172話―果てに座す要塞
ラヴァックを討ち取ったコリン一行は、洗脳されている竜人やドワーフたちとの接触を避けるため大回りで北へ向かう。
あちこち隠れ潜みながら進んでいった結果、ノースエンドに到着するまで九日もかかってしまった。相変わらずついてくるフェンリルたち見ながら、コリンは呟く。
「さて、ノースエンドに到着したは良いが……なんじゃ、この城みたいな氷山は」
「恐らく、外敵を退けるためのものでしょうね。氷山の向こう側から、ピリピリした気配を感じます。確実に、わたくしたちの存在に気付いていますよ」
ノースエンド一帯は、長城の形をした氷山によって外界と隔絶されていた。いくつも開けられた窓から、鋭い視線がコリンたちに向けられる。
威嚇攻撃が来ないだけまだマシだが、それもいつ始まるか分からない。そこでコリンは、手っ取り早く自分の正体を明かすことにした。
「よし、まずはわしらが敵ではないということを彼らに示そう。あの時のように、花火を」
「だぁれだ、キサマらはぁ~! ここを我ら祖国奪還連合の拠点と知って来たのか~!?」
「お坊っちゃま、こちらへ!」
コリンが星痕型の花火を打ち上げようとした、その時。氷山長城を飛び越え、身長が五メートルはある巨人が降ってきた。
マリアベルはコリンを抱き寄せ、その場から離脱する。ちゃっかり胸の谷間でコリンの頭を挟んでいたが、今はどうでもいいことだ。
「な、なんじゃあおぬしは!」
「オデはゴリアテ! マデリーン様の一のこぶ……ん? おお、あんさんは! すんません、てっきりメルーレの部下が攻めてきたんかと」
素肌の上から胸当てを着込んでいる巨人、ゴリアテは侵入者の正体に気付き態度を豹変させる。ペコペコ頭を下げ、謝罪を行う。
「よいよい、わしは気にしておらん。……マリアベルよ、そろそろ離してはもらえぬかの? 息が苦しいのじゃ……」
「かしこまりました。では、向きを反転させますね」
「いや、そういうことでは……まあよいわ」
ぎゅっと胸の谷間に押し付けられたコリンは、じたばたもがき抗議する。それを聞いたマリアベルは、コリンの前後を反転させた。
ホールドしたままなので、呼吸が楽になったこと以外は特に何も変わらない。どうあっても離してくれないと分かったので、コリンは諦めた。
「さて、ゴリアテ殿。済まぬが、わしらを中に入れてはもらえぬかの? マデリーン殿と話がしたいのじゃが」
「お任せくだせぇ。……にしても、珍しいもんでがんすね。フェンリルが懐くだなんて」
「あおん?」
「いや、あおんて……」
ユルいやり取りをした後、ゴリアテはコリンとマリアベルを抱え、氷山長城を飛び越える。敷地内に二人を降ろした後、フェンリルたちも連れてくる。
「ふう、ようやくたどり着いたのう。懐かしのノースエンドに。……それにしても、随分とまあ要塞化されたものじゃな」
「長城も含め、守りを堅牢にしているのが見て取れますね。それだけ、敵の戦力が強大だということなのでしょう」
かつて、バーウェイ一座が住む館しかなかった北の果てには、堅牢な要塞とその内部に築かれた町が生まれていた。
雪かきをしていた竜人やドワーフたちが、物珍しそうにコリンたちを見つめている。少しして、来客の正体に気付き殺到してきた。
「あっ! あの子、もしかしてコーネリアスさんじゃない!?」
「おお、ほんとだ! マデリーン様が配ってる似顔絵と同じ顔だ! 俺たちのところにも、救世主が来てくれたんだ!」
「キャー! コーネリアス様ー! 抱いて……へぶっ!」
「痴れ者が、身をわきまえなさい」
要塞内に築かれた町の住民たちに、コリンは熱烈な歓迎を受ける。約一名存在した過激派は、マリアベルがブン投げた石並みに固い雪玉を食らい沈黙した。
