189話─予想外の決着
「そおれ、今度こそ船が真っ二つだぁ!」
「また来るか! ネモ殿、船を」
「動かす必要はない。拙者が受け止める! 刃性変換、断殻刀【頑刃】!」
ラヴァンタが稲妻の剣を振り下ろそうとする中、コリンはネモにもう一度退避命令を出そうとする。が、それを遮り、ツバキが叫ぶ。
断殻刀の刃が玉虫色に染まり、重々しいオーラを纏いはじめる。振り下ろされた稲妻の剣を、一歩も動くことなく受け止めてみせた。
「なんと!? あれだけ大きな剣を難なく受け止めるとは!」
「おおお~? なかなかやるじゃないの~」
「侮るなよ……拙者はまだ、断殻刀の力を全て見せていない。斬鉄、癒舞、飛龍、仏滅、次元……そして、今用いた頑刃。残りまだ、四種類ある!」
そう叫ぶと、ツバキは全身に力を込めて稲妻の剣を押し返した。ラヴェンタの体勢が崩れ、大きな隙が生まれる。
そこに、コリンとレテリアがダブル追撃を炸裂させた。闇の槍と水の刃が、ラヴェンタに襲いかかる。
「今じゃ! ディザスター・ランス【旋回】!」
「アクア・スライサー!」
「いった~い! もう、よくもやったね! 許さないぞ~……神将技、アメジスト・ストーム!」
攻撃は見事直撃……したが、桁違いの巨体故に大したダメージを与えることが出来なかった。痛みに苛立つ人魚は、一旦距離を離す。
そして、再び紫色の嵐を呼び起こす。複数の雷が合わさり、巨大な龍へと姿を変える。バチバチと紫電をほとばしらせながら、龍は吠える。
「グルアアアアアアアアア!!!」
「行けぇ、サンダードラゴン! 船を木っ端微塵に粉砕しちゃえ!」
「まずい、船に巻き付かれたぞよ!」
稲妻の龍は、コリンたちを直接攻撃せず船に巻き付いて締め上げる。船を破壊し、嵐の海に落とそうとしているのだ。
「ムダなことを。雷を斬ることなど、断殻刀には容易いことだ。刃性変換、断殻刀【雷斬】! はあっ!」
ツバキは船に巻き付く稲妻の龍を見上げて、鼻で笑う。断殻刀の刃が黄色く染まり、雷を斬るための力が湧き上がる。
早速甲板の端に駆け寄り、龍の身体を斬りつける。だが、ほとばしる雷の力によってすぐ傷が塞がり、ダメージが残らない。
「コリン殿、拙者を闇の槍に乗せてくだされ! あの龍を……この手で斬る! 身体を斬っても無意味……ここは頭を叩く!」
「うむ、分かった! ディザスター・ランス!」
「そうはいかないんだよねぇ! ライトニング・キャノン!」
甲板からでは龍の頭に攻撃が届かないため、ツバキは一計を案じる。コリンが放った槍に乗り、船の後方にある龍の頭を斬るつもりだ。
「邪魔はさせません、姉上! ウォーターガード!」
「まぁた邪魔するんだ? 七百年前も、今回も。本当、ムカつくね!」
「姉上たちの野望を捨て置くことは出来ません。あのときも、今も! 決して思い通りにはさせませんよ!」
ツバキを妨害しようと、ラヴェンタが稲妻の砲弾を発射してくる。レテリアが水の膜でそれを防ぐと、邪神の子は叫ぶ。
レテリアも負けじと叫び、砲弾を防ぎ続ける。その間に、ツバキは龍の頭部に到達した。槍からジャンプし、攻撃を行う。
「受けてみよ、我が剣を! 円月天舞斬!」
「ガルアアアア!!」
雷の龍は頭をもたげ、大口を開けツバキに噛み付こうとする。が、それよりも早く斬撃が炸裂する。縦に刀を一回転させ、龍の頭を両断した。
「グル……ガアアア!!」
「脆いな。所詮、相性の差でねじ伏せればこんなものか」
「ツバキよ、今回収するぞよ! それっ!」
龍を消滅させたツバキは、そのまま海に落ち……そうになるものの、コリンが放った闇のロープによって寸前で回収された。
「もー、ホントにムカつく! こうなったら……」
「お二人とも、気を付けて! 姉上が何かをし」
「ここは逃げる! ばいなーらー!」
「って、逃げるのかーい!」
必殺の龍も難なく撃破され、いよいよラヴェンタが本気を出す……と思いきや、背を向けて潔く逃亡し始めた。
あまりにも予想外な動きに、思わずコリンはずっこけてしまう。だが、これでひとまず危機は去った。里の住民の避難も完了しているだろう。
「……逃げたか。あの方向は……まあいい。どこに逃げようとも必ず追い詰めて殺す。首を洗って待っていろ、ラヴェ……ン、タ……」
「ツバキ? どうした、しっかりするのじゃ!」
