174話―最果ての戦い
マデリーンが応接室を出てから数分後、バタバタと慌ただしい足音が近付いてくる。その直後、勢いよく扉が開きイザリーが飛び込んできた。
「コリンくん! ああ、本当に……本物のコリンくんだ……。生きててくれて、ありがとう……本当に、よかった……」
「済まなかったのう、イザリー。心配をかけた。じゃが、これからはもう安心じゃ。わしが来たからには、そなたの呪いも必ず何とかするでな」
コリンに抱き着き、涙を見せるイザリー。彼女の喉には、元の状態よりさらに濃くなった呪いの紋様が浮かんでいる。
優しくイザリーの身体を抱き締め返し、コリンはそうささやく。マデリーンも戻り、いざ作戦会議……と洒落込もうとしたその時。
「マデリーン様、大変です! 南からドワーフの部隊が接近しています!」
「あら、イヤなタイミングで来てくれるじゃない。いいわ、なら返り討ちよ。コリンちゃん、悪いんだけど力を貸してくれるかしら」
「もちろんじゃとも。そなたらを苦しめる悪逆の徒たちを、叩きのめしてくれる!」
全てを見ているかのような、絶妙なタイミングでの襲撃。コリンはニヤリと笑った後、イザリーから離れ立ち上がる。
額に【ギアトルクの大星痕】を浮かび上がらせ、マリアベルを連れて窓の方へ歩いていく。窓を開け、身を乗り出し……跳んだ。
「行くぞ、マリアベル! この国の民を苦しめる愚か者に鉄鎚を下すのじゃ!」
「かしこまりました。このマリアベル、どこまでもお坊っちゃまにお供しましょう!」
落下しながら、マリアベルはコリンの手を取り自分の元へ引き寄せる。着地と同時にお姫様抱っこし、氷山長城の方へ走っていく。
応接室からその様子を見ていたマデリーンも、出撃の準備を行う。いつもは、彼女一人が戦闘に出るのだが……この日は違った。
「さて、それじゃあアタシも準備を」
「待って、ママ。今日は……私も行くわ。私は、変わらなくちゃいけない。いつまでも呪いに怯えて、閉じ籠ってるわけにはいかないわ。そんなことしてたら……ずっと頑張ってるコリンくんに、そっぽ向かれちゃうもの」
「ふふ、そう。よく言ったわイザリー。それでこそアタシの子よ。おじいちゃん、リーズ。悪いけど、いつも通りお留守番をお願いね」
「はい、いってらっしゃい。僕たちの分まで、頑張ってください!」
四年前から変わることなく、運命に挑み続けるコリンの姿を見てイザリーは決意した。自分も、呪われた運命に立ち向かうことを。
娘の決意を聞いたマデリーンは嬉しそうに破顔し、共に翼を広げ窓から飛び立つ。ダールムーアとリーズが見守る中、親子はコリンを追う。
「さて、広場に着いたのう。すでにみな集まっておるな」
「お、来てくれたんかお二人さん。こりゃありがたいや、戦力は多いほどいいからな」
「うむ、わしらも力を貸すぞよゴリアテ殿。星騎士の力、見せつけてやるわい」
長城の正門の前にある広場には、すでにマデリーン傘下の戦士たちが集結していた。祖国奪還の志の元に、種族の垣根を越えて。
その中にゴリアテを見つけ、コリンはマリアベルの腕から降りて歩いていく。話をしていると、偵察に出ていた三人の竜人が帰ってきた。
「報告! 敵の総数は四百ほど! 後方にいる者たちは、組み立て式の雪上投石機を携帯しています!」
「偵察ご苦労様。敵将ちゃんがどこの誰かは分かるかしら?」
「はい、マデリーン様。敵軍を率いているのは、ラングレッチ将軍です」
「ラングレッチ……ビア政権の生き残りね。ちょうどいいわ、四年前の雪辱を晴らしてやりましょ、みんな!」
「おおおおーーーー!!」
マデリーンが広場に飛来し、部下の報告を聞く。今回の敵は、因縁のある相手のようだ。祖国奪還連合の戦士たちの闘志が、グングン沸き上がる。
「もーママったら速いわよー! 置いてっちゃうなんてひどいじゃない!」
「イザリー? そなたも来たのか。しかし、大丈夫かえ? そなた、戦えるのかのう」
