185話―ドレイクの真実
「コリンくん、魔導エンジンに損傷はないわ。このまま結界ごと、海底を移動出来るわよ」
「おお、それはよかった。海底で立ち往生など洒落にならぬからな」
海の底に叩き落とされてから十数分後、船内の点検が終わった。幸いにも、破損している箇所はなく無事航行を続けられそうだ。
コリンたちは再び船室に集まり、これからどう動くかについて話し合う。その時、コリンの目の前に水の塊が現れた。
「む? なんじゃこれは」
「見て、コリンくん。うすーく伸びていくわ。文字が浮き出て……これ、水で出来た手紙なのかしら?」
イザリーが指摘した通り、水の塊が少しずつ形を変えていく。表面に浮かび上がってきた文字を読んでみると……?
『コリン、さっきはいきなり攻撃して悪かった。だが、ああしないとジャスミンが殺されちまうんだ。監視の奴らに気付かれないよう、アクアレターで事情を話す』
「あら~、わたしたちを攻撃してくるなんて何か理由があると思ってたけど~。のっぴきならない事情があるみたいね~」
「わしもそう思っておった。やはり、ジャスミンの身に何かあったようじゃな」
ドレイクが本気で裏切ったわけではないことが分かり、コリンたちはホッと胸を撫で下ろす。だが、安心してはいられない。
何故ドレイクが邪神の一味に服従することになったのか、詳細を知らなければならないのだ。手紙の続きが記され、コリンはそれを読む。
『三年前、あちこちの海を渡り歩いてダルクレアの連中と戦ってたんだが……いつの間にかスパイが潜り込んでやがったんだ。そいつにジャスミンを人質にされて、今じゃ連中の言いなりだ。自分が情けねえ』
『ジャスミンちゃん……無事だといいな。もう、親しい人の訃報を聞くのは嫌だよ』
「殺してはねえだろうよ。オッサンに知られた時のリスクがデカ過ぎるからな」
ジャスミンの身を案じるアニエスに、アシュリーがそう答える。しかし、ジャスミンが五体満足で生きているという保証はない。
『オレが表立ってジャスミンを助け出そうとすれば、すぐに殺されちまう。頼む、コリン。どの面下げてと思うだろうが……ジャスミンを助けるのに力を貸してくれ!』
「どうする? コリンくん。ドレイクさんはこう言っているけど……まあ、君の答えは一つだろうね」
「うむ。わしはジャスミンを助けるぞよ。事情が分かった以上、見て見ぬフリは出来ぬからな」
テレジアの問いに、コリンは即答する。ドレイクもジャスミンも、コリンの大切な仲間。見殺しにするつもりなどなかった。
そんなコリンに、アシュリーたちは頷く。彼女たちの心も、コリンと同じ。ジャスミンの救出を行うことを、満場一致で決めた。
『残念だが、このアクアレターは一方通行でしか情報を遅れない。そっちからの返事は受け取れないが……協力してくれると信じて、礼に情報を送る』
「カカカカカ、信頼が報われるか報われぬか……ハラハラしておるだろうな!」
「お坊っちゃまが決断した以上、彼が危惧しているような事態にはならないでしょう。しかし、情報とは一体……?」
ネモとマリアベルの二人は、一歩引いた立場から物を見ていた。コリンたちとは違い、ドレイク親子とはさほど面識がないからだろう。
もっとも、それを責めるのは筋違いだと分かっているので誰も何も言わなかったが。そうこうしている間に、新たな文字が浮かぶ。
「お、新しい文章が出てきたで」
『少し前、連中がボスと話をしてるのを盗み聞きした。どうやら、船滅ぼしの三角海域の海底にあるなにかを探してるらしい。しかも、コリンに探られると不味いらしい』
「ふむ、恐らく連中も勘づいておるのじゃな。海の底にある里の存在を」
『オレ以外にも、海域への立ち入りを阻止するために派遣されてる連中がいる。そいつらに見付からないように、海底に送った。オレの代わりに、奴らの鼻を明かしてやってくれ。もしかしたら、ジャスミンを助けるための一助になるかもしれねえからな』
