177話―マデリーンの想い
「何を言うのじゃ、マデリーン殿。いつも前向きなそなたらしくもないぞよ」
「ええ、そうね。でもね、人はいつか死ぬの。その時に備えて、準備をしなくちゃいけないのよ。コリンちゃんには、まだ分からないかもしれないけどね」
事実上の遺言とも取れる言葉に、コリンはそう答える。それに対し、マデリーンは寂しそうに笑いながら呟く。
「アタシはね、怖いの。イザリーがアタシと同じ……いいえ、アタシより悲惨な人生を送るのが。呪いのせいで、一生誰からも愛されないなんて……辛すぎるもの」
バーウェイの一族にかけられた、恐るべき呪い。メルーレを滅ぼさない限り、彼女たちはどれだけ世代を重ねても怯え続けなければならない。
生きる喜びの全てを奪い尽くす、凄惨な呪いに。そして、イザリーが餌食になるまでもう時間はほとんど残されていないのだ。
「アタシだけなら、どんな辛い目に合っても耐えられる。でもね、あのコは……イザリーだけは助けたい。例え、この命を失うことになっても」
「何を言う、そなたはまだ生き続けねばならぬ。そんな呪い、わしがまた薄めてくれよう。この身体に宿る神の力を使えば」
「それはダメよ。アタシの呪いは、イザリーのものより強力なの。下手に薄めようとすれば、コリンちゃんが死んじゃうわ」
呪いを薄めることを提案するコリンだが、マデリーンはそれを拒否する。イザリーの時でさえ、コリンは生死の境をさ迷った。
それを知っているからこそ、マデリーンはかたくなに拒否するのだ。それに、今はマリアベルがいる。彼女が絶対にさせないだろう。
「でもね、呪いが再発したおかげでいいこともあったわ。メルーレの能力からアタシを守る盾になってくれてるの。マヌケよね、自分のかけた呪いのせいで不倶戴天の敵をさらに厄介にしてるんだから」
「確かに、それに関してだけは結果オーライと言えるが……。マデリーン殿、一つ聞きたい。そなた、メルーレと刺し違えるつもりではあるまいな?」
決意に満ちたマデリーンの目を見ていたコリンは、そんな予感を抱き問い質す。すると、案の定……コリンが予期した答えが返ってくる。
「ええ。でも勘違いしないでね、コリンちゃん。あくまでも刺し違えるのは最後の手段。アタシだって、呪いが解けて長生き出来るならそうしたいわ」
「おお、そうであったか。いや、これまでの言葉から生きることを諦めておるのかと思ったが……取り越し苦労でよかった」
「ふふ、イザリーの花嫁姿を見るまでは死ぬに死にきれないもの。でも……万が一、ということもあるわ。その時は……イザリーを支えてあげて、コリンちゃん」
マデリーンはまだ、希望を捨ててはいない。だが、それとこれとは話が別。自分がいなくなった後のことを、誰かに託さなくてはならない。
望むと望まざるとに関わらず。それを理解したコリンは、力強く頷く。彼としてもマデリーンには死んでほしくないが……彼女の頼みを無下には出来ない。
「……分かった。もしそなたの身に何かあった時は、わしがイザリーを支えよう。この命尽きるその日まで」
「うふふ、ありがと。これで心置きなく実行に移せるわ。この四年、暖め続けた……メルーレ討伐作戦をね」
コリンの返事に安堵し、マデリーンにいつもの調子が戻ってきた。後の事を託したことで、憂いは全て無くなったようだ。
「メルーレ討伐、か。わしも全力でお手伝いさせてもらおうぞ! して、内容は?」
「ふふ、それは明日のお楽しみよん。今は……宴をたっぷり楽しんじゃいましょ! それっ!」
「ひゃあ! か、風が冷たいのじゃあああ!!」
マデリーンはコリンを肩車し、翼を広げて空へ飛び立つ。町の方へ向かう最中、寒風に晒されたコリンの悲鳴が夜空にこだましていた。
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「……やってくれたものね。ラングレッチ率いる部隊が全滅、おまけにバラホリックシティに潜んでたスパイを取り逃がすなんて」
「戦況は確実に、我々にとって不利な方向に傾いています。メルーレ様、ご兄妹に援助を頼んでみては?」
