194話─煌めく双刃に想いを乗せて
「ふう~ん、ちょっとは強くなったみたいじゃん。おもし……ろ?」
「無駄口をきくつもりはない。貴様への憎しみが消えたわけではないからな」
へらへら笑うラヴェンタに対し、ツバキは一瞬で距離を詰め鼻先に刀を突きつける。その瞳には、強い理性の光と憎しみの炎が宿っていた。
ラヴェンタは即座に稲妻の剣で斬り払う……が、それよりも速くツバキは後ろに下がり、相手の攻撃範囲から離脱してみせた。
「は、速い……!」
「コリン殿、ここは拙者にお任せを。奴をこの手で仕留めてみせましょう。刃性変換、断殻刀【神討】!」
目を丸くしているコリンにそう声をかけた後、ツバキは十番目の刀性変換を発動する。刀身が黄金の輝きを放ち、まばゆい光に包まれる。
左手に持つ雷光血鳥が放つ黒い光と対になる、神々しい輝きを前にラヴェンタがたじろぐ。これまでと態度が一変し、急に狼狽え始めた。
「そ、その輝きは!」
「そうだ。これこそ七百年前、我が一族の始祖……ムサシ様が用いた神殺しの刃。貴様の息の根を止めるための、最大最強の武器だ!」
「ぬぬ……魂がチリチリ焼けるような感覚がする……。もしや、わしの中にある神の血があの刀に反応しておるのか?」
一歩ずつ前に進んでいくツバキを見ながら、コリンはそう呟く。二人の戦いの行方をじっくり観戦……といきたいところだが、そうもいかない。
「来るな、来るな来るな来るなー!」
「危ない! ディザスター・ランス【豪雨】!」
半狂乱に陥ったラヴェンタが、滅茶苦茶に雷を落としはじめたのだ。とてもではないが、ツバキ一人で防ぎきれる量ではない。
彼女を守るため、コリンは闇の槍を用いて雷を打ち落とす。降ってくる雷が半分ほどの量に減れば、ツバキ単独でも十分かわせるだろう。
「行け、ツバキ! 雷はわしが防ぐ! キツい一撃を叩き込んでやるのじゃ!」
「かたじけない、コリン殿。では……はあっ!」
「ひいっ! く、来るなぁぁぁぁ!!」
ラヴェンタは両手に稲妻の剣を持ち、ツバキを迎え撃つ。二刀流同士の激闘が繰り広げられる……かと思われた。
だが、コリンの予想に反し……二人の因縁の戦いは、あっさりと結末をむかえることになる。
「このっ、来るなって言ってるのに!」
「それは聞けない。お前はその薄汚い命を持って償いをしなければならない。この国に災いを招き、大勢の命を奪った罪を!」
「そんなのはごめんだね! ライトニング……」
「遅い! 弐の秘剣、天翔双翼斬!」
「ぐ……ああああああああああ!!!」
稲妻の剣を振るおうとするラヴェンタだったが、それよりも速くツバキの攻撃が炸裂した。断殻刀と雷光血鳥による二筋の剣閃が、邪神の子の両腕を切り落とす。
肘から先を失ったラヴェンタの絶叫が、嵐とどろく空の彼方まで響き渡る。両腕を失ったラヴェンタに、もはや打つ手はない。
「これで終わりだ、ラヴェンタ。この城と共に散れ! 参の秘剣、牙刃虎吼衝!」
「やめ……う、がふっ!」
ツバキは二振りの刀を重ね合わせ、魔力を用いて一本の刀へ変化させる。そして、全力で踏み込み……ラヴェンタの身体を貫いた。
「う、そだ……アタシが、負けるなんて……。でも、ふふふ……アタシと一緒に、この国の人間たちも死ぬんだよ……全員。ヤサカも……終わり、だ……よ……」
「……終わるなら、また始めればいい。滅びるのならば……新たに作り出すだけだ」
死に際にそうささやくラヴェンタだったが、ツバキは動じない。最期の嫌がらせも通じず、無念の表情で邪神の子は息絶えた。
それと同時に、シラン城の崩壊が始まった。ツバキはコリンの元に戻り、彼を抱き上げ地上へ戻る。
「コリン殿、しっかり拙者に掴まっていてください! このまま地上に戻ります!」
「うむ、分かった!」
二人が地上に戻っている最中、城前で戦っていたアシュリーたちの方にも動きがあった。ラヴェンタの死により、阿吽コンビが機能停止したのだ。
「お? 何だ、いきなり動きが止まったぞ。城も壊れ始めてるし……あいつら、無事勝ったみたいだな!」
「ええ、そうみたいね~。さ、ここから離れましょ。瓦礫に押し潰されちゃうわ」
「てった~い、てった~い!」
コリンたちが降りてくるのを見て、アシュリーやカトリーヌたちも撤退を開始する。動きを止めた二体の巨像は、城の崩壊に巻き込まれ崩れ落ちた。
ラヴェンタの悪行の象徴だったシラン城は、主と共に滅び去った。だが……それは同時に、ラヴェンタが操っていた人々の死も意味している。
「お、みんな戻ってきたな。無事で何よりやで」
「そちらも無事のようじゃな、エステル。ヤサカの民たちは……」
「ついさっき、みんな死んだよ。突然、一斉に倒れ込んでね……」
エステルたちと合流出来たコリン一行だったが……彼らの目の前に広がっている光景は、無情なものであった。
