195話─絶望の後の希望
「さあ、蘇生の炎よ! この国の人々に、もう一度生命の力を!」
「わあ、キレイだネ。ちっちゃな炎のカケラが、いっぱい降ってくるヨ」
小さくなった紫色の炎の欠片が、地に倒れ伏す遺体の元に降ってくる。どこか幻想的な光景に、フェンルーはそう呟く。
コリンたちが炎の雨に見蕩れていた、その時。ゆっくりと降りてきた炎の欠片の一つが、遺体に触れた。すると……。
「う、げほ、ごほ……。あれ? 何で俺生きてんだ? 俺は死んだはずなのに……」
「!? ほ、本当に生き返ったぞオイ! マジかよ、ただのホラじゃなかったのか」
「当たり前だ、そうでなければ私たちの反対を押し切ってこの大地に来るわけなかろう。しかと脳に刻んでおけ。こんな奇跡、もう二度と見られぬからな」
炎が遺体に吸い込まれた後、少しして死者が息を吹き返した。本当によみがえると思っていなかったアシュリーは、仰天してしまう。
そんな彼女に、得意気な顔でリリンが答える。次々と炎が降り注ぎ、ヤサカの民たちが生き返っていく。まさに、奇跡の光景だった。
「あ、あれ? 何で私……」
「とうちゃーん、おいらどうしちゃったのー?」
「何がどうなってるんだ? おらたち、死んだはずじゃ……」
生き返ったヤサカの民たちは、みな混乱していた。自分が死んだという自覚がある分、何故生き返ったのか分からず動揺しているのだ。
アゼルやコリン、ツバキたちの説明により、十数分後にはみな自分たちの置かれた状況を理解した。そして、みなアゼルに感謝の言葉を伝える。
「本当にありがとうございました。あなたのおかげで、私たちはこうしてまた生きられます。本当にありがとうございます……」
「いいんです、半分くらいはぼくの勝手なお節介ですから。この街だけじゃなく、全国各地で人々が生き返っているはずです。彼らにも、説明を……」
「アゼル! 大丈夫かえ? だいぶ顔色が悪いが」
「大丈夫、です。久しぶりに死者蘇生の力を大規模行使したので……ちょっと疲れが出ただけですから」
ニコリと微笑み、歩き出そうとするアゼル。だが、その途中でへたり込んでしまう。あれだけ大量の炎を放ったのだから、反動が来ても無理はない。
「無理はダメだぞ、アゼル。ジェリド様にも約束したからな、無茶はさせないと。ほら、帰ろう。私たちが力を貸すのは今回だけ。明日からは、また傍観者に戻らねば」
「はい……。コリンくん、ごめんなさい。本当はもっと手助けしてあげたかったんですけど……これ以上手を貸すと、ぼく以外にも累が及びますから」
「いや、むしろ今回手を貸してくれたことを心より感謝せねばならん。そなたのおかげで、本当の意味でこの国は救われた。のう? ツバキ」
「ええ。あなたにはどれだけ感謝しても足りません。いつか必ず、恩を返します。ヤサカの民は人情深いですから」
申し訳なさそうに謝るアゼルに、コリンとツバキはそう答える。それを聞いたアゼルとリリンは、嬉しそうに微笑んだ。
「ほう、その言葉覚えておくぞ。よかったなアゼル、これで貸し一つだ」
「もう、リリンお姉ちゃんったら。……そうだ、一つだけ忠告を。エイヴィアスという魔戒王に気を付けてください。ここ最近、ぼくが倒した魔戒王……ラ・グーの遺品を集めて回っているようです。何を企んでいるのやら」
「うむ、しかと覚えておくぞよ。何から何まで、本当にありがとうのう。そなたのような友人を持てて、わしは誇らしいわい」
「ええ、こちらこそ!」
最後に固い握手を交わし、アゼルとリリンは元いた大地へと帰っていった。そして、残ったコリンたちはと言うと……。
「よし、今宵は宴だコリン殿! この国の復活を祝い……朝まで楽しもう!」
「おおーーー!!!」
「ふむ、そうじゃな。ようやく災いが終わったのじゃ、生きる活力を得るためにも目一杯騒ぐとしようか!」
ツバキの号令で、宴が行われることになった。ひとびとの顔には、明るい笑顔が広がっている。絶望の後に来た希望を、みな心から祝福していた。
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「……なるほど、七百年経ってなお星騎士の力は健在……いえ、当時よりも強くなっていますね」
「済まねえ、あんたに恨みはないし殺したくもない。だが……連中の言うことに従わないと、娘が……ジャスミンが殺される。許してくれ……レテリアさんよ」
場所は変わり、海底の里。一人残っていたレテリアは、ドレイク率いるダルクレア海軍の襲撃を受けていた。
