176話―恐ろしき制裁
「やれるもんならやってみぃや! ワシの堅い甲羅で返り討ちにしたるわ! トータス・シェル・ロケット!」
「ふんっ!」
「あばあっ!」
甲羅に籠り、猛スピードで突進するラングレッチ。直後、マデリーンの放った怒りのパンチを食らって吹っ飛ばされる。
流石に殴られた衝撃までは無効化出来ないようで、早速返り討ちにされる形になった。遠くの方に吹き飛び、雪の中に埋もれる。
「さぁて、一暴れしてくるわ。コリンちゃんたちは他のコたちをお願いね、すぐ戻るわん」
「う、うむ。武運を祈るぞよ」
「ありがとねん。じゃ、行ってくるわ」
パキポキ拳を鳴らし、マデリーンは翼を広げ飛翔する。跳んでいったラングレッチを追いかけ、徹底的に叩き潰すつもりだ。
「うぐぐ……あのオカマ、なんちゅうパワーしとるんや。こんな遠くまで吹っ飛ばされてもうたで……」
「どうかしら、アタシのパンチ。強烈な味だったで……しょ!」
「うおっ、あぶな!」
数十メートルほど吹っ飛ばされたラングレッチは、のそのそ起き上がり悪態をつく。そこへ、追撃をかましに来たマデリーンが追い付いた。
勢いよく急降下し、ドロップキックを炸裂させる。が、あとちょっとのところでラングレッチに避けられてしまい、距離を取られる。
「よくもやってくれたな! 今度はワシの番や、あの巨人みたいに吹き飛ばしてやる! トータス・キル・シェル!」
「あら、吸い寄せるつもり? いいわ、やってみなさい。あんたとアタシ、どっちが勝つか耐久合戦よ!」
またしても甲羅に頭と手足を収納し、ふわりと浮かび上がるラングレッチ。その場で回転を始め、ゴリアテにやったようにマデリーンを引き寄せる。
それに対し、マデリーンは両足を雪に突っ込んでストッパーにした。さらに、翼を羽ばたかせて抵抗し、吸引をしぶとく耐える。
「ぬうううううう!」
「ふぬぁあああああ!」
男とオカマの意地がぶつかり合い、ついでに竜巻も生まれる。雪が巻き上げられ、二人の姿を完全に覆い隠してしまっていた。
「ねぇ、コリンくん。ママ、勝てるかな?」
「勝てるとも。そなたのママ上は……パワフルじゃからな、いろいろと」
「んだ。オデもそう思う」
竜巻に呑まれたマデリーンの行方を案じるイザリーに、コリンとゴリアテがそう答える。少しの間考え込み、イザリーも結論を出した。
まず負けることはないだろうな、と。結果、彼らの予想は当たることとなる。竜巻の中から、ラングレッチの悲鳴が聞こえてきたのだ。
「あああああああああああああああ!!!!」
「おっほっほっほっ! どうかしら、【ピー】を握られながらジャイアントスイングされる気分は!」
「うがごが#℃¢★*″☆¢#◎◇@★♂!!!」
竜巻の中で何があったのは定かではないが、マデリーンはラングレッチの【ピー】を鷲掴みにすることに成功したようだ。
万力のような力を込めて男の急所を握り締め、その状態でブン回している。ラングレッチは人の言葉すら話せないほど、悲惨な状態に追い込まれていた。
「ひえ……」
「マデリーン様……恐ろしいことをしなさるだ……」
「? ????」
「……合掌ですね、敵ながら」
遠くにいるためよく見えないが、悲鳴を聞いたコリンとゴリアテ、マリアベルは悟る。マデリーンがどんな攻撃をしているのかを。
一方、イザリーの方はまるで分かっておらず、ひたすら首を傾げていた。知らないということが何と幸せだろうかと、コリンは内心思う。
「さぁて、そろそろお仕置きしちゃいましょ。覚悟はいい? ……トぶわよ」
「ま、待ちぃや! あんたまさか……嘘やろ、なぁ!? それだけはカンニンしとくれ!」
「ダメよん。潔く、男として死になさい。ゴールド・クラッシュ!」
「お゛っ゛」
一切の情け容赦なく、マデリーンは甲羅の中に突っ込んでいた手に力を込める。なにかが潰れる感触が、手に伝わってきた。
なんともいえない断末魔の声をあげ、ラングレッチの目から光が消えた。竜巻の勢いが少しずつ弱まっていき、やがて……。
「マデリーン様が出てきたぞ!」
「勝った……のはいいけど、何と言うかこう……肝が冷えたな……」
力が抜けたラングレッチを掴んだまま、雪原を歩いてくるマデリーン。その貫禄のある姿と、ラングレッチの末路が重なり戦士たちは素直に勝利を喜べない。
いくら敵とはいえ、男としてもっとも嫌な攻撃を食らって再起不能になったのを見せつけられたのだから仕方ないことではあるが。
