19話―カトリーヌの過去と想い
崩れ落ちるメタルヒュドラの頭部から飛び降りたコリンは、ロープを回収してクッション代わりにしつつ床に降りる。
「フン、他愛ない。所詮、この程度の」
「コリンくん! ああ……よかった、コリンくんが無事で……本当に、よかったわ……」
「のじゃっ!?」
竜の残骸を見ながら勝利の余韻に浸っていると、カトリーヌが突進してきた。ひょいと抱き抱えられたコリンは、たわわなアレに埋められてしまう。
「コリンくんまで死んじゃったのかと思って……わたし……」
「だ、大丈夫じゃよカトリーヌ。わしはちゃんと生きておる、じゃからその、離し……ぷしゅー」
「コリンくん? ……あら~、気絶しちゃったわ~」
恥ずかしさのあまり、コリンは茹でタコのように顔を真っ赤にして気を失ってしまう。しばらくして目を覚ますと、カトリーヌにおんぶされていた。
すでに星遺物は消したようで、カトリーヌは手ぶらだった。今は、地上へ戻るため上に向かっているようだ。
「うーむ……はっ、ここはどこじゃ?」
「あら~、よかった、起きたのね~。今、上の階に向かって移動してるのよ~」
「そうか、そうであったか。なら、ここからは自分で歩き」
「だ~め。疲れたでしょう? わたしからのお礼だと思って、ゆっくりおぶられてて~」
「むう……ならば、お言葉に甘えるとしようかの」
まだ全然元気ではあったが、コリンはおとなしくカトリーヌに甘えることにした。上階へ続く階段を登りながら、カトリーヌはぽつりぽつり話し出す。
「……コリンくん。上に戻るまでの間、少しお話してもいいかしら?」
「うむ、よいぞ。して、何を話すのじゃ?」
「わたしの過去をね、聞いてもらいたいな~って思ったの。わたしね……四歳の時に、お母様を亡くしているの」
カトリーヌの口から語られた過去に、コリンは真剣な表情を浮かべる。上へ上へと向かいながら、カトリーヌの話は続く。
「元々、お母様は二人も子どもを産めたことが奇跡だって言われるくらい身体が弱かったの。いつも咳をして、ほとんど寝ていたわ」
「そうであったのか……」
「ええ。でも、とても優しい人だった。素敵なお話をたくさん教えてくれて、眠れない時にはいつも歌を歌ってくれて……とても、大好きだったわ」
話を聞きながら、コリンは考える。きっと、カトリーヌの母も彼女のように素敵な笑顔を浮かべている人だったのだろう、と。
その間も、カトリーヌは話を続ける。母親と過ごした日々の記憶がよみがえってきたらしく、僅かに涙声になっていた。
「でも、わたしが四歳の誕生日を迎えた次の日に……お母様はたくさん血を吐いて倒れてしまったの。お医者様が手を尽くしたけれど……」
「亡くなってしまわれたのじゃな。とても……辛かったであろうな」
「ええ、その日はわたしもお兄様も、悲しくてわんわん泣いたわ。でもね、いつまでも泣いてはいられないから。お母様が最期に言い残した言葉をバネに、立ち上がったの」
鼻をすすった後、カトリーヌはそう口にする。そして、死に際に母から送られた言葉を、一言一言噛み締めるように紡ぐ。
「どんなに辛いことがあったとしても、人を愛する優しさを忘れないで。もう側にいられなくても、ずっとあなたを愛してる……って」
最愛の母の言葉を、笑顔を思い出しながら、カトリーヌもまた微笑みを浮かべる。悲しみを乗り越えた者だけが持つ強さが、そこにあった。
「その日からね、決めたの。お母様がわたしに注いでくれた愛を、今度はわたしが他の誰かに注いでいこうって。貧困に苦しむ人たちを、わたしが……」
「う、ぐ……ひっく、う゛う゛っ」
「!? ど、どうしたのコリンくん!? もしかして、どこか怪我して」
「ち、違うのじゃ……。そなたが、あまりにも……ひぐっ、立派でのう。わし、感動してしもうて……」
カトリーヌの過去と決意を知り、コリンは感動の涙を流す。母を喪った悲しみを乗り越えた強さと慈愛の心に、感銘を受けたようだ。
……結果、涙と鼻水でカトリーヌの背中がびちゃびちゃになってしまったが。
「ふふ、そこまで感動してくれるなんてちょっと照れちゃうわ~。……だからね、今回のこと、とても悲しかったの。ハンスも護衛騎士のみんなも、大好きだっから」
「ぐしゅ……ハンス殿たちも、幸せじゃのう。そなたのような人格者に好いてもらえたのじゃから」
