178話―因縁の決戦! 艶眼神将メルーレ!
翌日、コリンたちは支度を整えノースエンドを出発してバラホリックシティへ向かう。ワープマーカーは使えないため、自力で南下しなければならない。
コリンもマデリーンも、道中で妨害があるものと思って準備をしていた。が、彼らの予想に反しダルクレア軍はおろか、洗脳された国民たちも現れなかった。
「むう……おかしい、あまりにもあっさりと進みすぎておる。ここまで何もしてこないとは」
「奇遇ねえ、コリンちゃん。アタシもそう思ってたとこよ。帝都の目と鼻の先まで来たのに、一向に攻撃してこないなんて不自然極まりないわ」
数日後、バラホリックシティのすぐ側まで到着したコリンたち。だが、警戒心が強まり攻撃を仕掛けられずにいた。
いくらでもチャンスがあったはずなのに、何もしてこないメルーレに全員が不気味さを覚えていたのだ。何かを企んでいるのか、それとも……。
「! マデリーン様、あれを! 街を囲む防壁の上に柱が伸びていってます!」
「何ですって――!? やだ、子どもがいるじゃないの!」
双眼鏡を覗き込み、街の様子を窺っていた男が突如叫び、マデリーンに別の双眼鏡を渡す。それを覗き込んだマデリーンは、大声で叫ぶ。
防壁から真っ直ぐ上に伸びた柱に、子どもたちがくくりつけられていた。首には縄がかけられ、柱から突き出た小さな足場に乗せられている。
「なんと酷いことを! 急いで助けに向かわねば……」
「グズグズしてはいられないわね。みんな、すぐにバラホリックシティに行くわよ!」
「ええ、いらっしゃい。ただし……あなたとその娘はダメよ!」
子どもたちを救出するため、即座に号令をかけるマデリーン。その時、空中に魔法陣が出現し、そこからメルーレが飛び出す。
全身を真っ赤なプロテクターで覆い、鷹の形をしたグライダーを駆りながら。突然の襲撃に対応が遅れた戦士たちの隙を突き、メルーレは急降下する。
素早くイザリーを捕まえ、そのまま帝都から遠く離れた雪原へと逃げていく。同時に、防壁の門が開かれ敵の軍勢が突撃してきた。
「イザリー! みんなは敵の相手をお願い、アタシはあのコを取り戻してくるわ!」
「なら、わしも……」
「あら、いいわよ私は。大砲に狙われた子どもたちを見殺しに出来るならね!」
イザリーを助け出しに行こうとするコリンに対し、一旦停止しながらメルーレは叫ぶ。防壁の上に大砲が出現し、子どもたちを狙う。
ダルクレア軍を突破し、子どもたちを救えるのはコリンだけ。一人の命か、十数人の命か。残酷で卑劣な二択を、メルーレはコリンにぶつける。
「卑怯なことを!」
「大丈夫よ、コリンちゃん。イザリーはアタシが助けて、あのコたちはコリンちゃんが助ける。そうすれば、何も問題はないわ。そうでしょ?」
「……分かった、ではそうしよう。武運を祈るぞよ、マデリーン殿!」
「ええ。みんなも気を付けてね。じゃあ……行ってくるわ!」
ダルクルア軍の相手と子どもたちの救出、コアの破壊をコリンたちに託し、マデリーンはメルーレを追い空を翔る。
それを確認したメルーレは、イザリーの首を絞めて気絶させる姿をマデリーンに見せつけた。ニヤリと笑った後、グライダーを駆り逃げていく。
「さあ、ここまで来なさい。早くしないと、大事な娘を先に殺してしまうわよ!」
「そうはさせなくてよ! 大事なイザリーを、あんたなんかに殺させるものですか!」
バラホリックシティから二百メートルほど離れ、追走劇の末にようやくマデリーンがメルーレに追い付いた。
マデリーンはグライダーにしっぽを叩き込んで機能不全にし、メルーレを墜落させつつイザリーを取り戻そうとする。
「イザリーを離しなさい、メルーレ!」
「おっと、危ない危ない。そんな攻撃、私には当たらないわ。でも……そうねぇ、遊んであげるのも一興かしら!」
攻撃をひらりと避けたメルーレは、半透明な丸い魔力の檻を作り出して空中に浮かべる。その中にイザリーを放り投げ、身軽になった。
「人質だなんて戦法は使わないわ。心の底から敗北感を味わわせてから殺さないと、私の気が晴れないものね。艶眼神将メルーレ、参る!」
「来なさい、メルーレ。ご先祖様が果たせなかった悲願を達成し……あんたにかけられた呪いから! 一族を解放させてもらうわ!」
