187話─思い出を失いし者
「ツ、ツバキ殿!? そなた、何故ここに!?」
「心配してたンだぜ、ヤサカの情報がまるで入ってこねえから……」
予想外の形での再会ではあるものの、ツバキが無事なことにコリンとアシュリーは喜ぶ。だが、ツバキの様子が何やらおかしい。
怯えているような仕草を見せ、レテリアの陰に隠れてしまう。ひょっこり顔だけ覗かせながら、恐る恐るコリンたちに問いかける。
「あ、あの……皆さんは、どちら様なのでしょうか……?」
「コーネリアス、この娘は……どうやら、記憶を失っているようなのです」
「なんと……」
「記憶喪失ゥ!?」
レテリアの言葉に、コリンたちは驚きをあらわにする。そんな彼はに驚いたのか、ツバキはぴゃっとレテリアの後ろに引っ込んでしまった。
「ええ。二年ほど前、海の中をパトロールしている時に見つけたのです。傷だらけの状態で、海中に沈んできているのを」
「二年前……ふむ、一体何があったのじゃろうか」
「僅かに残っていた記憶の残骸から、あなたと親しかったということが分かりました。一緒にいれば、記憶が戻るかもしれません」
「確かにのう。ツバキよ、わしはコリン。四年前、そなたと親しくしておった者じゃ。だから、そう怖がらずともよいぞ」
「わ、分かりました……」
コリンたちのやり取りを聞いていたツバキは、おずおずと前に出てくる。しばらくの間、コリンたちが面倒を見ることになった。
それから三日間、ダークゲートを作る作業をしつつツバキのケアを行う。結果、コリンたちと少しずつ打ち解けることが出来た。
「なるほどなぁ、自分の名前以外は何にも覚えてねぇ、と」
「はい……気付いた時には、結界に守られながら海の底に沈んでいました。自分でも、どうしてそうなったのか……」
「確かに、そこが一番気になるんだよな。でも、後遺症とかも特にないンだろ? そこは安心したよ」
ツバキから話を聞き、ある程度情報が整ってきた。自分の名前以外何も覚えていないということで、アシュリーたちがいろいろ彼女に教える。
彼女が十二星騎士の一角、コウサカ家の跡取りであること。四年前、コリンたちと一緒にヴァスラ教団と戦い、ヤサカを救ったこと等を。
「何だか、全然実感が湧かないお話ですね……。私、そんなことを……」
「そなたは覚えておらぬかもしれぬが、全て本当のことじゃよ。しかし、記憶が無いというのは色々辛かろうて。何か困ったことがあれば、いつでもわしらに言うておくれ」
「ありがとうございます、コリンさん。親身になって話を聞いてくれて」
「気にすることはない、そなたはわしの大切な仲間じゃからな。困った時は、助け合うものじゃ」
宮殿のテラスにて、コリンとツバキは語り合う。その時、邪悪な気配が近付いてくるのを二人は感じ取った。
咄嗟に頭上を見ると、影が差していた。何者かが里を隠すための隠密の魔法を消し去り、場所を暴いたのだ。
「ふふふふふ、見ぃつけた~。こぉんなところに里があったんだー、よくもまあ四年も手間をかけさせてくれたねぇ」
「な、なんじゃあの巨大な人魚……ツバキ? どうした、大丈夫かえ?」
「あ、ああ……いや……来ないで、来ないでぇ!」
里の遙か上空、結界に肉薄しているのは紫色の肌と淡い水色の髪を持つ巨大な人魚だ。右胸は生身ではなく、紫色のオーブに変えられている。
侵入者を見たツバキは、突如取り乱し怯え始める。それを見たコリンは、直感で気が付く。あの人魚が、ツバキの記憶喪失の鍵を握っていると。
「おかーさまに頼まれたし~、すぐに見つけて殺さないとね~。裏切り者の、憎たらしい妹ちゃんをさ~。そーれ、よいしょ!」
謎の人魚はゆっくりと腕を振りかぶった後、勢いよく拳を結界に叩き込む。凄まじい破壊力を持った一撃が、結界に亀裂を入れる。
