18話―その怒りは誰がために
「あらあら、凄いのが出てきたわ~」
「ふむ、どうやらヴァスラ教団の魔導技術はかなりのものがあるようじゃの。これだけ大きなヒュドラ型ゴーレムを造り出すとは、敵ながらやりおるわい」
地響きと共に近寄って来るメタルヒュドラを見上げながら、コリンとカトリーヌはそれぞれの感想を口にする。
七つの頭を持つ鋼鉄の竜は、合計十四ある瞳で二人を睨み付ける。開かれた口からは、熱い水蒸気が漏れ出ていた。
「む? カトリーヌよ、あれを。胸の部分におるのは……ロナルドではないか?」
「あら、本当ね~。あんなところで何をしているのかしら~。まあ、見つけられたから問題ないけれど~」
メタルヒュドラを隅々まで観察していたコリンは、相手の胸部を見てカトリーヌに声をかける。竜の胸部は、半透明のガラスのようなもので覆われていた。
その中に、手足を根本から切断されたロナルドが収容されていたのだ。切断面にパイプらしきモノが接続されており、時おり発光している。
『グ……フフ、クハハハハ!! よく来たなァ、カァァァトォォォリィィィヌゥゥゥゥゥ!!! どうだ、この私の姿は! 強そうだろう、恐ろしそうだろう!』
「あら、まだ喋れるだけの元気があるのね~。なら、もう二度と不愉快な声を出せないように叩き壊してあげないといけないわね~」
『フン、強がりを! そのいけ好かない微笑みを、絶望の表情に変えてくれるわ!』
生体ユニット化したことで気が大きくなっているようで、ロナルドはカトリーヌを挑発しながら攻撃を行う。
七つある首のうち、一つをカトリーヌに向けて突撃させる。大口を開け、口内に格納された三枚の丸ノコでズタズタに切り裂くつもりだ。
『死ィィィねぇぇぇ!! カトリーヌゥゥゥゥゥ!』
「のう、おぬし。誰か忘れとりゃせんかのう? カトリーヌばかりに構っておると、足元を掬われるぞよ? ディザスター・ランス!」
『なぁっ!? く、首がぁっ!』
一息にカトリーヌを仕留めるつもりでいたロナルドだったが、すっかりコリンの存在を失念していたらしい。攻撃を仕掛けていた首が、闇の槍で消し飛んだ。
『ぐっ、だが! 首はいくらでも再生するぞ、私の魔力が尽きぬ限りなァ! お前たちはなァ、ゾーキンを絞るように! じわじわいたぶられて死ぬんだよォォォォォバハハハハハァ!!』
「だそうじゃ、カトリーヌ。そなた、どう思う?」
「そうねぇ~、そんな未来は永遠に来ませんよ~ってことを教えてあげないといけないわねぇ~」
「うむ、まさにその通り。さあ……ハンスたちの仇、今こそ討つとしようぞ!」
そう口にすると、コリンの額にギアトルクの大星痕が浮かび上がる。身体に収まりきらなかった闇の魔力が溢れ、黒いオーラとなってコリンを包み込む。
「カトリーヌ、あの首はわしが相手をする。そなたはコアをブチ破って、ロナルドを引きずり出してやるとよい」
「ええ、そうするわ~。……行きましょう、コリンくん。命をもって、ロナルドに償いをさせてあげないとね」
『今度は一斉攻撃だ! 死ねぇぇぇぇぇ、スカタン共がァァァァァ!!!』
七つの首が上を向き、耳をつんざく叫び声を一斉にあげる。それを合図に、決戦の火蓋が切って落とされた。
メタルヒュドラの頭部が地上を向き、コリンたちをロックオンする。口の中に炎の玉が生成され、雨あられと放たれた。
『黒こげになれッ! ファイアボール・レイン!』
「ふん、雨じゃと? なれば、わしとおぬし、どちらの雨がより優れているか試そうではないか。ディザスター・ランス【雨】!」
降り注ぐ火球の雨に対抗するべく、コリンも闇の槍を大量に呼び出して撃ち出す。炎と闇の魔力がぶつかり合い、次々に相殺されていく。
「今のうちに、脚を砕かせてもらうわ~。そぉれ、フローズン・フィールド! からの~、スケートブレード・レッグ!」
カトリーヌはハンマーで床を叩き、一瞬で全域を凍結させる。その後、自身の足の裏に氷のブレードを作り出し、凍った床を滑走していく。
『ぬぅぅ、こっちに来るか! だがァッ、その程度は予想済み! 死ねッ、アシッドブレス!』
「危ない、避けよカトリーヌ!」
「問題ないわ~。アイスボール・ショット! かっき~ん!」
