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173話―悲劇が満ちる国

「わしもいろいろ、この国に起きたことを聞きたいと思うておった。マデリーン殿、一体何があったのじゃ?」


「それに関しては、俺からも話そう。その方が分かりやすいだろうからな」


 マデリーンから話を聞こうとしたその時、応接室の扉が開く。入ってきたのは、車椅子に乗ったダールムーアと、介護をしている竜人の少年だ。


 しわが増え、身体も細くなっていたが……かつての力強い目の輝きは失われていない。皇帝が生きていたことを知り、コリンは喜ぶ。


「ダールムーア陛下! 生きておられたのじゃな!」


「陛下と呼ぶ必要はもうないぜ、コリン。俺ァもう、皇帝でも何でもねぇ。ただの愚かな老人よ」


「あらっ、こんなにまともに話せるようになるなんてかなり回復したじゃない! どうしちゃったの? おじいちゃんったら」


 自嘲するダールムーアを見て、マデリーンは仰天する。彼女の言葉に、車椅子を押していた、青い鱗と翼を持つ竜人の少年が答えた。


「町を散策している時に、コーネリアス様が来たという話を聞いた途端元気になりまして。……あ、まだ僕の名を名乗っていませんでしたね。僕はリーズ。選帝侯爵家の一つ、プリンダルク家の当主です」


「プリンだんご? 何だか美味しそうな名前じゃのう」


「違います! プリンダルクです! プリンしか合ってないじゃないですか、もう!」


 久しぶりにボケたコリンに、竜人の少年……リーズは地団駄を踏みながら訂正を行う。その様子を見て、ダールムアーアは大笑いしていた。


「はっははは! うんうん、子どもは元気にしてるのが一番だ! にしても、よく来てくれたなコリン! おかげで、俺のボケもすっかり治ったぜ」


「もしや、痴呆を患われていたのですか?」


「ああ、まあな……この四年、いろいろあって老け込んじまったからよ。すっかり頭がな……」


 子ども二人が戯れている間、マリアベルはダールムーアに質問する。頷いた後、マデリーンの方へチラッと視線を向けた。


「そうねぇ。この四年、いろんなことがあったから。おじいちゃんが帝位を取られて、種族間の対立が復活して、クーデターが起きて……」


「ああ。邪神のガキの仲間たちが余計なことをしたせいで、ご先祖様たちの偉業が全部パァだ。いい奴から、どんどん死んじまった……」


「……本当に、たくさんのことがあったのじゃな。わしが助力出来ていれば……」


 おふざけモードから真面目モードになり、コリンは神妙な顔つきになる。寂しそうな表情をしているマデリーンたちを見て、何があったか大体察したのだ。


 そんなコリンを見て、マデリーンとダールムーアは首を横に振る。コリンは悪くないのだと、言外に目で語っていた。


「気にすんな、人生何でも思い通りにいくわけじゃねえ。とんでもない向かい風にブチ当たることもあらぁな」


「そうですよ、あなたが悪いのではありません。悪いのは、メルーレとその仲間たちです。あいつらのせいで……選帝侯爵家は、僕の家を除いて断絶してしまいました……。父も母も、処刑されて……」


「モリアンとマーゼットもなぁ。俺とリーズを逃がすために囮になって……。俺ぁよ、あいつらを自分の子どもみてぇに可愛がってたんだぜ……」


 他の国に住む者たちのように、彼らもまた大切な人たちを失ってしまったのだ。唯一沈黙していたマデリーンも、態度で語っていた。


 一座の仲間を、何人かこの動乱で失ったのだ。亡くなった者たちを想い、コリンは悔しそうに拳を握り締める。そんな彼に、マリアベルが寄り添う。


「そこまで酷いことになっていたとは。一体、何があったのじゃ?」


「事の始まりは四年前……まあ、正確には三年と五ヶ月前か。新任の大臣が頭角を現したところから、全部狂っていったんだ」


「その大臣……ビアというドワーフの男は、表では善良で器量のいい政務官を装い、裏では陛下の失脚を画策していたのです。気付けば、無実の罪をでっちあげられた陛下への不信任案が決議されていました」


 コリンの問いに、ダールムーアとリーズが答える。宮廷でのメルーレ一味の暗躍によって、皇帝の座を奪われたところから……悲劇が始まったのだ。


「ビアは俺を退位させた後、自分が皇帝になった。その後はまぁひでぇもんだったよ。竜人への差別を公的に認める法律を作るわ、特別収容所を作ってドワーフ以外の種族を隔離するわ……やりたい放題やりやがった」


