182話―神と魔が出会う時
翌日。コリンたちはアルソブラ城の最下層にある発着場に足を運んでいた。マリアベルが馬車を用意し、ペガサスに変身したガーゴイルに繋ぐ。
「お坊っちゃま、準備が終わりました。結界に開けた穴の固定も完璧です。いつでも出発出来ます」
「うむ、分かった。では行ってくるでな、みな留守番を頼むぞよ」
「おう、こっちは任せとけ。気にせず行ってきな、コリン」
アシュリーたちと短い言葉を交わし、コリンは馬車に乗り込む。マリアベルは御者席に座り、ペガサスを操り発着場を進む。
ワープゲートを通って大地を覆う結界へと向かい、開けられた穴を潜って外にある次元の狭間へと脱出する。幸い、邪神は監視していないようだ。
「お坊っちゃま、今のうちに行きましょう。いつ邪神の目が向くか分かりませんから」
「うむ、全速前進じゃ!」
余計な問題が起こらないうちにと、馬車を加速させ一気に離れていく。異空間を駆け抜け、しばらくして馬車は楔の狭間に入る。
無数の小さな岩塊が浮かぶ中、遥か遠くにどこまでも続く円塔が見える。これまで神々が生み出した全ての大地の歴史を保存する書庫。
フォルネシア機構だ。
「到着致しました、お坊っちゃま。すでに話は通っているので、迎えの者がいるかと」
「よし、では早速正面入り口に向かおう。ささっと調べて、ささっと帰るのじゃ」
塔の裏手にある空き地に馬車を停め、コリンたちは地面に降りる。正面玄関に向かい、迎えの者に挨拶をしようとするが……。
「ようこそ、いらっしゃーい! 君がコーネリアスくんだね、よろし」
「なんでおぬしがおるのじゃあああああああああ! 今日はいない日のはずじゃろう!?」
「えへっ、メルナーデさんに頼まれて歓待しに来たよ!」
コネを使ってわざわざ観察記録官たちのスケジュールを把握してから来たというのに、普通にリオがいることに驚愕するコリン。
思わず大声で叫ぶも、当のリオは涼しい顔をしてしっぽを振っていた。人懐っこい笑みを浮かべており、敵意がなさそうではあるが。
「お坊っちゃま、これは……」
「あはは、そんなに警戒しなくていいよ? 流石に、ここで戦うようなことはしないから。さ、一緒に行こう? 案内してあげる」
「むう……まあ、仕方あるまい。敵意がないのであればまあよいか……」
渋々ではあるが、コリンはリオに内部を案内してもらうことを決める。ここでごねて、時間を浪費するわけにもいかないのだ。
「決まりだね! 二人とも、ここに来るのははじめてかな?」
「わたくしは何度か。フェルメア様に連れられて、顔見せに来たことがあります」
「そうなんだ~、じゃあメルナーデ様のことも知ってるね。うんうん、なら問題ないかな。それで、今日はどんなご用?」
「イゼア=ネデールの歴史を知りたい。今から七百年ほど前に姿を消した、ある人物を探しておるのじゃ」
「なるほど、じゃあ……第340975番本棚だね。お二人様ごあんなーい!」
にこやかな笑みを浮かべ、元気いっぱいに叫んだ後リオは扉を開ける。正面ホールの中に足を進めたコリンは、巨大な本のオブジェに出迎えられた。
「おお、これは大きいのう」
「ちょっと前に、新しく設置されたんだよ。叡知の象徴を作るぞー、って。……結構邪魔なんだよね、これ。あ、みんなには内緒だよ? 怒られちゃうから」
ホールのど真ん中に鎮座する巨大なオブジェが、往来の妨げになっているようだ。こっそりとコリンに耳打ちし、リオは不満を漏らす。
内心同じことを思ったようで、コリンは頷く。そんな彼にウィンクした後、リオはホールの奥へ向かって歩いていく。
「奥にエレベーターがあるんだ。それに乗って、目的の歴史書があるフロアに連れてってあげる」
「む、済まんのう。しかし、広いんじゃのうこの塔の中は」
「まあね。今はもう無くなっちゃったのも含めて、全部の大地の歴史書を保管してるからね。今もずっと拡張されてるんだよ」
エレベーターに乗り込み、二人はそんな会話を行う。マリアベルは、終始沈黙を保っていた。リオのことを警戒しているのだろう。
そんな気配をリオ本人も察しているため、特に何も言わない。場所柄故に刃を交えていないだけで、彼らは本来敵同士なのだから。
「あ、そうそう。アゼルくんから聞いたよ、君とっても強いんだって?」
「ん? ああ……懐かしいのう、あの時の試合は最高に楽しかったわい。まあ、自慢ではないがわしは強いぞ? ふふん」
「じゃあじゃあ、今度は僕とも試合してよ! この千年、グランザームより強い闇の眷属と戦えてなくて退屈なんだ」