「大丈夫よ、コリンくん。私だって星騎士の端くれ、見よう見まねで頑張るわ!」
「……マリアベル、もしもの時はフォローを頼むぞよ」
「かしこまりました」
自信満々なイザリーを見て、コリンは急速に不安になる。四年前、一度たりとてイザリーが戦うところを見ていないのだ。
こっそりとマリアベルに耳打ちし、万が一の事態に備えて目を光らせてくれるよう頼み込む。とてもではないが、危なっかしくて一人にしておけないのだ。
「みんな、今日も見せてあげなさい! アタシたちの団結力を! 熱く燃え上がる闘志を! 今回はコリンちゃんも着いてるわ、アタシたちに負けはないわ!」
「おおおおお!!」
「そうだそうだ! 俺たちは勝つんだ! あんな腐れ女神なんかに祖国を蹂躙され続けるなんてもうゴメンだ!」
マデリーンの言葉に、戦士たちは拳を振り上げる。いつか必ず、平和を取り戻す。そのためにはまず、目の前の敵を倒さねばならない。
「まずは長城から矢や大砲で狙撃して、敵の戦力を減らすわよ。ある程度数が減ったら……」
「ちょーっと待つのじゃ、マデリーン殿。わしに先鋒を任せてはもらえぬかのう? キツーいのを一発、敵らに叩き込んでやるでな」
「そうねぇ……いいわ。コリンちゃんの一発を見れば、みんなヤる気がもりもり湧いてくるだろうしね。期待してるわよ、コリンちゃん!」
広場に降りて作戦を伝えるマデリーンを制止し、コリンはニヤリと笑いながらそう口にする。少し考えた後、ニヤニヤしながら頷いた。
士気向上と敵の先発隊壊滅を兼ねて、トップバッターをコリンに任せることにしたのだ。異論を唱える者は、誰一人としていない。
「では、準備をしてこよう。みな、楽しみにしておるとよい。ドデカい一発をかましてやるわ!」
こうして、ノースエンド防衛の戦いが始まった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「ラングレッチ将軍、見えてきました。あれがマデリーンの築いた氷山長城です」
「フン、えらいケッタイなもんやな。ま、あんなもんすぐに粉砕したるわい」
陽光に照らされる雪原を、犬ソリに乗った騎士たちが縦断していた。メルーレのしもべ、エゼルグ・ラングレッチ率いる討伐部隊だ。
ノースエンド攻略に向けて、メルーレの命を受けて攻撃にやって来たのだ。ラングレッチは一際豪華なソリに座し、双眼鏡を覗く。
「ワシはここで待っとるわ。先発隊、長城を攻撃してきぃや。連中の目を引き付けとる間に、投石機を組み立てとくさかいな」
「ハッ、かしこまりました!」
ラングレッチの命令を受け、数十人の騎士たちが犬ソリを使い長城へ向かう。コリンの仕掛けた罠が待ち構えているとも知らずに。
「連中の攻撃がギリギリ当たらない距離を見つけて、そこから攻撃しろ。そうすれば、被害は最小限におらえ」
『られぬのじゃなー、これが。ようこそ、侵略者の諸君。出会ったばかりで悪いが、ここで死ぬがよい!』
「なんだ、この声――!? な、なんだ!? ソリが沈むぞ!」
長城を目指して雪原を滑走していたその時、どこからともなくコリンの声が響く。その直後、雪原がうねりソリが沈みはじめる。
「クソッ、罠を仕掛けてやがったのか!」
『安心せい、わんこたちは無傷で吐き出すでな。ただし、お前たちは骨すら残さん! ディザスター・スライム【人食い鮫】!』
「うわあああっ! こ、今度は上にぃっ!?」
雪に擬態させていた闇のスライムを操り、コリンは巨大な鮫へと変える。大きな口を開け、全ての犬ソリを丸呑みしてしまった。
しばらく咀嚼した後、宣言通りソリを引いていた犬だけが無傷で吐き出される。ソリや騎士たちは、美味しく鮫スライムに食べられた。
「ふっふっふっ、これで敵の数も減ったわ。さあ、どんどん来るがよい。全員返り討ちにしてやるからのう!」
氷山長城の上の通路から南の雪原を眺めつつ、コリンはそう呟いた。




