190話─出撃の時
「拙者も父上たちと一緒に結界を張っていたが、ラヴェンタの操る水の刃に全身を斬られ、波にさらわれてしまって。父上が咄嗟に守りの結界を張ってくれたおかげで、溺れずに済んだんだ」
「なるほど、そこをおば上に助けられたと。そたなも……辛い目に合うたのじゃな」
ツバキの身に起きた出来事を聞き、コリンは沈痛な面持ちでそう答える。握り締めた拳をテーブルに叩き付け、ツバキは叫ぶ。
「拙者はラヴェンタが憎い! 故郷を滅ぼし、大勢の命を奪ったあの女を! 八つ裂きにしてやりたい!」
「その気持ち、分かるよ。アタイも邪神の子に全部奪われた。親も、共に過ごした仲間も」
怒りと憎しみにまみれた叫びをあげるツバキに、アシュリーがそう声をかける。彼女もまた、ゼディオに愛する家族を奪われたのだ。
復讐鬼に身をやつし、殺戮の日々を重ねた彼女だからこそ……ツバキへかけた言葉に、重みがあった。そして、それが彼女の傷を幾分か和らげた。
「そうか……アシュリー殿も……いや、みな苦しんでいたのだな。なれば、抱く思いはみな同じ……そうであろう?」
「ええ。悪い人魚ちゃんはお仕置きしないとね~。これ以上好き放題にはさせないわ~」
「ワタシたちが力を貸すヨ! 一人で戦うより、みんなで戦う方がずっと楽だもン! ね、コリンくん」
ツバキの言葉に頷きながら、カトリーヌとフェンルーがそう答える。その力強い言葉を受け、コリンもまた頷いた。
「当然じゃよ。ラヴェンタの行いは決して許せるものではない。奴の居場所が分かれば、すぐにでも乗り込んでやるのじゃがな」
「恐らく、奴はヤサカにいる。拙者の中に埋め込まれた雷光血鳥の破片が、教えてくれている。敵はヤサカにありと!」
「ほんなら、パパッと準備して出発しよか。あ……でも、途中でドレイクはんに会ったら面倒やなぁ。一応、表面上は敵同士やし」
ラヴェンタの居場所が分かり、すぐにでも倒しに行こうとするコリンたち。が、そんな中ふとエステルが呟きを漏らす。
船滅ぼしの三角海域に向かっていた時のように、ドレイク率いるダルクレア海軍が襲来してこないとも限らない。
むしろ、ヤサカへの上陸を阻むために近海を警備している可能性が非常に高い。もしそうであれば、彼らとの戦いは避けられないだろう。
「問題ありません、わたくしにお任せを。幻惑の魔法を使って、あなた方の船を見つからないように隠します。そうすれば、ムダな戦いは避けられるでしょう」
「おお、それはありがたい。感謝しますぞ、おば上」
「いえ、気にすることはありません。わたくしはもう、海から離れて生きることが出来ない身体になっています。今度の戦いは、恐らく陸上で行われるでしょう。同行出来ない分、サポートは手厚くしますよ」
長年海底で暮らし、人魚になったことでレテリアは陸に上がれない身体になってしまったようだ。船の甲板程度なら問題ないようだが、それでも同行は厳しいらしい。
「感謝しますぞ、おば上。さあ、みな準備を始めようぞ。ヤサカに乗り込み、ラヴェンタを討つのじゃ!」
「おおーーー!!」
コリンの号令に合わせ、アシュリーたちは叫びながらこぶしを突き上げる。邪神の子を倒すべく、すぐに準備が始まった。
◇─────────────────────◇
翌日、準備を終えたコリンたちはヤサカに向けて出発した。レテリアに幻惑の魔法を施してもらったマザー・マデリーン号に乗り込み、海面に浮上する。
「ヨーソロー! さあ、出航しますぞ殿下! 目指すは東なり! ガハハハハ!」
「やれやれ、朝っぱらからうっせー奴だな……。まあいいや、行こうぜコリン!」
「うむ、出発じゃ!」
船滅ぼしの三角海域を抜け、船は東へと進む。幻惑の魔法が効いているからか、進路を阻む船は現れない。