「うふふ、もちろん、ハンスたちだけじゃないわ~。お父様やお兄様、シュリに孤児院や財団のみんな……もちろん、コリンくんだって大好きよ。よいしょ、今度は抱っこしてあげる。はい、お鼻拭きましょうね~」
「ん、ちーん!」
どこからか取り出した鼻紙でコリンの顔を綺麗にした後、カトリーヌはいつにも増して慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
「これでよし、ね。ふふ、可愛いお顔になったわよ、コリンくん。……本当に、ありがとうね。あなたがいてくれたから、ハンスたちの仇を討てたわ」
「気にすることはないぞよ、カトリーヌ。わしとしても、ロナルドや教団の非道は許せぬからの。こうして共に仇を討てて、わしも満足じゃ」
「あらあら、きっとハンスも天国で喜んでくれるわね~。それじゃあ、わたしからお礼をさせてもらうわ~。ん~……ちゅっ」
「!!?!??!?!?!!!?!??!? そ、そなた今何をしおった!?」
「何って~、おでこにちゅーしただけよ~? あ、もしかして恥ずかしいのかしら~? うふふ、かわい~い。もっとちゅーしちゃうわ~」
「ま、待つのじゃカトリーヌ! そういうことはの、もっとお互いを知ってからじゃとママ上が……ぬぁーーーー!!!」
コリンのリアクションが面白かったようで、カトリーヌはコリンの唇を除き顔じゅうに軽いキスをする。キスの嵐が止むまでの間、コリンの悲鳴が響き渡ることとなった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「パパ上、ママ上……わしは汚れてしもうた……。うう、もうお婿に行けないのじゃ……しくしく……」
「ごめんなさ~い、コリンくん。ちょ~っとやりすぎちゃったわ~。もうしないから、機嫌直して~? ね?」
しばらくして、コリンたちは地上に戻ってきた。……が、キス攻撃で恥ずかしさが限界突破したコリンは放心状態になってしまっていた。
「……なら、明日お買い物に付き合うのじゃ。おっきくてふわふわなぬいぐるみを買ってくれたら、機嫌を直さんでもないのじゃ」
「ふふ、いいわよ~。それじゃあ、明日お買い物に行きましょうね~」
「むっ、約束じゃぞ! 途中でやっぱりやーめた、はなしじゃからな!」
「ええ、約束するわ~。明日は、パジョンの町でたくさんお買い物しましょうね」
「うむ! ふふふ、実に楽しみじゃ!」
今泣いたからすが何とやら、コリンはすっかり上機嫌になっていた。カトリーヌはこのまま帰るのかと思っていたが、コリンの足は要塞の奥へ向く。
「コリンくん、どこに行くの~? もう、みんな逃げちゃったみたいよ~?」
「せっかく教団の基地に来たのじゃ、機密書類の一枚や二枚持って帰ろうと思うての。しかるべき場所に持っていけば、教団掃討作戦が出来るやもしれぬじゃろう?」
「なるほど~。じゃあ、あちこち探してみましょうか~」
というわけで、二人は機密書類を求めて要塞をあちこち探索する。しばらくして、コリンたちは要塞の最上階にある指令室に到着した。
指令室の奥にある隠し扉を発見し、奥に繋がっている倉庫に踏み込む。何かしら教団の情報を得られるものがあるか、と期待してみたが……。
「ダメね~、全部燃やされちゃってるわ~。あたり一面、灰だらけね~」
「ふむ、どうやら本当に重要なモノだけ持って後は廃棄したようじゃな。司令官は抜け目のない奴じゃの」
倉庫に保管されていた機密書類や資料の類いは、ほとんどが燃やされてしまっていた。目論見が外れたと肩を落とすカトリーヌを他所に、コリンは灰を集める。
「なぁに、問題はないぞよ。この灰を、後で故郷に持って帰るでな。ママ上の部下に復元魔法の達人がおるんじゃよ。そのご仁に、機密書類を復元してもらえば万事問題なしじゃ」
「あら、それは凄いわね~。じゃあ、わたしも手伝うわ~」
二人で手分けして灰をかき集め、カトリーヌが持ってきたマジックポーチに仕舞う。ある程度数が集められたのを確認し、コリンは撤収することにした。
「よし、そろそろ帰ろうかのう。もうすぐ日も暮れそうじゃからな、はよう帰ってハンス殿たちの仇を討てたことを伝えようぞ」
「ええ、そうね~。じゃあ、帰りは転移石を使いましょうか~。これで、屋敷まで一っ飛びよ~」
「おお、それはありがたいのう。では、ウィンター邸に帰ろうぞ!」
転移石の力を使い、二人はウィンター邸に帰還する。目的を果たせたコリンたちの顔には、微笑みが浮かんでいた。




