181話―コリンの計画
マデリーンの葬儀が終わってから、十日が経った。英雄を喪った痛みを乗り越え、グレイ=ノーザス二重帝国は復興しつつあった。
そんな中、コリンはアルソブラ城にアシュリーたち主要メンバーを集めていた。リビングにて、コリンは仲間たちを眺める。
「作業中、集まってもらって済まぬのう。今日は、みなに話さねばならぬことがある」
「別にいいぜ、アタイは。むしろ、貴重な休憩時間だぜ。なあ?」
「そうねえ、今日は朝からずっと結界に穴を開けてたものね~」
この十日、アシュリーたちはずっとイゼア=ネデールを覆う結界に穴を開ける作業を行っていた。アルソブラ城の力を使い、空間を歪めながら。
「二日前、みなが結界に穴を開けてくれたおかげでようやくパパ上とママ上に会えた。ひとまずは礼を言うぞよ。みな、ありがとう」
「そう言ってもらえると、ウチらも頑張った甲斐があったわぁ。……けど、その顔は何か嫌なことがあったんやな?」
「……うむ。エイヴィアスの暗躍について伝えたのじゃがな……奴の方が一枚上手じゃったわ。すでに、ママ上を信用させておった」
「え? コリンくん、どういうことなノ?」
ヴァスラックに協力し、影で暗躍しているエイヴィアス。彼の存在を伝え、諸王会議で糾弾してもらおうとしたのだ。
だが、それは出来なかった。すでにエイヴィアスが手を打っており、なんと自分がコリンの救援者であるとフェルメアに信じ込ませていたのだ。
「奴め……まさか偽の手紙やら映像やらでわしを助けた功労者に成り上がっておるとは。流石のわしも開いた口が塞がらなかったわい。ママ上と仲良くお茶してるなど、予想出来んわ……」
「ええ!? でもでも、ししょーならその場で嘘を暴けるんじゃ……」
「無理じゃよ、口八丁でエイヴィアスに勝てる者はおらん。危うく、わしまで奴の嘘を信じ込まされるところじゃったわ」
「ええ、わたくしもエイヴィアスに騙されかけましたよ。流石、情報戦で無敗を誇るだけはありますね」
先手を打って対策されたことで、コリンは母親に頼ることが出来なくなってしまった。こうなった以上、もうフェルメアの助けは期待出来ない。
「流石に、パパ上は奴を完全には信用しとらんかった。じゃが、それも見抜かれておってな。徹底的に、パパ上との接触を阻まれてしもうたわ」
「何とかしてメッセージを残そうとしましたが、ことごとく妨害されました。本当に、苛立たしいものですね」
「うわぁ、二人とも大変だったわね……歌で慰めてあげよっか?」
「うむ、わりと本気でお願いしたい……」
目論みが外れた上、散々エイヴィアスにコケにされたことですっかり意気消沈してしまっていた。だが、この程度でめげるコリンではない。
エイヴィアスのことは一旦置いておき、もう一つの重要な話をアシュリーたちに始める。……むしろ、こちらが本題と言えるだろう。
「ま、この件はもう諦めた。本当に重要なのは、これから話させてもらう。……わしはこれより、一旦この大地を離れ天上へと向かう」
「え? ちょっと待て、それってどういう……」
「うむ、少しばかり……この大地の歴史について、調べねばならぬことが出来た。それを確認しなけれらならぬのじゃよ」
戸惑うアシュリーにそう答えた後、コリンは十日前に起きた事を話す。四つのオーブが共鳴し、不可思議な光景を見たことを伝える。
「不思議な話ね~。コリンくんを待ってる人魚さんなんて~」
「恐らく、その人魚の女王は……パパ上と同じくヴァスラサックに反旗を翻した、八兄妹の末子じゃ。じゃが、本当にそうだという確信が持てぬ」
「そこで、明日お坊っちゃまはある場所に向かいます。そこでこの大地の歴史を調べ、末子の行方を追うのです」
「いや、歴史を調べるって……七百年も前のこと、それも何もかもが不明なご仁の調査やろ? 不可能とちゃうんか、それ」
もっともな疑問を口にするエステルに、アシュリーたちも同意して頷く。そんな彼女たちに、コリンは得意気に答える。
「あるのじゃよ、一ヶ所だけ。ありとあらゆる歴史が集う場所が」
「フォルネシア機構。天上に住まう神々が創設した、全ての大地の歴史を保管する書庫。そこになら、この大地では失伝してしまった情報もあります」
「フォルネシア機構……なんだか、重々しい名前だネ」
コリンとマリアベルから詳細を聞き、フェンルーが呟く。無限にも等しい数が存在する大地の、過去から現在に至る歴史。