「やれるものならやってみなさい! ハートレス・キャノン!」
メルーレは左目を紅く光らせつつ、両腕に装着したプロテクターを展開してキャノン砲へ変化させる。凝縮した魔力を弾にして、マデリーンへ放つ。
「あら、ノロい弾ね! そんなもの、アタシには当たらないわ! 歌魔法、勇者のマーチ! いくわよ、マッシヴパンチ!」
メルーレの攻撃を避けたマデリーンは、勇ましい歌を熱唱して自身の身体能力を高める。そして、目にも止まらぬ速度で飛翔し、メルーレを直接狙う。
グッと握り締めた拳を振りかぶり、メルーレの顔面に叩き込んだ。メキャッと骨がひしゃげる音が響き、砕けた歯が何本か、血と共に飛び散る。
「は、速い……! ぐっ!」
「あなた、昔その美貌をご先祖様と張り合ったんですってね? じゃあ、その自慢の顔をボッコボコにしてあげるわ! マッシヴパンチ・マシンガン! ウララララララララララララララァーーーーッッッ!!!」
あまりの速さに対応が遅れたメルーレの顔面に、マデリーンは容赦なく拳の雨を叩き込む。鍛え上げられた筋肉による、嵐のような殴打。
流石のメルーレも、ひとたまりもない……と思われたその時。マデリーンの背中に、鋭い痛みが走る。刃物で刺されたと気付いたのは、少し経ってからだった。
「な、に……?」
「残念ねぇ。魅了の力はあなたに通じないけど……ちょっとした幻覚を見せるくらいは余裕なのよ、私。何もない虚空を殴り続ける姿、滑稽だったわ」
プロテクターを展開する瞬間、メルーレは左目である【薄紅色の神魂玉】を使ってマデリーンに幻覚を見せていた。
兄であるゼディオのソレには劣るものの、マデリーンを騙すのには十分だったようだ。プロテクターを変形させて作ったナイフを捻り、致命傷を与えようとする。
「それじゃあ、さようなら! ……? ナイフが、捻れない!?」
「してやられちゃったわねぇ。でも、アタシを甘く見ない方がいいわよ? ……二十歳になったあの日からずっと! 身体を鍛えていたんだからね!」
「あぐっ!」
なんと、マデリーンは筋肉を絞めることでナイフを捻ることも抜くことも出来ないようにするという荒業で、致命傷を回避してみせたのだ。
まさかの方法に仰天するメルーレに、すかさず裏拳を叩き込む。今度は本物にクリーンヒットし、ダメージを与えることに成功した。
筋肉による締め付けを解くのと同時に、メルーレが雪原に墜落していく。今のうちにイザリーを助けようと、マデリーンは宙に浮かぶ檻に向かう。
「イザリー、今助けてあげるわ! こんな檻、叩き割って」
「そうはさせないわよ! イーグルグライダー、モードチェンジ! 斬翼の盾!」
「あぐうっ!」
雪原に落ちたメルーレは、乗っていたグライダーをラウンドシールドに変形させて投げつける。フチが鋭い刃物になっている盾は、マデリーンの左の翼を真ん中辺りから切断した。
「うう、いたた……。つ、翼が……これじゃもう、飛べないわね……」
「驚いた? 千年前に活躍した、ある英雄の使っていた技を私流にアレンジしたの。七百年前の戦いでも使ったのよ、この技を」
ブーメランのように戻ってきた盾をキャッチし、左腕に装着するメルーレ。ファイティングポーズを取って、墜落したマデリーンを挑発する。
マデリーンは治癒の魔法で傷口を塞いだ後、ゆっくりと立ち上がる。用を成さなくなった翼を折り畳み、同様にファイティングポーズを取った。
「面白いわね。じゃあ、いいことを教えてあげるわ。盾ってのはね、ブチ砕かれるためにあるのよ!」
「砕けるものなら砕いてみなさい。英雄を研究し尽くして生み出した、究極の盾格闘術……あなたにも味わわせてあげるわ!」
二人同時に走り出し、雪原のど真ん中で取っ組み合う。マデリーンはこれ以上斬られないよう、全身を薄く強靭な魔力の膜で多い尽くす。
対して、メルーレはその守りを突破するべく盾を振り回す。殴打と斬撃による攻撃と、盾本来の力を用いた防御。それらを巧みに使い分け、猛攻を加える。
「その首を切り落としてあげるわ、マデリーン!」
「なら、アタシはあんたの全身の骨をバッキバキにへし折ってあげるわ! 覚悟しなさい、メルーレ!」
銀雪の地平にて、因縁の戦いが幕を開けた。




