193話─刃を交えて
「はああああ!!」
攻勢に出てから五分。いまだツバキは突破口を見出せないでいた。トキチカの反応速度が速すぎて、致命傷を与えられないのだ。
雷光血鳥を持つ左手を切り落とすことは出来たものの、それ以上のダメージを与えられないことに焦りばかりが募る。
星痕の力で無尽蔵に湧いてくる体力に物を言わせ、ひたすら攻める。時が経つにつれてその剣跡は乱雑になり、精細さを欠いていく。
「くっ、このまま攻めあぐねていては……!」
「何を……している? ツバキ……私の教えを、忘れたか? 思い、出せ……かつての、修行の日々を……」
断殻刀【盾甲】で攻撃をいなしつつ、トキチカは諭すようにツバキに呼びかける。父の言葉を聞いたツバキは、ハッとした表情を浮かべ一旦離れた。
「……覚えて、いますとも。いついかなる時も、冷静であれ。太刀筋を乱すことなかれと」
「そう……だ。だが、今の有様は……何だ? 私は、お前に……そのような剣を教えては……いないぞ。刃性変換……断殻刀【斬鉄】」
「今度はもう、迷わない。心を乱しもしない。私が培ってきた力と技術で! 父上を超える! 刃性変換、断殻刀【斬鉄】!」
お互い全く同じ性能に変化させた刀を振るい、激しい戦いが繰り広げられる。勝敗を決めるのは、それぞれの実力のみ。
激しき打ち合いが行われる中、ツバキの胸中に過去の思い出が去来する。幼い頃からずっと行ってきた、父との修行。
『踏み込みが甘い! もっと前に出て勢いよく腕をふり下ろせ!』
『はい、ちちうえ! やあっ、やあっ!』
(……懐かしいものだ。父上はいつも……優しく、厳しく……拙者を指導してくれた。拙者が七歳の頃から、毎日ずっと)
トキチカの放った突きを打ち払いつつ、ツバキは過ぎ去った過去を想う。刃がぶつかり合うごとに、父の想いが伝わってくるような気がしたのだ。
『今日こそ私から一本取ってみせよ、ツバキ。もし達成したら……免許皆伝を認める』
『はい、頑張ります! 今日こそ父上に一泡吹かせてみせます!』
『うむ、よく言った! さあ来いツバキ、遠慮はいらぬぞ!』
『はい! てやぁーっ!』
つばぜり合いを繰り広げる中、再び過去の記憶がよみがえる。今度は、ツバキが十五歳の頃の記憶だ。
(懐かしいものだ。あの日……とうとう父上から一本取って、免許皆伝を認めてもらったのだっけ。父も屋敷の者たちも、みな喜んでいたな……)
懐かしくも、二度とは戻れない過去。ツバキもトキチカも、気付けば涙を流していた。言葉を交わす必要はなかった。
戦いの中で、トキチカは知る。ツバキの力を。磨き上げてきた剣の技術を。今、彼女が次代を生きる者として……自分を超えようとしていることを。
「ツバキ……先ほどより、格段に動きが良くなった。故に! 私を超えられるか……見せてもらおう!」
「ええ、拙者は超えます。今ここで! あなたを!」
その瞬間、ツバキの背中に淡い黄色の光が灯る。ついに、【コウサカの大星痕】が覚醒したのだ。全身にみなぎる力を振るい、ツバキは叫ぶ。
「これが……拙者の全てだ! 奥義、三界破斬断!」
「迎え撃つのみ! 奥義……牙刃虎吼衝!」
ツバキの放った斬撃を、トキチカはひっさつの突きで迎え撃つ。両者がぶつかり合い、衝撃波が店主かの中に放たれる。
どちらも一歩も退かず、相手を打ち負かさんと力を込める。その果てに……トキチカが持つ断殻刀に、亀裂が走った。
ツバキが持つ断殻刀を介して流れ込んでくる星の力に、耐えられなくなったのだ。刀が崩壊する前にと、トキチカは踏み込む。
「ここが……勝機──!?」
「……拙者の勝ちです、父上。奥義を放ち、踏み込む際……僅かに身体が左に傾くクセがあるのを、拙者は見逃していません。七つの時から、ずっと」
威力を増した突きが、ツバキを貫く……ことはなかった。少しだけ身体を反らし、皮一枚で攻撃を避けたのだ。