その全てを記録し、収めるための書庫。あまりにも壮大すぎて、アシュリーたちにはどんな場所なのか想像も出来なかった。
「ひゃー、そんな凄い所があるんだねぇ。ねーししょー、ボクたちも行ってみたーい!」
『確かに、そんな施設があるなら後学のために行ってみたいね。興味があるんだ、そういうロマン溢れる場所に』
「それは無理ですね。フォルネシア機構は、基本的に大地の民が立ち入ることを禁止しております。神々の秘密の漏洩を防ぐために」
「えー、そんなー」
アニエスとテレジアが同行しようと声をかけるも、マリアベルに断られてしまった。双子は粘り強く交渉するも、結果は変わらなかった。
「無理じゃよ。千年ほど前に一度、特例で大地の民が数人行ったことがあるらしいが……まあ、その者たちは半分神みたいなものじゃったからこその例外。そなたらは諦めい」
『残念だね、無理を押し通すのもよくないし……諦めようか、アニエス』
「ちぇー、しょうがないなー」
コリンに言われては、流石の双子も引き下がる以外にはない。コリンとマリアベルの二人だけで行くことは、最初から決定事項なのだ。
「ささっと行ってささっと帰ってくるでな、みな城で待っていておくれ。すでにアポイントメントを取ったから、すぐに用は終わる」
「手際がいいのね、コリンくん。……でも、そんなに急ぐ理由があるの?」
「……会いたくない者がおるのじゃ。少なくとも、大事な局面である今は。下手に事を構える事態になると、邪神討伐どころの話ではなくなるのじゃ」
「へぇ、コリンがそこまで言うなンて珍しいな。何者なンだ? そいつ」
いつものような余裕もなく、焦るコリンにアシュリーが尋ねる。しばらく間を置いた後、コリンは静かに語り出す。
今一番、会いたくない者の名を。
「……そやつの名はリオ。わしら闇の眷属の大敵、【ベルドールの七魔神】を束ねる頭領にして……フォルネシア機構の客員観察記録官を務めておる者じゃ」
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「メルナーデさーん、書庫の整理終わったよー」
「あら、ありがとうリオくん。いつも悪いわね、忙しいのにお手伝いさせちゃって」
「ううん、気にしないで。僕が好きでやってることだから。ここで働いてると、たくさんの知識を得られるしね」
数多の大地を繋ぐ異空間――『楔の狭間』に浮かぶ、どこまでも伸びる円塔。フォルネシア機構の最上階にある総書長の部屋に、二人の人物がいた。
一人は、立派な肘掛け椅子に座る、ウェーブした紫色の髪を持った儚げな空気を纏う美女。もう一人は、褐色の肌と青い髪を持つ、小柄な猫獣人の少年だ。
「ふふ、相変わらずいい子ねリオくんは。……ついでと言ってはなんだけど、一つ頼まれてほしいことがあるの」
「はい! 僕に出来ることなら喜んで!」
女――メルナーデの言葉に、リオと呼ばれた少年は嬉しそうに答える。左右に揺れるしっぽを見ながらデレデレしていたメルナーデは、我に返り話し出す。
「明日、闇の眷属とその従者がここを訪れるわ。やんごとなき身分のお方だから、全力で歓待しないといけないの。そのお手伝いをしてほしいのよ」
「闇の眷属、ですか? 珍しい、フォルネシア機構に来るなんて……」
フォルネシア機構は、一種の中立地帯。この場所では、種族も肩書きも関係ない。一歩足を踏み入れれば、みな知を求める旅人として迎え入れられるのだ。
「あ、もしかして。そのお客さんって、今話題の……」
「ええ、察しがいいわね。つい最近、存在が明らかになった闇の眷属のニューフェイス……神と魔のハーフ、コーネリアス様よ」
「へー、彼が来るんだ。アゼルくんから聞いてはいたけど……。じゃあ……僕も、全力でお出迎えしなくちゃね」
四年前に行われた闇の眷属たちの宴、ラーカ。そこで発表されたコリンの存在は、神々も知るところとなった。勿論、リオたち七魔神も……。
「楽しみだなー、どれだけ強いんだろ。アゼルくんは本気を出した自分と互角だったって言ってたし、すっごく強いんだろうなぁ!」
「ここで戦うのはやめてね? 何かあったら、私がバリアス様に首をはねられちゃうから」
「はい、気を付けます。……でも、戦ってみたいなぁ。グランザーム以上の強い敵と、戦えてないしなぁ」
コリンの強さに興味津々なリオは、そんなことを呟く。こうして、コリンの考えとは裏腹に……魔神の長と落とし子の魔術師の邂逅が、実現しようとしていた。




