180話―そして、少女は遺志を継ぐ
戦いの末にメルーレは討たれ、彼女が用いていたコアも破壊された。ダルクレア軍の壊滅と洗脳解除により、グレイ=ノーザスは救われた。
……マデリーンという、尊い犠牲を支払って。バラホリックシティ奪還を果たした次の日、彼女を弔うためしめやかに国葬が行われる。
「……皆様。今日は、お集まりいただきありがとうございます。きっと、母も天国で喜んでくれていると思います」
葬式会場には、喪服を着た祖国奪還連合のメンバーが集まっていた。当然、コリンや星騎士たちも列席している。
悲しみをこらえ、喪主としてイザリーは気丈に振る舞う。故人となった母を想い、参列者たちに感謝の言葉を述べる。
「さあ、皆様。母のために、祈りを。安らかに眠れるように、鎮魂歌を共に歌いましょう」
「全員、起立!」
イザリーのサポートをしていたリーズの号令に従って、参列している者たちは立ち上がる。マデリーンのために、鎮魂歌を口ずさむ。
歌が終わった後、コリンたちは一列に並び遺体が納められた棺に黙祷を捧げる。その際、死者があの世でも寂しくないように贈り物を捧げる。
それが、この国の習わしなのだ。
「マデリーンよぉ……どうしておめえまで死んじまうんだよ。俺みてぇな老いぼれじゃなくて……おめぇみたいないいヤツが……」
皇帝時代に使っていた錫杖を棺の脇に置き、ダールムーアは涙を流す。また一人、友を失った老ドワーフの背中は、悲しみに満ちていた。
「わりぃな、マデリーンさンよ。いきなりだったからさ、これくらいしか用意出来なかった。安らかに眠ってくれよな」
「イザリーちゃんのことは、わたしたちが守るわ。だから、安心してね」
急遽呼ばれたアシュリーやカトリーヌ、エステルたち作業組は全員で作った花の頭飾りを供える。祈りを捧げ、席へ戻っていった。
「……わしは、また救えなかった。世界は常に残酷じゃ。両方を掴み取りたいのに、いつも片方だけを選ばせる。本当に……やるせないものよ」
「……ええ。わたくしもそう思います、お坊っちゃま」
最後に、コリンとマリアベルが棺の前に立つ。マデリーンの遺影を見つめ、やるせない表情でそう呟く。直後、懐からナイフを取り出し、お下げを切り取った。
「わしは改めて、そなたに誓おう。この命をかけてイザリーを守り抜くと! その決意の印に、我が故郷の習わしに従い髪を捧げよう」
「わたくしも、お坊っちゃまに従いましょう。ミセス・マデリーン、あなたの遺志は……ここにいる全員が、受け継いでいきます。ですから……心配は、何もありませんよ」
マリアベルもコリンに習い、彼から受け取ったナイフで後ろ髪を切断する。その後、棺を専用の墓所へ運び埋葬を行う。
葬式が終わり、一人、また一人とその場を去っていく。最後に残ったのは、コリンとイザリーの二人だけだった。
「ねえ、コリンくん。一つだけ、お願いがあるの。聞いてくれる?」
「うむ。一つとは言わず、いくらでも聞こう」
「今日だけ……今日だけは、コリンくんの腕の中で泣かせて。あなたの温もりが……ほしいの。寒くて、凍えそうだから……」
何も言わず、コリンは腕を広げる。その中に飛び込み、イザリーは大声で泣く。大好きだった母を救えなかった後悔と無念に、頬を濡らす。
コリンもまた、マデリーンを助けられなかったことを悔やみ、静かに涙を流した。そんな二人の元に、ちらりちらりと雪が降る。
「……ありがとう、コリンくん。たくさん泣いて、スッキリしたわ」
「そうか、それはよかった。立ち直れそうなら何よりじゃ」
十数分後、涙を流し尽くしたイザリーはコリンにお礼を言い離れる。マデリーンの墓の前でしゃがみ、決意を込めてささやく。
「私、もう泣かない。ママが守ってくれたこの命、大地の平和のために役立てるわ。バーウェイの血を継ぐ者として……今度は、私がみんなを守る番よ」
