステルはそう解説する。一方、イカサマがバレた男は顔面蒼白になり、脂汗を流し出す。
ディーラーがブザーを鳴らすと、黒服にサングラスを装着したSPたちがやって来る。包囲された男は、彼らに許しを乞う。
「ま、待ってくれ! 頼む、許してくれ! 出来心だったんだ、小娘に負けてつい」
「そんな屁理屈は許されませんよ。当カジノの規約に従い……あなたは地下送りです。人間電池になり、永遠にこの街のために電力を生み出し続けなさい」
「い、嫌だぁぁぁ!! 誰か、誰か助けてくれぇぇぇぇ!!」
懇願を聞き入れてもらえず、男は両脇をSPに抱えられて連行されていった。その後、イカサマを見破ったご褒美に男が所有していたチップが全てエステルに譲渡される。
「全部で五百七十四枚か。そこそこ貯めとったんやなぁ、あのおっちゃん。ウチのサマで搾り取ったろ思てたのに、その前に終わってもうたわ」
「のう、エステルや。本当にこれを選ぶのかえ? 危ないからやめた方が……」
「問題あらへんよ、コリンはん。こう見えて、オトンと一緒に賭博場荒らしで鳴らしてたんや。誰が相手でも、返り討ちにしたるわ。それにな」
「それに?」
「イカサマなんてモンは、バレなきゃルール違反でも何でもあらへん。バレるような間抜けが悪いんや、ギャンブルの世界ではな」
一連の騒動を経て、エステルはカジノ……その中でもポーカーを極めることにしたようだ。百戦錬磨の勝負師たちとの戦いを前に、エステルは獰猛な笑みを浮かべる。
最初こそ心配していたコリンだったが、彼女の言葉を信じることにしたようだ。カジノを発ち、街を歩きながら話をする。
「そういえば、アニエスはんとフェンルーはんはどこ行ったんや?」
「うむ。エステルがチップを景品と引き換えている間に、みなそれぞれ自分の得意な娯楽を探しに散策に出たわい」
「そっかそっか。ところで、コリンはんはもう何に挑戦するか決まったんか?」
「ふふ、わしが挑むゲームは最初から決まっておる。選んだのは……あれじゃ!」
そう口にすると、コリンはビシッと前方を指差す。その先にあったのは、ビルに設置された大きな電光掲示板。
そこに映し出されていたのは、エル・ラジャッド最大のエンターテイメント。黄金郷で一番人気を誇るバイクレース……。
モーター・ハート・ランの宣伝映像だった。
「あー、なるほどなぁ! 確かに、コリンはんにはピッタリやわ! 自慢のバイクがあるさかいな、コリンはんには」
「うむ。それに……あの時モニターに映っていたナイトライアという選手、何故か放っておけなくてのう。接触するためにも、選手として参加しようと思ったのじゃよ」
電光掲示板を見上げながら、コリンはそう呟く。欲望に彩られた街での、新たな戦いの日々が……始まろうとしていた。
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「お疲れ様っス、ナイトライアさん! いやー、昨日もいい走りっぷりでしたっス! 自分、興奮しちゃいました!」
「……そう。いつも通り、メンテナンス器具を。明後日のレースに備えて、整備する」
「了解っス! ……あの、そろそろ素顔見せてくださいよ。俺、あなたの素顔に興味が」
「ムダ口、いらない。早く行け!」
「は、はいぃ~!」
その頃、街の奥にある整備場にナイトライアの姿があった。漆黒のライダースーツとヘルメットで身を包み、専属整備士とやり取りしている。
素顔を拝もうとする整備士を叱り飛ばし、部屋から追い出す。一人になったのを確認し、ナイトライアはヘルメットを脱ぐ。
「みんな、必ず助ける。それまで、マリス、頑張る。でも……コリン、会いたいよ」
ナイトライアことマリスは、窓から外を見つめ……一粒の涙と共に、呟きを漏らした。