トキチカ自身も知らなかった、無意識のクセ。それを、ツバキは見抜いていた。長年、共に修行してきたからこその気付きだった。
「くっ──」
「父上……さらば!」
「ぐっ、がはっ!」
攻撃をいなしたツバキは、そのままの勢いで奥義を叩き込む。別れの言葉を呟き、トキチカの身体を切り裂いた。
斜めに身体を両断され、ゆっくりとトキチカが仰向けに倒れる。鈍い重い音を聞きながら、ツバキは刀を振って血を払い鞘に収める。
「ぐ、う……。超えたか、私を。見事だったぞ……ツバキ」
「父上……。いいえ、拙者はまだ未熟者です。今だって、父上のクセを知っていたからこその勝利。純粋な技量での勝負だったら、拙者は負けていたでしょう」
「己を……卑下するな。お前は、強くなった……全てを、託せるほどに」
優しさに満ちた言葉を受け、ツバキはゆっくりと振り返る。溢れる涙を拭おうともせず、死にゆく父へ思いの丈をぶちまけた。
「拙者は、拙者は……! まだ、父上に生きていてほしかった! もっと多くの事を学びたかった! あなたの背中を、いつまでも追いかけていたかった……うう、ううう……」
「ツバキ……忘れるな。例え肉体が滅びても……我が魂は……常に、お前と共にある。いつでも……見守って、いる……ぞ……」
最後にそう伝え、トキチカはゾンビとしての機能を喪失し──消滅した。父の最期を見届けたツバキは、涙を拭う。
父を想い泣くべき時は、今ではない。邪神の子を打ち破り、災いを絶たねばならないのだ。床に落ちていた雷光血鳥を拾い上げ、ツバキは呟く。
「……どうか、見守っていてください、父上。拙者は誓います。あなたの名に恥じない、立派な侍になると」
その直後、轟音と共に天守閣の天井に大穴が開く。どうやら、コリンとラヴェンタの戦いもクライマックスを迎えているようだ。
「お待ちください、コリン殿。今助けに参ります! 星魂顕現……キャンサー!」
右手に断殻刀を、左手に雷光血鳥を。父の想いを継いだツバキは、己の中に眠る星の力を呼び覚ますのだった。
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「ふん、しぶとい奴め。ここまで戦いが長引くとは思わなかったわい」
「それはこっちのセリフだよー? さっさと死んでほしいなぁ! パープルサンダー!」
その頃、城の屋上ではコリンとラヴェンタがしとうを繰り広げていた。シラン城の上空を紫色の嵐が覆い尽くし、稲光がとどろく。
自分を狙って落ちてくる紫色の雷を防ぎつつ、コリンは闇の槍を放つ。しかし、ラヴェンタが振るう稲妻の剣によって両断されてしまう。
「もーそろそろトキチカの方も決着つきそうだし、こっちも終わらせないとね! 神将技、アメジスト・ストーム! デンジャラスハリケーン!」
「ぐうっ、何と凄まじい数の雷……! ディザスター・シールド【天蓋】!」
「あはっ! 今のうちに~、斬り込んじゃえ~!」
大量の雷を雨あられと降り注がせ、城の崩壊も気にせず猛攻を仕掛けるラヴェンタ。コリンが防御を固めた瞬間、直接仕留めんと走り出す。
「まずい、この状況では満足に迎撃出来ぬ!」
「そ~れ、悪ガキの首も~らった!」
「そうはさせぬぞ、ラヴェンタ! 壱の秘剣・昇竜斬破!」
絶体絶命かと思われたその時。先ほどラヴェンタが開けた穴の底から、ツバキの声が響く。直後、穴からツバキが飛び出す。
開かれた蟹の爪を模した金色の翼と甲冑を装着したツバキは、コリンを守るべくラヴェンタの前に立ちはだかる。
「ツバキ、その姿は……」
「遅ればせながら……拙者も、星の力に目覚めた。ここからは、拙者も共に戦おう」
目を見開くコリンに、ツバキはそう語りかける。シラン城の戦いは、最終局面を迎えようとしていた。