これまで、イザリーは庇護される側にいた。だが、これからは違う。今度は、彼女が守る番が来たのだ。暗闇の中にうずくまり、救いを求める者たちを。
偉大なる星騎士として、先祖代々受け継いできた力を振るうのだ。それが、大好きだった母への――最大の供養になると信じて。
「あ、そうだ。忘れるところだったわ。コリンくん、これあげる」
「む? それは……神魂玉か!」
「ええ、気が付いたら雪原に落っこちてたの。私が持ってても仕方ないし、コリンくんにあげる」
イザリーはふと何かを思い出したようで、懐から赤色のオーブを取り出す。メルーレの左目として埋め込まれていた、【薄紅色の神魂玉】だ。
「では、ありがたくいただいておこうぞ。これで、神魂玉も三つ……のじゃ!?」
コリンがオーブを受け取った、その時。突然コリンの星遺物、闇杖ブラックディスペアが現れた。さらに、これまで手に入れた銀陽、翡翠……二つの神魂玉も出現する。
「な、なに!? 一体何がどうなってるの!?」
「これは……四つの神魂玉が、共鳴しておるのか?」
銀陽、翡翠、薄紅。三つのオーブが明滅しながら、コリンの周囲を飛び回る。直後、まばゆい光が放たれコリンたちの視界を塗り潰す。
『女王様、これ以上ここで暮らすのは無理です。ヴァスラサックの娘が、この海のあちこちを探し回っています。この里が見つかるのも、時間の問題かと』
『奴は荒れ狂う海を物ともせず、我々を見つけ出そうとしています。この船滅ぼしの三角海域の底まで到達されたら……』
真っ白な光の中に、見たこともない光景が浮かんでくる。海の底に存在する街と、そこで暮らす闇の眷属たち。
城らしき建物の中で、二人の男女が玉座に座る人物に報告をしていた。玉座に座しているのは、透き通った白い肌を持つ人魚の女だ。
『……この隠れ里を隠し通すのは、もう不可能ね。でも、希望はあるわ。わたくしの兄、ギアトルクの子をこの里に導き、暗域への門を開いてもらうのです。そうすれば、あなたたちは助かります』
『確かに、私たちは助かるでしょう。しかし、それでは女王様が!』
『いいのです、ケーン。時が来た、それだけのこと。わたくしの持つ【白潔色の神魂玉】を、コーネリアスに授ける時が……』
女王は、部下にそう伝える。次の瞬間、コリンの意識は現実に引き戻された。イザリーと顔を見合わせ、コリンは困惑する。
「な、なんじゃ今のは? イザリー、そなたも見たかえ?」
「え、ええ。私も見たわ。幻覚……なのかしら。一体なんだったんだろ?」
首を捻りながら、コリンは地面に落ちた三つのオーブと杖を回収する。杖を見つめながら、コリンは先ほど見た光景について考える。
(いくつか、ヒントになりそうなワードはあった。【白潔色の神魂玉】……それを持っているのは、ただ一人。パパ上と同じく、ヴァスラサックから離反した神の子……だとすれば、今見たのは)
「コリンくん、大丈夫? 何だか、難しい顔をしてるけど」
「ん、大丈夫じゃよ。ちと調べなければならぬことが出来てな。……今の状況では少しばかり危険じゃが、行かねばならぬ場所が出来た」
「そうなの? ……なら、私も行く。今度は、私がコリンくんを助け守る番よ。嫌って言っても、譲らないからね?」
「……ふふ。なら、お言葉に甘えるとするかのう。おお、そうじゃ。この国の情勢が落ち着いたら、行かねばならぬ場所がある。邪神の子を三人倒して、結界も弱まったからの」
これまでとは違う、戦士の目をするイザリーを見てコリンは微笑む。彼女はもう、ただの歌姫ではない。歌と踊り、戦いをこなすバトルスターだ。
「そうなの? ……それで、どこに行くの?」
「うむ。向かう場所は一つ。この世に存在する、全ての大地の歴史が記録されている場所。……フォルネシア機構じゃよ」
一つの冒険が終わり、別れを経て――コリンは、新たな冒険をするため旅立つ。去っていった者が残した、想いを抱えて。