「む、むう……流石にそのお方と比べられるのは……」
沈黙を嫌ってか、リオが話を振る。コリンが答えると、目の色を変えグイグイ食い付いてきた。強き者との戦いを求め、コリンにアプローチをかける。
一方のコリンはと言うと、母親の前任者と実力を比べられて答えに窮していた。流石に、グランザームより強いとは自信を持って言えないらしい。
「……っと、目的の階に着いたね。この話は後でしよっか、本棚に行こ」
「うむ、そうじゃな……」
その時、運良くエレベーターが目的の階に到着し扉が開く。内心ホッとしながら、コリンは外に出た。
見渡す限り広い部屋、高い天井。どこまでも続く本棚の中に仕舞われているのは、数多の大地の歴史を記し、編纂した本だ。
「えーと、イゼア=ネデールのは……あ、あった! これこれ、この本だよ」
「おお、済まんのう。さて、目的のページはっと……」
とても長いスライド式のはしごを登り、リオは本棚の上の方にあった本を一冊取り出す。ひらりと飛び降りて着地し、コリンに渡した。
本を受け取り、コリンはページをめくる。あまりにも本は分厚く、千ページは余裕で越えている。目当てのページを探し出すのに、十分近くかかってしまう。
「やっと見つけたぞよ……。なになに、『邪悪へと堕ちしヴァスラサックの子、レテリア。取り残されし闇の眷属を束ね、海底へ逃げ延びる。その後、大地を脱出することなし』……。ビンゴ、これじゃ!」
「やりましたね、お坊っちゃま。やはり、予想した通り……」
「うむ。ヴァスラサックの末子……レテリアはイゼア=ネデールに留まっておった。であれば、すぐにでも会いに行かなければ!」
確信を得たコリンは、本を閉じて喜びの表情を浮かべる。あの光景がただの幻ではなかったことを証明出来てご満悦だ。
「何を調べてるのかは分からないけど、目的が果たせたみたいでよかったねぇ。……あ、そうだ。すっかり忘れてた」
「ん? なんじゃ?」
「実はねえ、四年前に僕のお嫁さんの一人……エリザベートって言うんだけどね、イゼア=ネデールに行ったきり帰ってこないの」
「なんじゃと!? これ、そんな重大なこと何でもっと早く言わぬのじゃ!」
「エっちゃんなら、そうそう死なないし大丈夫だよねーって思ってたから。えへ」
調べ物が終わり、後は帰るだけ。そう思っていたコリンに、リオが爆弾発言を叩き付けた。いつの間にか、イゼア=ネデールに魔神が入り込んでいた。
それを知って、コリンだけでなくマリアベルまでもが驚愕の表情を浮かべる。
「エっちゃん、前任の剣の魔神が隠棲してるイゼア=ネデールにお見舞いに行ったんだ。でも、そのすぐ後に……」
「ああ、ヴァスラサックが復活して帰れなくなった、と」
「うん。流石に、堂々と結界ブチ破って帰るのは無理みたいでね。連絡すら全く来なくて、ちょっと心配になってたとこなんだよねー」
「……で、わしらに救出を依頼したいと?」
「うん! ほら、僕が行くと例の協定で面倒なことになるでしょ? だから、君にお願いしたいなーって」
ニコニコ笑いながら、リオはコリンにそんな頼みをする。コリンとしても、見逃すことは出来ない。万が一ヴァスラサックが魔神の存在に気付けば、今以上に厄介な事態になるからだ。
「……仕方あるまい。聞いた以上は放置出来ん。頃合いを見計らって助けてやろうぞ」
「わあ、ありがとう! じゃあ、お礼にこれをあげるね!」
依頼を受けてくれたことを喜び、リオは懐から小ビンを取り出す。ビンの中は、深紅の液体で満たされている。
「リオ、これはなんじゃ?」
「このビンの中には、僕の血が入ってる。イゼア=ネデール、かなり荒廃しちゃってるでしょ? その血を撒けば、たちまち豊かな大地に戻せるよ」
「そなた、見ていたのか? 大地の現状を」
「うん。直接手は出せないけど、こうやって助けるのはセーフだからね。渡せる日が来てよかったよ」
屈託のない笑みを見て、コリンも微笑む。手のひらに収まるサイズのビンとはいえ、満たすためにはかなりの血が必要だ。
リオには関係ないはずなのに、こうして血を分け与えてくれたことをコリンは感謝する。
「……ありがとう、リオ。この血、ありがたく使わせてもらおう。……ふふ、そなたへの苦手意識も、どこかに飛んでいってしもうたわ」
「わたくしからもお礼を言わせてください、ミスター・リオ。助力、感謝致します」
「いいのいいの、気にしないで。僕の頼みを聞いてきれたお礼だからさ」
互いに握手を交わし、二人は微笑みを浮かべた。




