179話―無償の愛の行方
どこまでも続く雪原の真ん中で、マデリーンとメルーレは死闘を繰り広げる。鍛え上げられた筋肉と頑強な盾が、互いの命を絶とうとぶつかり合う。
「なかなかしぶといわね。思い出すわ、あなたの先祖リージアをね。あいつも、しぶとくて鬱陶しい女だった!」
「あら、しぶといだなんて随分評価してくれてるじゃない。うちの家系は、みんなタフウーマン揃いなのよ! セイッ!」
盾の一撃を皮一枚で回避した後、マデリーンはすかさず足払いを仕掛ける。相手を転倒させて追撃を叩き込もうと目論むも、避けすらせず耐えられてしまう。
「いい威力の蹴りね、大地の民ならまず骨が折れているわ。でも……ファルダ神族の一員である私には効かない! ダブル・シールドストラッシュ!」
「攻撃の速さ比べかしら? いいわ、なら相手してあげる! 歌魔法、勇者のマーチ! からの、マッシヴパンチ・マシンガン!」
メルーレは盾を二枚に分割し、開いた扇のような形状へと変える。鋭いフチを用いて、斬撃のラッシュを放った。
それに対抗し、マデリーンは歌いながら拳のラッシュで応戦する。驚異的な肺活量を用いて、自身を強化しつつ猛攻を繰り出す。
「イライラするわね……何もかもが、七百年前と同じだわ。あの日、リージアもお前のように歌っていた。今でも、思い出して虫酸が走る!」
「おっほっほっ! いい気味ね、ならアタシがトラウマを上書きしてあげるわ。一族全員の恨みを込めた拳でね!」
「それは不可能ね。だって、たった一つだけあの日と違うものがあるからね!」
「何を……まさか!?」
「あなたの娘……無事に生きて帰れるといいわね! ハァッ!」
マデリーンのラッシュを片手で捌きながら、メルーレは顔をしかめてそう呟く。過去の記憶がよみがえり、苛立っているようだ。
そんな彼女をマデリーンが挑発するも、逆に揺さぶりをかけられる。イザリーを利用して、何かをしようとしている。
そんな不安が鎌首をもたげ、技のキレを鈍らせる。結果、拳を盾ではね上げられ、がら空きになった胴体に蹴りを叩き込まれてしまう。
「ぐっ……」
「大地の民も、ファルダの神も……闇の眷属にも、決して克服出来ない弱点がある。『情』というくだらない弱点がね。それがある限り、あなたは……いえ、あなたの一族は私には勝てないわ」
「随分と言ってくれるわね。誰かを想う気持ちがくだらないですって? 人を洗脳して気持ちを踏みにじるのが大好きなあんたに、何が分かる!」
「分かるわ。そんな感情があるから、今回あなたたちは負けた。愛する家族を、友人を、恋人を。躊躇なく殺せなかったから、この国は滅びた!」
精神的な揺さぶりをかけながら、メルーレは盾を振るい攻撃を叩き込む。鋭い斬撃の嵐を見舞い、少しずつ魔力の防護膜を傷付けていく。
「私だったら、例えお母様や兄妹たちが洗脳されて敵になった時戸惑いなく殺すわ。そのくらいのドライさがないと、生き残れないのよ? この世界はね」
「そんな殺伐とした世界、アタシはゴメンよ。アタシはね、もっと明るくて……誰もが手を取り合い、笑い合える世界の方が好きよ。その世界を守るためにも! あんたはここで殺す! マッシヴスピナー!」
「甘ちゃんね、本当に反吐が出るわ。いいわ、だったら徹底的に後悔させてあげる。その情の深さがいかに愚かなものかを! フォームチェンジ、巌壁の盾!」
メルーレは再び盾を合体させ、今度はカイトシールドへ変形させる。マデリーンの放ったハイキックを受け止め、跳ね返す。
全身に力を込めて突進し、シールドバッシュを放ってマデリーンを吹き飛ばす。起き上がる隙を与えず、マウントポジションを取って盾で殴り付ける。
「ぐっ、ううっ……」
「あはははははは! 無様な姿ね。最初の勢いはどこにいったのかしら? ま、所詮は大地の民。リージアのように、最後は神に負けるのよ!」
「ナマイキ、言うじゃない……見てなさい、すぐに抜け出して……ぐはっ!」
何とかして抜け出そうとするマデリーンだが、両腕を踏みつけられてしまっているため脱出することが出来ない。
必死にもがいていたその時、檻に囚われていたイザリーが目を覚ました。眼下にいる母を見やり、大声で叫ぶ。
「ママ、大丈夫!? 待ってて、すぐ助けに行くから!」
「あら、娘のお目覚めね。じゃあ、見せつけてあげましょうか。大好きなママが、無様に殺されるのをね! フンッ!」
「ああああ!」
メルーレは足に力を込め、マデリーンの両腕の骨を踏み折ってしまう。抵抗する手段を完全に封じた後、マウントポジションを解く。
髪を掴んで無理矢理身体を起こさせ、そのまま天高く飛び上がった。自分の左膝と盾の間にマデリーンの頭を挟み、固定しながら落下する。
「その目を見開き、よく見なさい小娘! あなたの大好きなママが、頭を砕かれて死んでいくのを! スカルエンド・クラッシュ!」
「がふっ……!」
「いやあああ! ママ、しっかりして! ママぁーーー!!!」
メルーレは着地するポイントに魔力を流し込み、頑丈な足場を確保する。そこに着地するのと同時に、盾を押し付けてマデリーンの頭蓋骨を砕いた。
