20話―巨木に誓う絆
見事ロナルドを打ち倒し、ハンスたちの仇を討ったコリンとカトリーヌ。ウィンター邸に戻った二人は、ヌーマンたちに事の次第を報告する。
「……そうか。無事、ロナルドを倒したのだね。これできっと、ハンスたちも浮かばれよう。コリンくん、本当にありがとう」
「僕からもお礼を言わせてもらうよ。本当は、加勢したかったんだけどね……昔から身体が弱くて。戦えない自分が恨めしいよ、まったく」
「いえいえ、礼には及びませぬぞよ。わしとしても、ハンス殿の仇を討てて本当によかったと思っておりますからのう」
「このお礼は必ずしよう。我らウィンター家は、受けた恩を決して忘れないからね」
「楽しみにしておりまする。では、わしはこれにて。孤児院の皆にも、ハンスの仇を討てたことを報告せねばなりませんでな」
ヌーマンとスコットに報告を終えたコリンは、カトリーヌと共にその足で孤児院へと向かう。玄関の扉を開けると、子どもたちがわあっと飛び出してきた。
「コリンくん、おかえり! だいじょうぶ? けがはない?ハンスおじちゃんのかたきはうてたの?」
「ふふ、万事上手く行ったわい。にっくきロナルドは死んだ。もう、この世にはおらん」
「ええ、そうよ~。だから、もう安心してね。全部、ちゃんと終わったから……」
カトリーヌはそう言うと、子どもたちを集め抱き締める。子どもたちも、みな嬉しそうにしていた。
「えへへ、よかったぁ~。あのね、ハンスおじちゃんたちのおはかにおそなえしよーとおもって、おりがみかってきたの。みんなで、つるをおるんだ~」
「あら~、そうなの~。ハンス、みんなが作った折り紙を見るのが好きだったものね~。じゃあ、たくさんの折り鶴を作って、お供えしてあげましょう」
「そういうことであれば、わしも折らせてもらおうかのう。千羽と言わず、どどーんと一万羽じゃ!」
「うん!」
その日の夜、コリンたちは子どもたちが買ってきた大量の折り紙を使い鶴を折る。愛と忠義のために命を散らした、ハンスたちの冥福を祈りながら。
◇―――――――――――――――――――――◇
次の日の朝。コリンはいつにも増して早く起きていた。先日カトリーヌと約束した、町での買い物が楽しみ過ぎてパッチリ目が覚めてしまったらしい。
「むふふ、今日は楽しい楽しいお買い物じゃ。楽しみじゃのう、楽しみじゃのう! ……とはいえ、ちとはよう起きすぎたな。庭でも散歩するとしようかの」
一緒に寝ていた孤児院の子たちを起こさぬよう、コリンは抜き足差し足で部屋を出る。暇潰ししようと庭に出ると、どこからともなく何かを叩く音が聞こえてきた。
「ん? なんじゃこの音は。あっちの方から聞こえてきおるが」
「ハッ! テヤッ! トァッ! セイッ、ヤァッ!」
音のする方に行くと、タンクトップにホットパンツ姿のアシュリーが鍛練をしていた。巨木に木製の模擬槍を打ち込んでいる。
木の表面には抉られたような痕が場所を問わずいくつも残っており、長い間鍛練に使われているのだろうことを主張していた。
「朝っぱらから精が出るのう、アシュリーや」
「ん? おっ、コリンか。だいぶ早起きだな、まだ朝の四時だぜ?」
「ふふ、そっちこそ随分な早起きじゃな。ここ、座ってもよいかの?」
「座るンならそっちの石にしときな、平べったくて座り心地がいいから」
巨木の近くにあった石に座り、コリンは鍛練風景を眺める。心地いい打撃音が響き渡るなか、アシュリーはポツリと話を始める。
「デッケぇ木だろ? これな、カティが生まれた記念にオヤジがヌーマンのおっさんに贈ったンだよ。この木のように、大きく健やかに育ってほしいって願いを込めてな」
「ほー、そんな謂われがあるのじゃな。確かに、まあ……カトリーヌは大きいのう」
「はは、ガキンちょの頃はアタイの方がデカかったのになぁ。いつの間にか、逆転されちまったぜ」
そう言いながら、アシュリーは打ち込みを続ける。そんな彼女を見ながら、コリンはふと思った疑問をぶつけてみた。
「しかし、そんな大切な木を鍛練で傷付けてしもうてよいのか? あんな上の方の幹まで抉れておるぞ?」
「あー、いンだよ。元々はカティが鍛練に使ってたのをアタイもやらせてもらってるだけだから」
「そういうものかのう」
「ああ。あいつはすげえよ、ホントにさ。あいつが鍛練始めたの、おフクロさんが死んだすぐ後でな。『貧困に苦しむ人たちを救うためには、まず自分が強くならなくちゃいけない』って言ってさ」