「ただいま。終わったわよん、コリンちゃん」
「う、うむ。無傷で済んでよかったのう、マデリーン殿……」
「やあねぇ、そんな身構えなくても大丈夫よ。コリンちゃんには何もしないから」
無意識に股間を手で守りながら、コリンはマデリーンを出迎える。泡を吹きながら痙攣しているラングレッチを放り捨て、マデリーンは笑う。
「……お坊っちゃま。抜きますか? 記憶」
「いや、やめておこう。恐らく、頭の中がぐちゃぐちゃになっておるじゃろうよ。見るだけムダじゃ」
もはや人の言葉ですらない、怪しい呟きを漏らすだけの存在になったラングレッチを見下ろしながら、コリンとマリアベルは相談をする。
結果、直前の制裁によって記憶がパァになったと判断し、そのまま処すことを決めた。というより、同じ男としてさっさと楽にしてやりたいと憐れみの感情が生まれていた。
「まあ、あれじゃ。己の迂闊な発言を呪うがよい。そなたは調子に乗りすぎたのじゃ……ディザスター・ランス!」
「ぐげっふ!」
コリンは甲羅からはみ出た頭に向かって闇の槍を放ち、ラングレッチの息の根を止めた。生まれて初めての介錯に、複雑な表情だ。
「コリンくん、大丈夫?」
「なに、問題はない。あの悲鳴が耳から離れないだけじゃ……」
「それは困りますね。では、今夜はわたくしがお坊っちゃまに愛を囁きましょう。それで上書きして差し上げます」
「ズルい! じゃあ私もやる!」
「ダメです」
「うがー!」
ラングレッチの末路がかなりのトラウマになったらしく、コリンは顔を青くしていた。そんな主を後ろから抱き締め、マリアベルが囁く。
イザリーも加わろうとするが、即座に却下されムキになって暴れまわる。その様子を、ゴリアテと共に見ていたマデリーンだったが……。
「おっ、と……」
「マデリーン様! 大丈夫でがすか?」
「ええ、平気よゴリアテちゃん。さ、みんなに伝令を出しましょ。長城の中に帰ろうってね」
「かしこまりましただ。でも、無理はしねぇでくだせえよ」
「分かってるわ、ありがとね」
疲れが出たのか、マデリーンはバランスを崩れて倒れそうになる。ゴリアテが支えたおかげで転倒は免れたが、額に大量の脂汗をかいていた。
帰還命令を下して引き上げる中、マデリーンは自分の喉を撫でる。そして、小さな声で呟く。
「……そろそろ、かしらね。アタシの限界が来るのも……」
「マデリーン様? 何か言いました?」
「何でもないわ、ゴリアテちゃん。さ、帰ったらパーッと勝利をお祝いしましょ!」
ゴリアテの質問をはぐらかし、マデリーンは雪原を進むのだった。
◇―――――――――――――――――――――◇
その日の夜、コリンはマデリーンに誘われ長城の上の連絡通路に足を運んだ。銀色の雪原を月明かりが照らす幻想的な風景に、コリンは目を奪われる。
「いい景色じゃのう。こんな時世でなければ、月見で盛り上がったろうに」
「あ、いたいた。悪いわねぇ、宴もたけなわってところで呼んじゃって。さ、こっちに来てコリンちゃん」
「うむ、今いくぞよ」
パーティーを途中で抜け出し、二人は通路の上で向かい合い座る。僅かに吹く冷たい夜風が、身体の火照りを鎮めていく。
そんな中、マデリーンはコリンも予測していなかった衝撃的な一言を口にする。その内容は……。
「コリンちゃん。アタシね、実は……もう、長くないの。あと一年も経たずに死ぬわ」
「!? な、何を言い出すのじゃ突然! 冗談にしてはタチが悪いぞよ、マデリーン殿」
「冗談じゃないわ。見て、これを」
そう言うと、マデリーンは上を向いて自分の喉をコリンに見せる。彼女の喉には――イザリーのソレよりもさらに禍々しい、呪いの紋様が浮かんでいた。
「マデリーン殿、それは……?」
「メルーレが復活したせいで、アタシにも呪いの力が波及したのよ。今度は、命を吸い取る極悪なやつをかけてきたわ」
「もしや、四年前の時点ですでに?」
「ええ。メルーレの復活と同時にね。解呪師には、長くても五年で死ぬって言われたわ」
「その事、イザリーには……?」
「……伝えられるわけ、ないじゃない。ただでさえ、自分の呪いで苦しんでるのに。さらに心配を増やすわけにはいかないわ」
そう言った後、マデリーンは顎を下ろしコリンを見つめる。力強く、真っ直ぐに。そして……彼に、すがるように声をかけた。
「ねえ、コリンちゃん。あなたに頼みたいの。アタシが死んだ後……イザリーのことを、ね」
その声に、いつものような覇気はなかった。