このままでは、結界が破壊され海水が里に流れ込んできてしまう。そうなれば、なすすべなく全滅することになる。
「コーネリアス、ここにいましたか! とうとう私の姉、ラヴェンタにかぎつけられてしまいました。時間がありません、すぐにゲートを!」
「かしこまりました、おば上! むんっ、ダークゲート開門!」
異変に気付いたレテリアが、コリンたちの元に泳いできた。里に住む闇の眷属たちを暗域に逃がすべく、コリンは里の広場に門を作り出す。
「すぅー……聞きなさい、里に住む者たちよ! 母の手先に里の存在を知られました、ここはもう危険です! たった今、コーネリアスが暗域へ繋がる門を開きました。ゲートを通り、すぐ逃げるのです!」
ゲートが開かれたのを確認したレテリアは、里の方に降りて大声で叫ぶ。幸い、闇の眷属たちはこの日がいつ来てもいいよう準備をしていた。
纏めた荷物を持ち、ダークゲートに殺到する。宮殿からその様子を見ていたコリンたちの元に、アシュリーたちが駆け付けてくる。
「よかった、ここにいたのね~コリンくん。あの人魚さん、見たかしら?」
「うむ、ここからでもばっちりじゃ。じゃが、それよりも今はツバキのことじゃ。あの人魚を見た途端、怯え出してしもうたのじゃ」
「ううう……」
うずくまるツバキを見て、アシュリーたちも心配そうな表情を浮かべる。だが、いつまでもそうしているわけにはいかない。
このままあの人魚の好きにやらせていては、退避が完了する前に結界が破壊されてしまう。そうなれば、里は壊滅だ。
「一体、どうしてしもうたんや? いや、今は議論しとる場合やないな。コリンはん、ツバキはんはウチらに任せといてや。コリンはんは、あの人魚を!」
「うむ、済まぬが任せたぞよエステル。マリアベル、ネモ殿を呼ぶのじゃ! 船を浮上させ、あの人魚と戦う!」
「かしこまりした、直ちに呼びます」
エステルたちにツバキを任せ、コリンは戦うことを決める。マリアベルが口笛を吹くと、空中に魔法陣が現れた。
その中から、マザー・マデリーン号が飛び出してきた。コリンは船に飛び乗り、甲板からアシュリーやマリアベルたちに呼びかける。
「みな、マリアベルと共に城に避難せよ! ここにいては危険じゃからな!」
「分かった! コリンくん気を付けて!」
『頑張ってね、ししょー!』
テレジアとアニエスの声援に頷いた後、コリンは船内に飛び込む。操舵室に向かい、中で待機していたネモに状況を説明する。
「カッカカカ! そううことであれば、ワガハイの出番ですなぁ! この力、外敵の排除のため奮いましょうぞ!」
「頼もしい言葉じゃ。行くぞネモ殿、船を浮上させるのじゃ!」
「お任せあれぇ~い! カーカカカカカ!」
ネモが魔力をマザー・マデリーン号に流し込むと、船が浮上し始める。コリンが甲板に出ると、そこにレテリアが合流した。
「コーネリアス、わたくしも共に戦います。避難はまだ、半分も終わっていません。力を合わせ、みなが逃げ終わるまで時を稼ぐのです」
「かしこまりました、おば上。あの人魚を倒してしまいましょう!」
頼もしい助っ人を加えて、コリンたちの反撃が始まる。船が闇の結界に覆われ、加速しながら浮上していく。
今まさに、結界に拳を叩き込もうとしていた人魚の土手っ腹に体当たりをブチかました。
「そぉ……れぶへぇ!」
「不埒な侵入者め、このまま里から引き離してくれるわ!」
「もー、いきなりひっどーい! でも……ある意味ラッキーかもね。おかーさまにたてつく邪魔者たちを、一気に始末出来るチャンス!」
痛そうに顔を歪めながらも、人魚はニヤッと笑う。船を両手で掴み、そのまま海面に向かって急上昇していく。
「あんたたちの相手は、アタシがしてあげる。禍嵐神将ラヴェンタ様がね!」
第四の神将との戦いが、幕を開けようとしていた。