そこまで話した後、アシュリーは一旦休憩を取る。首に掛けていたタオルで汗を拭き、足元に置いてあった水筒を掴む。
水を飲んで喉を潤した後、アシュリーは真面目な顔つきになる。大きく枝を広げる巨木を見上げ、誇らしげな表情を浮かべた。
「アタイもさ、子どもながらに負けてらンねぇなって思ったンだよ。幼馴染みがこんな立派な志を抱いてるンだから、アタイだって何かやってやるぜ! って決意したんだ」
「それで、冒険者になった……ということかの?」
「ああ。アタイは戦うことしか能がねぇからさ。冒険者になって、カティとはまた別のやり方で困ってる人たちを救えたらな……って思ったンだ」
アシュリーは晴れやかな笑みを浮かべ、自身が冒険者となった理由をコリンに語る。幼馴染みとの思い出の詰まった、巨木を見上げながら。
「昔さ、カティと約束したンだよ。それぞれのやり方で、たくさんの人を救うんだって。ご先祖サマたちのように、さ。お互い切磋琢磨して、な」
「よいのう、とても素敵な関係じゃとわしは思うぞよ。二人は……オリハルコンよりも硬い、永遠の絆で結ばれておるのじゃな」
「ああ。アタイはカティを尊敬してるし、人としても好きさ。あいつみたいな幼馴染みを持てて、本当によかったと思ってるぜ」
「あらあら~、そこまで言ってくれると嬉しいわ~。わたしもシュリのこと、とっても好きよ~」
その時、巨木の裏からひょっこりカトリーヌが現れた。ハンスたちの墓の手入れをしていたのか、掃除道具一式を持っている。
こっ恥ずかしい話を、よりにもよって本人に聞かれたアシュリーの顔が赤くなったり青くなったり忙しくなる。それを見て、コリンは吹き出してしまう。
「あ、あの、カトリーヌさん? 一体、どこから話を聞いて」
「そうねぇ~、わたしが生まれた記念に木が贈られたってところからねぇ~」
「ほぼ最初からじゃねぇかあぁぁぁぁぁ!! オー・マイ・ゴッド! ホァァァァァ!!!」
「ぷふふ、あまりの恥ずかしさに壊れてしもうたようじゃのう。こりゃケッサクじゃわい!」
顔を手で覆い、アシュリーは庭を転げ回る。それを見て、コリンのみならずカトリーヌもくすくす笑う。
「ふふ、シュリの本音が聞けてとっても嬉しいわ~。シュリったら、結構な恥ずかしがり屋さんなんだもの~。こういう時でもないと、言ってくれないものね~」
「ワスレテ……ワスレテ……タノムカラビョウデワスレテクダサイ……」
「わあっはっはっはっ! まるで茹でタコみたいじゃのう! 実に面白いわい!」
その後、朝食の準備が出来たことを屋敷のメイドが伝えに来るまでの間、アシュリーはコリンたちに散々からかわれることになるのであった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「さて~、朝ご飯も食べたし~、パジョンの町に行きましょうコリンくん」
「うむ! ついにこの時が来たのう! わくわくで心臓が爆裂しそうじゃ!」
「いや、爆裂しちゃダメだろ。子どもが泣くわ」
数時間後、朝食を食べ終えたコリンとカトリーヌ、アシュリーの三人はパジョンの町に向けて屋敷を出発した。
カトリーヌがお出掛けのプランを立案し、計画を纏めている。最初の目的地は、町にあるぬいぐるみ屋さんだ。
「しっかしまあ、随分と張り切ってンなぁコリンのやつ。故郷でもよ、町に出掛けたことくらいはあるだろうに」
「いや、ないんじゃよ、ただの一度も。マデーレやアディアンの時も、目的地に直行じゃったからな。遊ぶためにお出掛けするのは、正真正銘今回がはじめてじゃ!」
「変わってンなぁ、お前。ま、そこら辺はおいおい聞くとして、だ。さ、まずは買い物を済ませようぜ」
「うふふ、そうね~。コリンくんのために、素敵な思い出をいっぱい作りましょう~。町で一番大きなぬいぐるみ屋さんに連れていってあげるわ~、楽しみにしててね~」
そう言うと、カトリーヌは右隣にいるコリンの方に右手を差し出す。二人の後ろにいたアシュリーは意図を察し、コリンの右側に立ち左手を差し出した。
「さ、迷子にならないようにおててを繋ぎましょうね~。みんな剃ろって仲良しこよしよ~」
「うむ! 今日はよろしく頼むぞよ、二人とも!」
「おう、任せとけ! もう立てないって音をあげるまで遊び倒させてやるからな!」
三人は本物の姉弟のように手を繋ぎ、笑い合いながら町へ繰り出す。楽しい楽しい、買い物の始まりだ。




