186話―神の子との邂逅
船を進めていくと、港らしき場所が見えてきた。とりあえず向かってみると、街の住民たちがわらわらと集まってくる。
外部の者がやって来るのがかなり珍しいようで、みなわいわい騒いでいる。甲板からその様子を見ていたテレジアが呟く。
「へぇ……あれが闇の眷属なんだね。こうやってちゃんと見るのははじめてだよ」
「むう、わしも一応は闇の眷属なのじゃがな……」
「ああ、ごめんごめん。そんなに拗ねないで、ね?」
テレジアの言葉に、コリンは頬を膨らませる。そんなコリンのほっぺを突っつきながらテレジアが謝っていると、船が港に到着した。
タラップが下ろされ、上陸するための準備が整う。いつまでも船の上にいても仕方ないので、コリンたちは甲板を出て港に降り立つ。
「珍しいな、漂着者以外がここに来るのは」
「ねぇ、あの女の子同族じゃない? そんな気配がするわ」
「一体何の用なんだ?」
船から降りてくるコリンたちを見ながら、闇の眷属たちはヒソヒソ小声で話をする。今のところは、興味半分警戒半分といったところのようだ。
「……めっちゃ見られてンな。まあ、アタイらよそ者だし仕方ねえけど」
「視線が凄いわぁ……ん? コリンはん、誰か来るで」
ネモを除いた全員が港に降り終わった直後、人混みがさーっと割れ、何者かがコリンたちのところにやって来る。
銀色の鎧を身に付けた、角刈り頭の偉丈夫だ。男はコリンの前に立つと、深々と頭を下げる。荒々しい雰囲気とは正反対な礼儀正しさに、コリンは驚く。
「あなたがコーネリアス様ですね? 私の名はグライド。この里を守る守護隊の隊長です。以後、お見知りおきを」
「これはこれは、ご丁寧に。しかし、何故わしの名前を?」
「我らの救い主、レテリア様の予言のおかげですよ。さあ、参りましょう。海底宮にて、我らの主がコーネリアス様をお待ちしています」
グライドに案内され、コリンたちは港を出て街の方へ向かう。里はドーム状の結界によって海と隔てられており、呼吸に支障はない。
激しく荒れ狂う海流を見上げながら、一行は幾重にも折り重なった坂道を登っていく。数十分後、コリンたちは里を一望出来る高台に到着した。
「あら~、とっても大きな宮殿ね~。ゼビオン城と同じくらい綺麗だわ~」
「宮殿、ピカピカだネー」
「どうぞ、お入りください。この先にある玉座の間にて、レテリア様がお待ちです」
高台に建てられたきらびやかな宮殿を見て、カトリーヌとフェンルーが感嘆の声をあげた。目映い黄金で作られた宮殿の中に、コリンたちが足を踏み入れる。
「レテリア様、お連れしました。貴女様の予言通り、今日……コーネリアス様がお越しになりました」
「そう、よかった。ありがとうグライド、下がってもらって大丈夫ですよ」
「はっ、では私はこれで」
玉座の間に案内されたコリンたちは、ついに邂逅することとなった。ヴァスラサックの血を引く八人の子の一人、レテリアと。
ライトニングブロンドの長い髪を揺らし、人魚の女王はコリンを見ながら微笑む。ふわりと空中に浮き上がり、宙を泳ぎながら近付いてくる。
「ようこそ、コーネリアスとその仲間たち。わたくしの名はレテリア。邪神ヴァスラサックの血を引く末の子にして、この里を守る者。よろしくね」
「こちらこそ。レテリア様」
「かしこまる必要はありません、コーネリアス。あなたとわたくしは甥と叔母の関係。もっとリラックスしなさいな」
「では……おば上と呼ばせてもらっても?」
「ええ、構いません。積もる話はゆっくり、食堂でしましょう。美味しい料理を食べながら、ね」
コリンたちを案内し、レテリアは食堂に向かう。料理人たちが腕によりをかけて作った海鮮料理を楽しみつつ、お互いの状況について話す。
「なるほど……兄は元気でやっているのね。ふふ、安心したわ」
「ええ、お坊っちゃまがお産まれになられた時は、それはそれはお喜びになられておりました。その時の映像を水晶玉に記録してありますが、ご覧になりますか?」
「そうね、是非拝見させてもらいたいわ。後でゆっくり……ね」
食事を終えた後、レテリアはマリアベルと和やかな会話を交わす。それが終わった後、少しして本題を切り出してきた。