ドレイクを従えている邪神の子もまた、海底の里を探しているようだ。その事を知ったドレイクが、コリンたちをアシストしてくれたようだ。
『その結界は、周囲の海水を吸収して半永久的に持続するから安心してくれ。武運を祈るぞ、コリン』
その文章が表示された後、アクアレターはただの水に戻り床に落ちた。マリアベルが雑巾で床を拭いている間、コリンはネモに問う。
「ネモ殿、海底からでも目的地に進めるか?」
「カーカカカ! 勿論ですとも! 海の覇者たるこのワガハイの手にかかれば、海底に居ようと決して迷うことはありませぬ! すぐにでも出発しましょうぞ!」
「分かった、頼んだぞよ!」
こうして、コリンたちは敵に遭遇することもなく無事船滅ぼしの三角海域に突入することが出来た。結界のおかげで、強烈な水流にも負けず真っ直ぐ進める。
操舵室にて、ネモは慎重に舵輪を操る。怪しいものを見落とすまいと、周囲に目を光らせながらゆっくりと前へ進んでいく。
コリンたちは甲板に出て、双眼鏡を覗きながらあちこち見回す。
「何もねえな、この海。てっきり、でけぇ魔物がうようよいると思ったンだけどな」
「もしかしたら、邪神復活の影響で逃げてもうたんかもしれへ……ん? コリンはん、あそこ何かおかしゅうないか?」
「む? どこじゃ? エステルよ」
「あっちや、二時の方向にあるサンゴ礁の方。……あそこを通ろうとしとった魚群、消えへんかったか?」
しばらく海底を捜索していると、エステルが何かを見つけた。忍者持ち前の観察眼をフルに発揮し、小さな変化に気付いたのだ。
「えー、どこどコ? もしかして、あのサンゴ?」
「せやせや。お、また魚の群れが来たな。あれを見て確かめてみようや」
フェンルーやコリンは、エステルと共に魚の群れを見つめる。件のサンゴ礁の真上に魚群が到達した、次の瞬間。
見えない何かに吸い込まれるかのように、魚の群れが綺麗さっぱり消えてしまったのだ。あの場所には何かがある。
そう確信したコリンは連絡用の魔法石を取り出し、ネモと通信を行う。
「ネモ殿、二時の方向に怪しいサンゴ礁を発見したぞよ。直接調べる故、そこに向かっておくれ」
『承知! では、いざ行かん! 面舵いっぱーい! カーカカカカカカカ!!!』
マザー・マデリーン号は進路を変え、サンゴ礁へと向かっていく。後少しで問題のポイントに到着する……と、思っていたその時。
「わっ、眩しイ! この光、どこから出てるノ!?」
「あのサンゴが発光してやがるンだ! クソッ、罠なのか!?」
「分からんが……行ってみるしかあるまい。虎穴に入らずんば虎児を得ず、じゃ!」
すでに船の四分の一がサンゴ礁の先にある空間に入っており、もう引き返すことは出来ない。この先に、探し求めた里があるのか。
それとも、邪悪な罠なのか。それを見極めるためにも、コリンたちは前に進む必要がある。いつだって、恐れぬ者の前に道が開けるのだ。
「もうダメ、眩しくて目を開けていられないわ~!」
「むう、みな目を閉じよ! 開けたままだと失明してしまうぞよ!」
先に進むにつれ、光がさらに強く激しくなる。耐えきれずに目を閉じたコリンたちは、数分経ってから恐る恐るまぶたを開く。
すると……彼らの目に、驚くべき光景が飛び込んできた。サンゴ礁を抜けた先に、水中都市が広がっていたのだ。
「おお!? な、何だこりゃ!? 海の中にこんな広い街があるのかよ!」
「この街に満ちる魔力……空間の拡張と歪曲を行う魔法が行使されていますね。恐らく、外部に存在を知られぬよう隠蔽するためのものでしょう」
アシュリーたちが驚く中、マリアベルは冷静にぶんせきを行う。どこまでも広がる都市を見ながら、コリンは呟く。
「……とても、懐かしい気配を感じるのう。やはり、この場所におるのじゃな。あの日見た、人魚の女王が」
海の底の都にて、運命の出会いがコリンを待ち受けている。邂逅の時は……近い。