コリンと撃ち合いをしていた首の一つが攻撃を止め、カトリーヌに狙いを定める。火球が消え、今度は口の中で猛毒のガスが生成され始めた。
それを見たコリンが警告すると、カトリーヌは左手に持っていた盾を楕円形のボールに変化させた。ぽいっと上に投げた後、ハンマーを振り抜き敵の方へ吹っ飛ばしてみせる。
『んなっ……ごあっ!?』
「頭ごと凍結させたわ~。これでしばらくは攻撃出来ないはずよ~。さあ、覚悟しなさ~い? バハクインパクト!」
『うごぁっ! あ、脚が! おのれェ~、よくもやってくれたな! ……なぁーんてな! これでも食らえェェェ!!』
「カトリーヌ、危ない!」
「きゃあっ!」
カトリーヌはメタルヒュドラの脚に接近し、一撃で破壊してみせた。が、大破した脚の中から針のように先端が尖った触手が現れる。
ハンマーを振り抜いて回避が出来ないカトリーヌを貫かんと襲いかかるも、コリンが伸ばした闇のロープによって引き寄せられ、間一髪で助かった。が……。
『バァカめ、攻撃を止めたな! 消し炭にしてくれるわァァァ!!』
「ぬっ、むううう!!」
「コリンくん!」
『ヒャハハハハ!! バカなガキだ、カトリーヌを見捨てていれば死なずに済んだのになァ!!』
闇のロープを投げるために攻撃を中断した隙を突いて、ロナルドが集中砲火をコリンに浴びせる。着弾地点に巨大な火柱があがり、コリンはその中に消えた。
「そんな……わたしの、せいで……」
『今の気分はどうだァ、カトリーヌゥゥゥゥゥ? また一人、お前を守ろうとして死んだなァ? えェ? 無様極まりねェな、ハッハハハ』
「高笑いしておるところ悪いがら誰が死んだのじゃ? ロナルドさんや」
『……ハ? な、き、貴様!? 何故だ、何故生きている!? というか、いつの間に頭の上にィ!?』
炎に焼かれ絶命した……と思われたコリンだったが、普通に生きていた。着ていたマントは燃えてしまったが、本人は至って元気である。
いつの間にかメタルヒュドラの頭の上に移動し、腕組みして仁王立ちしている。予想外のことに、出かけていたカトリーヌの涙も引っ込んでしまった。
「ふん、あれしきのヌルい炎で死にゃせんわい。昔、わしが故郷で修行していた時には、もっと熱い炎で焼かれておったからのう」
『ぐぬぬぬぬ……! ならば、もう一度』
「させぬ! ディザスター・バインド!」
今度こそ仕留めんと、凍結して機能不全に陥っている頭部を除いた残り六つの首をコリンに向けるロナルド。
が、コリンは即座に両手から闇のロープを大量に放ちメタルヒュドラの首を絡め取った。その様は、まさにクモの巣にかかった獲物の如し。
『グッ、クソッ! 放せ、放しやがれェェェ!!』
「そうはいかぬな、全身まるごと絡め取ってくれる。さあ、カトリーヌよ! 今のうちにコアをブチ破るのじゃ!」
「! ええ、任せて! てやあ~っ!」
体内に仕込まれた触手による妨害を阻止するため、コリンはロープを伸ばしメタルヒュドラの全身を覆い尽くす。
我に返ったカトリーヌは、コリンの声に従い滑走する。狙うのは、ロナルドが格納されている胸部のコアだ。
『や、やめろ! 来るな、来るんじゃあないッ!』
「ロナルド、今こそ思い知りなさい。あなたに裏切られた、わたしたちの悲しみを。そして……自己犠牲の果てに命を落とした、ハンスたちの怒りを!」
メタルヒュドラの足元に到達したカトリーヌは、全身に力を込めて跳躍する。胸に刻まれたウィンターの大星痕が、彼女の怒りに呼応して鮮やかな青色の輝きを放つ。
「バハクインパクト!」
『げえっ……ぐあああああああ!! ……がっぱぁっ!』
カトリーヌは水平にハンマーを振り抜き、胸部のバリアを破壊しつつ内部にいるロナルドへ直接攻撃を叩き込む。
オーガの膂力に大星痕の加護が加わった一撃を耐えきることは出来ず、ロナルドは断末魔の叫びを残し潰れ死んだ。
「あの世で、ハンスたちに許しを乞いなさい。もっとも、許してはもらえないでしょうけれどもね」
崩れ落ちていくメタルヒュドラの身体を蹴り、カトリーヌは後ろへ跳躍する。着地と同時に、彼女はそう呟いた。
戦いの果てに、無事二人はハンスたちの仇討ちを果たしたのだった。