「酷い熱……相当無理をしていたのでしょう。コーネリアス、すぐに里へ。早急に治療をしなければ、命を落としかねません」
戦いが終わった直後、ツバキは倒れてしまった。記憶を取り戻した直後に無茶をした結果、身体が耐えられなかったのだろう。
レテリアはマザー・マデリーン号を水の結界で包み海底に沈下させる。コリン一行以外、誰もいない里でツバキの治療が行われる。
「うーむ……」
「どうしたの~、コリンくん。何か考え事かしら~?」
「うむ、ツバキの様子がどうにも気になってな。四年前、共に戦った時はあそこまで執念深い性格ではなかった。一体、何があったのじゃろうな……」
「そうね~、わたしも気になるわ~」
貝殻の形をしたベッドに横たわり、深い眠りに着くツバキ。彼女の様子を見守りながら、コリンとカトリーヌはそんな会話を行う。
「記憶が戻った今であれば、ツバキが寝ている間に過去の出来事を読み取ることも出来るが……止めておいた方がよいじゃろうな。本人が話すと言っておったのじゃし、勝手に記憶を見るのも無礼じゃ」
「そうね、それがいいと思うわ~。今は待つべきだと思うわ。ツバキちゃんが目を覚ますまで、ね」
そこから、ツバキが目を覚ますまで丸三日を要することとなった。目が覚めた後のツバキは、ラヴェンタ戦で見せた態度が消えていた。
憑き物が落ちたかのように、すっかり元の性格に戻っている。同時に、元気と食欲も取り戻したようで、六杯もご飯をおかわりしていた。
「ふう……ごちそうさまでした。いや、満腹にございます」
「すげー食いっぷりだったな。あンだけあったメシがあっという間に消えてったぜ」
食堂にて、ツバキは満足そうにパンパンになったお腹を撫でる。少し休憩した後、真向かいに座っていたコリンに話しかけた。
「さて、拙者の食事も終わったところで……約束通り、お話いたそう。この四年で、ヤサカに何があったのかを」
「うむ、頼むぞよ。わしらはみな、ヤサカで何が起こったのかまるで分からんからの」
「かしこまりました。では……順を追って話すことにしよう。四年前、コリン殿が消えたすぐ後のところから」
居住まいを正し、ツバキは語り始める。四年前……コリンが次元の狭間に消えてから起きた、様々な出来事を。
「コリン殿がいなくなったと、帰ってきた父上に聞かされてから八ヶ月ほど経ったある日のことだ。遙か南の海から、奴らが来た。ラヴェンタ率いる、ダルクレア聖王国の軍団が」
「やっぱりか……ヤサカにも来たンだな、あのクズどもが」
その後、ツバキは静かに語る。ラヴェンタ襲来から二年近くはヤサカの防衛に成功していたこと、交易を遮られ少しずつ物資が枯渇していったこと。
その果てに、父トキチカが事態を打開するべくある作戦を行ったことを。その作戦を聞き、コリンたちは驚く。
「二年も経つ頃には、苦境に立たされていた。父上は逆転の策として……あの亡霊が用いていた刀を使うことを決めたのだ」
「亡霊……レキシュウサイか!」
レキシュウサイ。四年前、コリンとツバキが死闘を繰り広げた殺戮の魔剣士。凄絶な戦いの末に打ち倒され、刀を残して消滅した。
「父上は奴が用いていた得物……『妖刀・雷光血鳥』の持つ力に気付いた。負の感情を増幅させ、身体能力を劇的に向上させるという力に」
「なるほどね、それで記憶が戻るなりあんな怖い顔をしていたというわけだ」
『あれは怖かったよねえ、お姉ちゃん。ボク、ビックリしたよ』
「怖がらせて申し訳ない。……っと、話が逸れたな。父上は拙者を含む、ヤサカ最強の侍たちに雷光血鳥の破片を埋め込んだ。そのおかげで、一気に形勢逆転したのだが……」
おぞましい亡霊の力を利用することで、何か致命的な問題が起きたのでは……と心配していたコリンだが、そういう事態にはならなかったようだ。
だが……。別の要因で、ヤサカが滅亡したことがツバキの口から語られる。
「我々の反撃に業を煮やしたラヴェンタは、最終手段に出た。巨大な波を起こし、ヤサカを丸ごと海に沈めようとしたのだ」
「……まさか、それでヤサカは」
「いや、御門や大名たちが自らの命を捨て、結界を張ったことで沈没は免れた。だが……戦力が著しく落ちた我らに勝ちの目はなく、聖王国軍に敗北したんだ」
うつむきながら、ツバキは悔しそうにそう口にする。握り締めた拳からは、血が垂れていた。