見渡す限り続く、死体の山。ラヴェンタと共に滅びた、ヤサカの民たちの遺体を見ながら、ツバキは崩れ落ちる。
「済まない……拙者には、こうすることしか出来なかった……。みなを、救うことは……」
「ツバキ……ん? この気配……」
泣きじゃくるツバキに声をかけようとするコリン。その直後、不可思議な気配の接近を感じ取りコリンは斜め上を見る。
「わわっ!? な、なに!? 空に亀裂が出来てるよ!」
「誰かがこっちに来ようとしてるネー。コリンくん、どうすルー?」
「新手の敵か……いや、それにしては気配が清らかすぎる。一体、何者なのじゃ……?」
嵐が消え去った空の一角に、何かを打ち付ける鈍い音と共に亀裂が広がっていく。コリンたちが身構える中、ついに穴が開いた。
空間の裂け目から現れたのは……。
「ふう、よかった。ようやく結界に穴を開けられましたよ」
「アゼル!? そなた何故ここに!?」
「こんにちは、コリンさん。ラーカの時以来ですね、こうして会うのは」
やって来たのは、誰もが予想していなかった人物……アゼルだった。何故今、この場所にアゼルが現れたのか。
その理由が全く分からず、コリンたちが唖然としているところに、もう一人顔を覗かせる者がいた。長く伸びた黒髪を持つ、褐色肌の女だ。
「アゼル、気を付けて降りろ。地面まで結構高さがあるからな」
「はい、分かりましたリリンお姉ちゃん。それっ、よいしょ!」
ツギハギだらけのローブを身に付けたアゼルは、ひらりと地面に降り立つ。それを追って、リリンと呼ばれた女も空間の亀裂を飛び出す。
「一体全体、何の用なのじゃ? というか、イゼア=ネデールに来て大丈夫なのか?」
「私を含め、妻全員で制止してきたのだが……今回ばかりはアゼルを止められなくてな。……っと、まだ名乗っていなかったな。私はリリン、アゼルの妻だ。よろしく」
「なぬ!? そなたアゼルの妻なのか!」
コリンとリリンがそんな会話をしている間、アゼルはしゃがんで血に倒れ伏す屍に触れる。そのまま、ぽつぽつと語り出した。
「この四年、ぼくはずっとこの大地を見てきました。数え切れない多くの人たちが死んでいくのを、黙って見ていることしか出来ずに」
「そう気を落とすことはないさ。君は別の大地の住人、その思いだけ」
「ぼくには、力があるのに。神々の制約に縛られて、誰も助けられないなんて……そんなのは、もう嫌なんです。特に、今回は」
テレジアが声をかけるが、アゼルには聞こえていないようだ。無数の遺体を眺め、眼帯をしていない右目から涙を流す。
「こんな結末、あまりにも酷すぎるじゃないですか! この人……ツバキさんがあまりにも可哀想過ぎますよ! だからぼくは……天上の神々に罰せられるのを覚悟の上で来ました。絶望を希望にひっくり返すために」
「そのお言葉は嬉しく思う。だが……見て分かるだろう? みんな死んだんだ。死人が生き返ることなど、不可能なんだよ少年」
「ふふ、出来るんだな~これが。何を隠そう、アゼルには特別な力が宿っている。そう……死者蘇生という力がな」
ツバキは腕で涙を拭い、弱々しくアゼルに話しかける。そんな中、リリンがとんでもないことを口走る。あまりのことに、みな驚きで目を見開く。
「ええええ!? ちょ、そんなこと出来るの!?」
「はい、制約があるので無条件に……とはいきませんが。ついさっき息絶えた、この国の人たちをよみがえらせるのは──可能です」
驚くイザリーに答えた後、アゼルは左目に着けていた眼帯を外して放り投げる。あらわになった左目には瞳がなく、代わりにドクロが浮かんでいた。
アゼルは両手を広げ、魔力を練り上げる。すると、彼の身体を紫色の炎が包み込んでいく。とても暖かな、生命の力に満ちた炎が。
「アゼルの持つ力は、創世六神の一角……死を司る女神より与えられた物。存在が他の大地に知れ渡らぬよう情報を守り抜くのが、妻たる私たちの務め」
『どうして知られちゃいけないの? 死んだ人を生き返らせる力なんて、みんな欲しがる……』
「だからだ。欲深い者たちに知られれば、アゼルを巡り争いが起きる。それは、アゼル自身の望むことではない。だから、これまでは他の大地への介入をさせなかったのさ」
アニエスとの問答をしつつ、アゼルを見つめるリリン。少しして、準備が整ったようだ。アゼルは両手を掲げ、炎の塊を頭上に放つ。
「さあ、今こそ生き返りなさい! ターン・ライフ……オーバーフレア!」
「おお、炎が降り注いで……」
遙か上空へ打ち上がった炎は、弾け飛んで拡散していく。ヤサカの隅々へ行き渡り、死者たちに新たな命を吹き込むために。
そして……コリンたちの目の前で、今……あり得るはずのない奇跡が、起きる。




