197話─外道との出会い
「な、なんやこれは。いつの間にこんな大きな施設が出来たんや?」
「ふああ、コリンくんが乗ってるのと同じようなのがいっぱいあるネ。でも、どれもみんな血塗れダ……」
予想外の光景を見せつけられ、コリンだけでなくエステルやフェンルーも戸惑いを隠せずにいた。誰が何の目的で、このサーキットを作ったのか。
先住民たるガルダの民はどうなってしまったのか。解かねばならない謎が、洪水のようにコリンたちに襲いかかってくる。
「あっ、誰か来るよししょー!」
「お待ちしておりました、コーネリアスご一行様。わたくし、オルドー様にお仕えする黄金人形バロッセと申します。以後お見知りおきを」
観戦席と出入り口を繋ぐ連絡通路の出入り口にいたコリンたちの元に、バークスの同類と思われる黄金人間がやって来る。
老人──バロッセは丁寧にお辞儀をしながら名を伝える。そして、懐から小さな呼び鈴を取り出して軽く鳴らした。
「ここで立ち話というのも何ですし、まずは移動しましょうか」
「ん? え!? い、いつの間にこんな部屋に」
「黄金郷が誇る最高級のリゾートホテル、ラスパータ・プリンスホテルへ。皆様のために、ロイヤルスイートルームをご用意しました。美しい夜景を」
「ムダ話はそこまでや。あんたら、ガルダ草原で何をしたんや? 正直に言わんと痛い目合わすで」
呼び鈴が鳴った瞬間、コリンたちはリゾートホテルの最上階にある部屋に瞬間移動していた。のほほんとした様子で話すバロッセを、エステルが威嚇する。
「ほっほ、若い方は血気盛んですな。分かりました、ではこちらを」
『何だい? この四角い箱は』
「我が主、オルドー様と通信するための装置ですよ。レースが終わりましたから、すぐ応答するでしょう」
バロッセは小さな箱のようなものを取り出し、蓋を開けてカチャカチャ操作を行う。少しして、通信が繋がったらしい。
箱の向きを変え、箱の中がコリンたちに見えるようになった。すると、箱の中から立体映像が立ちのぼってきた。
『やあ、こんにちは。先にこっちの方に来ると思ってたよ。はじめましてだね、甥っ子くん?』
「ふん、おぬしのようなちびっ子にそう呼ばれる筋合いはないわい。貴様、草原で何をした!」
立体映像として現れたのは、いやみったらしい金色のバスローブを貴金属や宝石で飾り立てた小柄な少年だった。
彼こそが、機怪神将オルドー。草原を変貌させ、巨大な黄金郷を作り上げた張本人だ。敵意を剥き出しにするコリンに対し、オルドーはのほほんとしている。
『見れば分かるでしょー? 何にもない殺風景な草原を、スペクタクルでデンジャラスな歓楽都市に作り替えたのさ。見違えたでしょ? ん?』
「ふざけるのも大概にしてよね。そんなことして、獣人たちが迷惑してないとでも思ってるの!?」
『知らないよ、そんなこと。だって、みんなこの都市の電力をまかなうための人間電池に変えたからね! あっははははは!』
怒りを爆発させるアニエスに向かって、オルドーはさらっととんでもないことを口走る。予想していなかった答えに、コリンたちは狼狽えてしまう。
『何だって!? よくもそんなことを……!』
『だって、僕に従わないんだもんあいつら。むしろ、殺処分しなかっただけ感謝してほしいもんだね。一人だけ電池にしないでおいてあげたしさ』
「……なるほど、よう分かったわ。オルドー、貴様はこれまで会った邪神の子の中でも、一番無邪気で残酷なクズじゃ!」
子ども特有の純粋さは、裏返せば残酷さに早変わりする。そのことをまざまざと見せつけられ、コリンは怒りを燃やす。
一方のオルドーは、直接対面していないからか余裕の態度を崩さない。小憎たらしい笑みを浮かべ、挑発するように話をする。
『ま、そうカリカリしないで? ここは楽しい娯楽の都なんだからさ、みんなも楽しんでいってよ』
「やだね、そんなのお断りだヨ。オマエみたいな性根の曲がった子には、キツイお仕置きしてやル!」
『へぇ、言うねぇ。でも、残念だなぁ。君たちは僕の居城、黄金宮には入れないよ。特別な結界で覆ってるからね』
自慢の都で遊べと口にするオルドーに、フェンルーがあっかんべーしながら拒絶する。居城に乗り込むつもりの彼女らに、オルドーはそう答えた。