「結果、迫害を受けた竜人たちに要請され、父を旗頭に武装蜂起が起きたのですが……。こちらの陣営にも、メルーレの部下が紛れ込んでいたのです」


「随分と手回しの良いものですね、そのメルーレというのは。お坊っちゃま、今回は油断のならない敵が相手のようです」


「うむ、用意周到さはゼディオやデオノーラ以上じゃな。警戒せねばなるまい」


 二人の話を聞き、コリンとマリアベルは予想以上に狡猾で悪辣なメルーレに警戒心を抱く。そんな二人を、マデリーンは黙って見つめている。


 ダールムーアたちは、さらに話を続ける。グレイ=ノーザスに起こったおぞましい出来事を、コリンたちに語って聞かせた。


「父は最初、ビアとその取り巻きたちを生け捕りにするつもりでした。しかし、邪神の子の息がかかっていたと思わしき者が命令に背き……彼らを殺しました」


「そしたらまぁ、ドワーフ側に生まれちまったわけよ。竜人たちに戦争を吹っ掛ける大義名分がな。その後はひでぇモンだったよ」


「僕の家を含めた、選帝侯爵家を狙ったテロが相次ぎ、メルーレの部下が行った数々の策謀によって選帝侯はみな失脚させられ……最後には、無実の罪を被せられ、民衆たちの手で殺されました」


 予想以上の惨劇に、コリンとマリアベルは何も言えなくなってしまう。こうした陰謀の果てに、ロッカとミュルが味わった地獄が生まれたのだ。


 ダールムーアたちが話し終えた後、今度はマデリーンが口を開く。彼女たちバーウェイ一座もまた、苦労していたようだ。


「アタシたちもね、いろいろあったわ。暴徒たちに襲われて、一座のコたちが何人も死んだ。種族の垣根を越えて仲良くしているからって、そんな理由で襲われたのよ。あんまりにも……理不尽過ぎるわ!」


 怒りに駆られ、マデリーンは拳を机に叩き込む。真っ二つに机が割れ、ティーカップが音を立てて床に落っこちる。


 その音で我に返ったマデリーンは、照れ笑いをしながら片付けを行う。


「……ハッ。あらやだ、ごめんなさいね。アタシとしたことが、ついね」


「メルーレめ……やりたい放題やりおって。実はのう、ここに来る途中でな……」


 メルーレ一味の所業に心に中で怒りを燃やしつつ、コリンは語って聞かせる。収容地区から逃げてきた、ロッカとミュルを保護したことを。


 幼い姉弟が受けた惨たらしい仕打ちと、メルーレに洗脳された竜人たち。彼らを救いたいと、心から決意したことを、全て話した。


「今この国には、マトモな思考が出来る奴ァほとんどいねえ。みーんな、邪神の子に魅了されて操られちまってる」


「どうにかしてこの状況を打破しなければ、これからも生まれてしまいます。コーネリアス様が助けた、ドワーフの姉弟のような悲劇が」


「わしとしては、そんなことは決して許せぬ。しかしのう、無策で敵に挑んだとて勝ち目は薄い。勝つための策を、みなで話し合いたいのじゃ」


「ふふ、そう言うと思ったわコリンちゃん。なら、一つトッテオキの方法があるわ。聞きたいかしら?」


 コリンたちが話し合いを始めようとしたその時、マデリーンが意味有りげに笑う。何かしらの策が、彼女の中にあるようだ。


「本当か! では、是非聞かせてもらいたいのう」


「もちろんよん。でも、そのためにはイザリーを呼んでこないとね。あのコ、またふて寝してるだろうから呼んでくるわ。ちょっと待っててね」


 そう言い残し、マデリーンは意気揚々と応接室を出ていく。コリンとマリアベルの訪れによって、僅かではあるが……希望が見えてきていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] >「アタシたちもね、いろいろあったわ。暴徒たちに襲われて、一座のコたちが何人も死んだ。種族の垣根を越えて仲良くしているからって、そんな理由で襲われたのよ。あんまりにも……理不尽過ぎるわ!」 …
[一言] 今度の相手はちと厄介だな(ʘᗩʘ’) お国乗っ取りからの差別紛争までの全てが策略なら今までのドS気取りやヒステリックより質が悪そうだな(↼_↼) 最悪、一国全てを相手する羽目になりそうだな…
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