骨の砕ける感触と、断末魔の叫びにメルーレは勝利を確信し笑う。ぴくりとも動かないマデリーンを放り投げ、檻の中で泣き叫ぶイザリーを見上げる。
「さあ、次はあなたよ。あなたを殺せば、バーウェイの血は絶える。私の復讐は、今日この日をもって完遂されるのよ!」
「……せないわ」
「ん? 何かしら。よく聞こえないのだけど」
「させないわ! そんなこと、絶対に! 私がママの仇を討ってやる! ここから出しなさい、メルーレ! 八つ裂きにしてやるわ!」
母を殺され、泣きながら怒り狂うイザリー。そんな彼女を見て、メルーレは高笑いをする。檻の中から出すつもりなど、微塵もない。
最初から檻ごと圧縮して殺し、因縁に決着をつけるつもりでいたのだ。早速実行しようと、手をかざしたその時。足首を、誰かに掴まれる。
「いやぁね、イザリーったら……ハア、ハア。アタシはまだ……死んでいないわよ。オカマの生命力、舐めるんじゃないわよメルーレ!」
「ママ!」
「嘘でしょ、確かに頭蓋骨を砕いたのに……ぐ、いたたたた!」
「お返しよ、この悪い足を握り砕いてやるわ! マッシヴクラッシュ!」
「あぐあああ! この……調子に乗るな! フォームチェンジ、貫撃の盾! スピナーシュルト・ドライブ!」
瀕死の状態でありながら、マデリーンは残った魔力を使い両腕を治癒する。万力のような力でメルーレの左足をへし折るも、槍のような形状になった盾で背中を貫かれた。
今度は攻撃を止められず、二度目の致命傷を食らってしまう。痛ましい母の姿を見て、イザリーは叫ぶ。
「ママ、もうやめて! それ以上戦ったら、ママが死んじゃう!」
「ええ、そうね……。でも、アタシが死んだとしても! イザリー、あなただけは救ってみせる! コリンちゃん、あなたが与えてくれた力をここで使うわ。星魂顕現・ヴァルゴ!」
「ぐっ、この力は! あの日と同じ……リージアが使った……」
最後の力を振り絞り、マデリーンは星の力を呼び覚ます。身体が白く輝き、力がみなぎっていく。切断された翼がよみがえり、大きく広げられる。
「さあ、これで終わりよ。死になさい、メルーレ!」
「ハッ! そうはさせ……」
「遅い! マッシヴアッパー!」
「がはっ!」
我に返ったメルーレは、盾を使ってトドメを刺そうとする。だが、マデリーンはそれよりも早くアッパーを叩き込んで、相手を空に舞い上げた。
その直後、四つの魔法陣が空に現れ、中から鎖が伸びてくる。計四本の鎖は、メルーレの手足に巻き付き身動きを完全に封じた。
「イザリー……これが、アタシの最後のショーよ。一世一代、最後の歌……しっかりと、聞いていってね」
「ママ……」
「やめなさい、マデリーン! くっ、このっ! こんな鎖さえなければ!」
「これで終わりよ! この戦いも、一族の因縁も! 処女星奥義……禍劇・鎖の王の悲劇!」
マデリーンは奥義の名を叫んだ後、ありったけの力を込めて熱唱する。救いを得んと力を求めたが故に破滅した、悲劇の王の歌を。
歌が進むにつれて、魔法陣の数がどんどん増えていく。さらに伸びてきた鎖が、丸い牢獄となってメルーレを覆い尽くす。
「嫌よ、嫌! またこの技で死ぬなんて、絶対に嫌ぁぁぁ!!」
「……さようなら、メルーレ。一足先に、地獄に落ちなさい。禍劇――終幕!」
「ぐ、ああああああああああああ!!!!」
歌が終わり、悲劇の幕が落ちたその瞬間。鎖の束がメルーレに巻き付き、勢いよく締め上げた。全身の骨を粉砕され、邪神の子は息絶える。
それと同時に、イザリーを閉じ込めていた檻が消え、マデリーンが力尽き倒れ込む。解放されたイザリーは、母の元へ駆け寄る。
「ママ! 大丈夫よ、すぐにコリンくんたちのところに連れていくわ。治療してもらえば、きっ――!? ママ、その姿……」
「なぁ……に? イザリー。そんな……嬉しそうな、顔をして」
「呪いが解けた……消えたのよ、ママ。これを見て、ママも元の姿に戻れたのよ!」
イザリーは懐からコンパクトミラーを取り出し、マデリーンに見せる。鏡に映っていたのは、屈強な大男ではなく……元の美女へと戻った、マデリーンの姿だった。
「あら……ふふ、嬉しいわ。最後の最後で……神様が……いや、違うわね。ご先祖様がご褒美をくださったんだわ。因縁に……決着を、つけたから……」
「そうよ、全部終わったの。だから……死なないで。私を、一人にしないで……」
少しずつ温もりが消えていく母の手を握り、イザリーは泣きじゃくる。そんな彼女の頬を優しく撫でながら、マデリーンは微笑む。
「大丈夫……あなたは、一人じゃない。星騎士や一座の仲間……それに、コリンちゃんが……いる。忘れ、ないで。アタシは……ずっと、見守ってるから。この世界で、一番大切な……アタシの、たった一人の愛しい娘……」
「ママ……おやすみなさい。私のこと、愛してくれて……あり、がとう……。うっ、ぐすっ、うわああああああん!!!」
愛する娘の腕の中で、満足そうに微笑みながらマデリーンは息を引き取った。別れと感謝の言葉を呟いた後、イザリーは号泣する。
呪いの紋様が消え去った喉を枯らし、ずっと。彼女の慟哭を聞いていたのは――雪原に吹く、一陣の風だけだった。