『無理矢理突破してきてもムダだよ。その瞬間、センサーが反応して人質……ジャスミンだっけ? に着けてる首輪が爆発するから』
「どこまでも卑劣なことを。貴様、恥を知れ!」
『でも、これは厄介だよコリンくん。相手は自分の城から出てこないだろうし、このままだとこちらから打つ手がない……』
ブチ切れ寸前のコリンに、落ち着かせる意味合いも込めてテレジアが話しかける。ジャスミンの命がかかっている以上、無茶は出来ない。
万事休すか、と思われたその時。オルドー本人から、意外な提案が行われた。それは……。
『でもねえ、それじゃ面白くない。だからさ、こうしよう。今から一ヶ月の間に、君たちにはこの街にある娯楽のうち一つを極めてもらう』
「何?」
『このエル・ラジャッドにはいろんな娯楽がある。ギャンブル、レース観戦、格闘技、ゲームセンター……その中から一つ選んで、トップの成績になれたら黄金宮に招待してあげるよ』
オルドーからの提案に、コリンたちは戸惑う。そんな提案をするメリットが、オルドー側にまるでないからだ。
何を考えているのかまるで分からず、困惑するコリンたちにオルドーが説明を始める。
『僕は元々、月の終わりに一度……この街の娯楽でトップの成績を残したプレイヤーを集めて宴を開いているのさ。そこに君たちを招待しようってことだよ』
「なんやそれ。そんなことして、あんたにメリットなんてないやないか。どうせ、ウチらをハメる罠なんやろ?」
『ハメようだなんてとんでもない。これは余興だよ。母上に捧げるためのね。君たちを招いたら、正々堂々戦ってあげようじゃないか。もし僕に勝ったら、人質も獣人も、この草原も元に戻してあげる』
コリンたちは話を聞き、互いに顔を見合わせる。あまりにも、上手い話過ぎる。何か裏があるのは確実、そう思わざるを得ない。
だがジャスミンたちを助けるには、オルドーの言った通りにするしかないのだ。覚悟を決め、コリンは絞り出すように声を出す。
「……よかろう。貴様の挑戦、受けてやる。わしら四人、必ずやゲームを極め……貴様の城に乗り込んでやるぞ!」
『うんうん、やる気があるのはいいことだね。でも気を付けて。タイムリミットは一ヶ月。それを過ぎたら、君たちも僕の神将技で電池にしちゃうから』
「はー? 一ヶ月もあれば十分ですけどー? 大人を舐め腐ってイキり散らすと、後で後悔するってことを教えてやるからー!」
「やるかラー!」
『あはは、いいよいいよ。すっごい楽しみ。どの娯楽に挑むかは、君たちに任せるよ。もっとも、すでに各娯楽の頂点に君臨するゲームマスターがいるからね。彼らは手強いよー? 勝てるものなら勝ってみな! あはははははは!!』
アニエスとフェンルーにそう返した後、立体映像が消えた。それまで黙っていたバロッセは箱の蓋を閉じて、部屋を立ち去る。
「このロイヤルスイートルームは、一ヶ月の間ご自由にお使いいただいて結構です。大浴場やスパ、リラクゼーション施設もご利用いただけます。もしご入り用でしたら、お気軽にルームサービスをお呼びください。では、私はこれで」
「おう、さっさと出ていきーや。あんたの顔なんて見たくもないわ、ボケ!」
「アニエス、塩じゃ! 部屋の入り口に塩を撒いてやれ! 全く腹立たしい!」
オルドーの言動に、コリンたちはみなご立腹だ。腹いせに、どこからか取り出した大量の塩を扉付近にブチ撒ける。
「ふう、さて……気分が落ち着いたところで、作戦会議をするぞよ。今回はいつも以上に負けられぬ。あのいけ好かないクソガキの鼻っ柱と全身の骨を叩き折ってくれる!」
『そのためには、各々どんな娯楽に挑むべきかをじっくり考える必要があるね。幸い、時間はたっぷりある。街を散策して、下調べしておこう』
「そうだね、お姉ちゃんの言う通りだよ。敵を知り、己を知ればナントカってししょーも言ってたしね!」
「アニエスよ、それを言うなら敵を知り、己を知れば百戦危うからずじゃ」
ホテルの一室で、コリンたちは作戦会議を行う。ジャスミンやガルダの獣人たちを救うための、負けられない戦いが始まる。