雑兵程度であれば遅れを取ることなどまずないが、相手はアルマー家の血を引く現役の星騎士。邪神の子であるレテリアには、相性が悪かった。
「許すことなどありません。あなたに事情があるのは、コーネリアスから聞いています。さあ、わたくしを連れて行きなさい。手柄を立てれば、あなたの娘さんの安全も確保されましょう」
「……優しいんだな、あんたは。邪神の子ってのは、コリンのオヤジ以外ゲロ以下のクソ野郎ばかりだと思ってたが……訂正するよ。あんたはいい女神だ」
戦いの果てに、軍配はドレイクに上がった。もっとも、力の源たる神魂玉を失ったレテリアにもとより勝ち目などなかったが。
「あんたはオルドーのところに連れて行く。あいつは珍しいものの蒐集が趣味だから、ヴァスラサックに引き渡されるまでは生かしてもらえるだろうよ」
「オルドー……ですか。まだ直っていなかったのですね、奇品を集める癖は。いいでしょう、では……わたくしはあなた方への全面降伏を宣言します」
形だけとはいえ、ドレイクから斧を首筋に突き付けられたレテリアは両手を上げ降伏を告げる。ドレイクが合図すると、聖王国の兵士たちが現れる。
「お偉いさんだ、丁寧に連れてけ。もし傷でも付けたら、オルドーの前にオレが殺すぞ」
「か、かしこまりました。キャプテン・ドレ」
「違う! そこはアイアイキャプテンと言え! アホ共!」
「あ、アイアイキャプテン!」
ダルクレア聖王国の兵士が相手でも、ドレイクのスタンスは揺るがない。海の上にいる限り、船長たる自分の命令が絶対。
誇り高い海賊である彼にとって、部下に舐められるのは何よりも許せない屈辱なのだ。兵士たちの方も、逆らうと怖いので大人しいものだ。
「行ったな。さて、コリンたちに向けてメッセージを残して、と。……これでよし。次は……」
レテリアが連行されていくのを見届けた後、ドレイクはアクアレターを作成し玉座の裏に忍ばせる。里に戻ってくるだろうコリンへのメッセージだ。
「もしもし、オレだ。今しがた、レテリアの身柄を確保した」
『へえ、意外と早かったね。うんうん、有能なヒトは好きだよ。ますます気に入っちゃうな、君のこと』
アクアレターを忍ばせた後、ドレイクは懐から連絡用の魔法石を取り出す。通信の相手は、ドレイクを従えている邪神の子。
ヴァスラサックの三男、機怪神将オルドーだ。魔法石を通して、無邪気な少年の声が聞こえてくる。
「指示通り捕らえたんだ、約束は守ってもらうぞ」
『もちろん。君の娘のセキュリティ・クリアランスを一段階引き上げさせてもらうよ。これで晴れて、クリアランスレベル4だ』
「ちなみに、それはどんな感じなんだ?」
『ざっくり言うと、監視無しで黄金宮内を自由に歩けるレベルさ。もっとも、爆弾付きの首輪はそのままだけどね』
魔法石を通して話をしながら、ドレイクは心の中で決意を固める。必ず、ジャスミンを救い出してみせると。
(待っててくれ、ジャスミン。オレはどんな手段を使ってでも、お前を助けてみせる。例え、魂を悪魔に売り渡すことになったとしても……)
その決意を知る者は、ドレイク以外には……まだいなかった。
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「つーしんおーわりっと。レースの前に長話はしたくないねー、危うくここ一番を見逃すところだったよ」
「しかしですなオルドー様、優勝する者は決まっているでしょう。結末が分かりきったものを見るほど、退屈なことはないのでは?」
大陸の西部に、かつてガルダ草原と呼ばれる風薫る獣人たちの国があった。だが……今はもう、草原の国はない。
かつての草原には、煌びやかな黄金と人々の欲望が渦巻くキカイの大都市が広がっている。黄金郷エル・ラジャッド。
人々は、果てなき欲望を満たすことが出来るその歓楽の都をそう呼んでいる。
「ははっ、分かってないなぁ爺やは。予定調和を楽しむのもいいものだよ? 絶対王者の揺るぎないレースを見るのも、中々オツなものさ」
「はあ……」
壁から床、天井に至るまで全てが黄金で造られた宮殿の一室にて、邪神の子──オルドーは大きなモニターを眺める。
高級な茶菓子を食べながら、ニヤリと笑う。
「さーて、邪神の子も僕とラディウス兄さんだけになっちゃったし。ここいらでいっちょ動きますかねー。へへへっ」
コリンたちが奇跡を祝うその裏で、新たな巨悪が動き出そうとしていた。