「コーネリアス、わたくしはずっと待っていました。こうして、あなたと出会える日を。わたくしがお母様から離反して以来、ずっと守り続けてきたこれを渡せる日を……」
そう言うと、レテリアは右手を顔の前に掲げる。魔力を込めると、彼女の手のひらの上に真っ白に輝くオーブが現れた。
それを見たコリンは、直感で理解する。それが父を含めた邪神の子が持つ宝玉、神魂玉であると。
「それは……!」
「かつて、お母様より与えられた【白潔色の神魂玉】。これをあなたに託します。その代わりに、わたくしの願いを聞き届けてほしいのです」
「よいですとも。わしに出来ることであれば、力をお貸しします。して、おば上の願いとは?」
「暗域に繋がる門を開き、この里で暮らす闇の眷属たちを……本当の故郷へ帰してあげてほしいのです」
コリンの問いに、レテリアはそう答えた。水を一口飲んだ後、願いの真意について話し出す。
「七百年前、野心に目覚めた母は協力者であったフェルメアを襲い、重傷を負わせて暗域へと追い返しました。その直後、ダークゲートを閉ざし暗域との行き来を封じたのです」
「ははあ、なるほど。そン時に、闇の眷属たちが置いてかれちまったンだな?」
「その通り。主を失い、故郷にも帰れず……闇の眷属たちは怯えながら暮らしていました。それを見たわたくしは、彼らを助けることを決め……反旗をひるがえしたのです」
アシュリーの言葉に頷き、レテリアは過去を振り返りながらそう答える。ヴァスラサックが捨て去った慈愛を受け継いで生まれた彼女は、見捨てられなかったのだ。
例え親兄妹に歯向かうことになったとしても、闇の眷属を助けた。長兄ギアトルクとは違うやり方で、彼女は戦ったのだ。
「とはいえ、逃げる場所などほとんどありませんでしたから……わたくしは一計を案じ、海の底に里を築きました。そして、母や兄妹たちがたどり着けぬよう……永遠に収まらぬ嵐を生み出し、里を守ったのです」
「なるほど……それが船滅ぼしの三角海域の始まりじゃったのか」
「ええ。あれから七百年……わたくしたちは平和に暮らせていました。しかし、事情が変わったのです。母と兄妹たちがよみがえり、この里の存在に気付きました」
そこまで言った後、レテリアからコリンへとオーブが渡される。目の前を漂うオーブを見つめるコリンに向けて、女王は声をかけた。
「すでにわたくしの姉が、この里を壊滅させんと動き出しています。魔の手が伸びる前に、わたくしは里に住む者たちを本来の故郷に帰すことにしたのです。ですが……」
「おば上一人の力では、ダークゲートを開けないのじゃな?」
「悔しいけれど、その通り。わたくしは天上の神、ダークゲートを開く力はありません。なので、あなたの力を借りたいのです。コーネリアス」
「少し、いいですかね。あなたの案を実行すれば、確かに闇の眷属たちは助かるでしょう。でも、あなた自身はどうするおつもりなのですか?」
レテリアの真意を知った上で、テレジアは問う。闇の眷属たちは、故郷に帰れば無事でいられる。だが、レテリアは……。
「わたくしはここに残ります。兄妹たちの犯した罪を清算するのが、わたくしの最後の務めですから」
「おば上……分かりました。この里に住む者たちは、わしとマリアベルが必ず暗域へと帰します。その後は、共にヴァスラサックと戦いましょうぞ!」
「ありがとう、コーネリアス。……あ! いけない、忘れていたわ。あなたに会わせたい人がいるの。ここで待っていてちょうだい、すぐ連れてくるから」
話が纏まり、レテリアの望みが叶うこととなった。喜んでいたレテリアだったが、ふと何かを思い出したようだ。
ふわふわと宙を泳ぎ、食堂の外に出ていく。会わせたいという人物が誰なのか、コリンたちが考えながら待っていると……。
「え!? お、おい、そいつは!」
『ええ~!? な、何でこんなところにいるの!?』
「これは驚いた……! まさか、かような場所で再会することになろうとは。久しぶりじゃのう、ツバキよ」
少しして、レテリアが戻ってくる。彼女が連れてきた人物を見て、アシュリーとアニエス、コリンは驚きの声をあげた。
レテリアが連れてきたのは……十二星騎士の一人、コウサカ家の次期当主。ツバキだったのだ。