この分なら、夕方にはヤサカに到着出来るだろうとコリンは考える。とはいえ、すぐに上陸するわけにはいかない。
ヤサカの現状が分からない以上、視界の悪くなる夜間の襲撃は避けたいのだ。
「むう、見えてきたのう。懐かしいものよ……」
「コリン殿、ここにおられたか。折り入って、頼みたいことがあるのだが……」
「おお、ツバキ。よいぞ、わしに出来ることなら何でも聞こう」
船首に立ち、双眼鏡を覗き込んでいるコリンの元にツバキがやって来る。何か頼み事があるようで、遠慮がちに声をかけてきた。
コリンは双眼鏡をしまい、協力する意思を伝える。すると、ツバキが右手を伸ばしてきた。そして……。
「では、拙者の手を握っていただきたい。コリン殿の中にある憎しみや怒りといった負の感情を、取り込ませてもらいまする」
「それは構わぬが……大丈夫なのかえ? 何か問題が起きたりとかは……」
「ラヴェンタを滅するまでは大丈夫です。目的を果たした後は、すぐに体内に埋め込んである破片を取り除くので悪影響はありませぬ」
「そうか……ならよいのじゃが。では、失礼して手を握らせてもらおうぞ」
若干の不安を感じつつも、ツバキの言葉を信じてコリンは手を握る。すると、身体からなにかが抜けていくのを感じた。
「むおっ、何じゃこの感覚は……むむ、不思議なものじゃのう」
「ええ、でもこれで……拙者の中に力が溢れました。これで……ラヴェンタを殺せる」
「それはよいのじゃが……あまり思い詰めるでないぞ、ツバキ。そなたは一人ではない、わしがいるということを忘れるな」
憎しみの力を受け取り、笑みを浮かべるツバキ。そんな彼女に、コリンは声をかける。負の感情だけでなく、もっと仲間を頼れ。
コリンのメッセージを受け取ったツバキは、小さく頷く。夕焼けに染まりゆく空を見上げ、呟いた。
「拙者はもう負けない。頼もしき仲間たちと共に……父上たちの仇を討つ。絶対に」
「うむ、必ずやラヴェンタを討ち取ってみせよう。これ以上、奴の好きにはさせぬ」
二人は互いにことばを交わし、船内に戻っていく。翌日の決戦に備え、身体を休めるために。
◇─────────────────────◇
「あー、ホントムカつくー。このアタシがしっぽ丸めて逃げる羽目になるなんてー」
その頃、かつてキョウヨウと呼ばれた都の跡地にラヴェンタの姿があった。跡地に建てた城にこもり、プンプン怒っている。
コリンたちから逃げる羽目になったのが、よほど気に入らないようだ。手当たり次第物を投げ付け、子どものように癇癪を起こしている。
人間とほぼ同じ姿になり、手足をバタバタさせていると……。
「主……よ。あまり暴れ……なさるな。城が……壊れる」
「うるさいなぁ、トキチカ。アタシは今イライラしてるの! ……って言っても、理解しないか。もうゾンビにしてからだいぶ経ったし」
しばらく暴れていると、ラヴェンタの私室にひとりの男が入ってくる。やって来たのは、ツバキの父トキチカだった。
二年前の戦いで命を落とした後、ラヴェンタの手でゾンビにされたようだ。生気のない土気色の顔が、ジッと主を見つめる。
「あ、そうだ! いいこと考えた。あいつらにトキチカをぶつけて戦わせよっと。この鬱憤が晴れるくらい、すんごい戦いが見られるぞー! あははは!」
しばらくトキチカを眺めていたラヴェンタは、悪魔的な考えを閃いた。親子を対面させ、殺し合いをさせるつもりなのだ。
ニヤリと笑いながら、次にいつ出撃するかを考えるラヴェンタ。だが、彼女はまだ知らない。すでにコリンたちが、ヤサカのすぐ近くまで来ていることを。
ツバキとトキチカ、親子の忌まわしき再会の時が……すぐそこまで迫ってきていた。