その頃、オルダートライン城ではメルーレが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。弟が派遣してきた協力者、グレーマンからの報告を聞いたのだ。
「無理ね、みんなそれぞれの役目を果たすのに忙しいもの。かといって、あの胡散臭い魔戒王に借りを作るのも……ねえ」
「しかし、このままでは確実に不利になります。バーウェイのスパイは、あなた様の秘密を無事持ち帰るでしょう。そうなれば……」
「ええ、対策を取られることになるでしょうね。でも、それが何? その対策ごと叩き潰せばいい。簡単な話よ、グレーマン」
ラングレッチの敗北、マデリーンが放ったスパイの捕縛の失敗。悪い出来事が重なり、メルーレは少しずつ追い詰められていた。
だが、そのことを自覚してなお自信を崩さない。むしろ、バーウェィ家との決着をつけるためのいい機会だと考えていた。
「明日にでも、奴らはここを目指して真っ直ぐ南下してくるわ。なら、私のすることは一つ。バーウェイの親子を本隊から引き離し、この手で殺すのよ」
「しかし、ギアトルクの子とその従者が易々とそれを許すかは……」
「それに関しては問題ないわ。そいつらには、私を追うよりも優先しなくちゃならないことが起こるもの。ふふふふふふ」
メルーレはメルーレで、何かしらの策を考えてあるようだ。グレーマンはやれやれとかぶりを振った後、玉座の間を去る。
「私はこれ以上の助力は出来ませんよ。我が主、オルドー様から帰還命令が出ましたので」
「問題ないわ。むしろ、長々と引き留めて悪かったわねグレーマン。あとは自分でやるわ、あなたはガルダ草原に帰りなさい」
「では、失礼致します。ご武運を、メルーレ様」
そう言い残し、グレーマンは粉雪となって窓の外に飛んでいった。それを見送った後、メルーレは星空を眺めながら呟く。
「……700年前と同じ轍は踏まない。覚悟しなさい、バーウェイ一族。この手で、血の一滴も残さず消し去ってあげるわ」
強い憎しみをたぎらせながら、メルーレは拳を握り締めた。決戦の時は、近い。
◇―――――――――――――――――――――◇
翌日の朝、祖国奪還連合のメンバーたちはマデリーンに呼ばれ要塞内の広場に集まる。その中には、コリンやマリアベル、イザリーの姿もあった。
全員が集まったところで、マデリーンがやって来る。その隣には、ドワーフの男が立っていた。
「みんなお待たせ。ついさっき、バラホリックシティに潜伏させていたスパイちゃんが戻ってきたわ。おかげで、敵の内情が全部丸分かりになったわよん」
「みんな、聞いてくれ。メルーレはオルダートライン城の地下に巨大なコアを隠してる。そのコアを使って、自分の魅了の力を国中に行き渡らせているんだ!」
「それを破壊しちゃえば、国中で操られてるコたちの洗脳が解けるはずよ。そこで! アタシが考えた作戦のお手伝いを、みんなにしてほしいの」
敵の状況を探るべく、マデリーンはスパイを潜り込ませていたのだ。幸いにも、こうして無事に情報を持ち帰ることに成功したからには決起しなければならない。
この四年で故郷を滅茶苦茶にされた恨みを晴らし、邪神の子を討伐するために。
「明日、ノースエンドを出発してバラホリックシティへ向かうわ。アタシが近付けば、メルーレは必ずこっちを狙ってくるはずよ」
「マデリーン殿がメルーレと戦っている間に、わしらがコアを破壊すればよいのじゃな?」
「そうよ、コリンちゃん。こんな絶好の機会、あいつが逃すはずないわ。アタシが囮になっている間に、みんなは帝都に侵入してコアを破壊するの。いい?」
「おおーーー!!」
マデリーンが提示した作戦に、戦士たちは同意し叫び声をあげる。決戦を前に、みな高揚していた。……ただ一人、イザリーを除いて。
「何かしら……とっても嫌な予感がするわ。何事も起こらなければいいんだけど……」
イザリーの呟きは、周囲の喧騒にかき消される。彼女の呟きを聞いた者は、一人もいなかった。