「さ、マデリーン様のとこに案内するぞ。ついてきてくれ」
「うむ、済まんのう。しかし……まさか、魔物ではない巨人が実在するとは。お伽話の存在かと思うておったわ」
「無理もねぇ。オデたち巨人は、遥か昔に天上の神々に創られた最初の大地の民だかんな。今の世代の大地の民や、若い闇の眷属が知らなくても無理ねぇが」
フェンリルたちを運び終えたゴリアテが、要塞の中に戻ってきた。フェンリルたちはコリンの命令でお留守番することになり、守衛の詰め所に預けられる。
狂暴な魔物の世話を押し付けられた守衛は、泣きそうな顔をしていた。コリンが人を襲わないよう厳命したため、恐らく大丈夫だろう。たぶん。
「ゴリアテ殿は何故この大地に? 元から住んでいたわけではなかろう?」
「んだ。オデ、元々いろんな大地を旅して回ってたんだけどな。たまたまこの大地の近くを通りかかった時に襲われただよ」
「襲われた?」
「んだ。意地の悪そうな顔した女に攻撃されて、思わず結界をブチ割って飛び込んだんさ。大慌てしてたから、逃げる方向間違えたんだ」
マデリーンのいる館に向かいながら、コリンたちは親睦を深めようと世間話をする。どうやら、ゴリアテはつい最近この大地にやって来たようだ。
「それは大変な目に合いましたね。しかし、多重結界を力任せに破壊するとは……フェルメア様から聞いた通り、第一世代のパワーは生半可なものではないというわけですね」
「この大地に逃げ込んだはいいものの、オデはデカいからな。どこ行っても怖がられて、追い出されてしまっただよ」
「それは気の毒にのう。じゃが、今は問題なさそうじゃな?」
「んだ。マデリーン様に出会って、用心棒として雇ってもらっただ。あの氷山長城もこの町も、ほとんどオデが造ったんだぜ!」
大通りをのしのし歩きながら、ゴリアテは誇らしげに語る。道中、町の住民たちと親しげに手を振り合っている辺り慕われているようだ。
少しして、三人はノースエンドの最果てにそびえる館にたどり着く。四年前と何も変わらず、サーカスのテントの形をした奇抜さを維持していた。
「オデは中に入れねえから、後は二人で行ってくれ。近くの山にいるから、なんかあったら呼んでくんろ」
「うむ、ありがとうのう。ここまで案内してくれて」
「礼はいらねえ、襲いかけた詫びだ。んじゃ、ごゆっくり」
ゴリアテと別れ、コリンとマリアベルは館の玄関に近付く。チャイムを鳴らすと、誰も触っていないのに扉が開いた。
コリンたちが館の中に足を踏み入れた、次の瞬間。気が付くと、二人は応接室のソファに座っていた。目の前のソファにはマデリーンが座っている。
「のじゃっ!? いつの間にここに!」
「うふふ、久しぶりねコリンちゃ~ん! アタシ、とっても会いたかったわ~ん!」
四年前から、何一つ変わっていないマデリーンを見て、コリンは安堵する。机の上に茶菓子と飲み物を用意しながら、漢女は早口で捲し立てる。
「ビックリしたでしょ? 防犯のために空間魔法をかけてあるのよ、館全体に。だから、こうしてお客様はすぐにココに呼べるのよん」
「なるほど、便利なものですね。……お茶を淹れるのであれば、お手伝いしますが」
「い~のい~の! お客様なんだから座ってて? 見ててねコリンちゃん、アタシこの四年で美味しい紅茶を淹れる方法をマスターしたんだから」
「ほう、それは興味があるのう。どんな方法なのじゃ?」
アツアツの紅茶を淹れたティーポットを空中に浮かべ、マデリーンは深呼吸をする。そして、やたらダイナミックな動きで手足を突き出した後、手でハートマークを作る。
「美味しくなぁーれ! ラブラブ破ァッ!」
「おう……うん、うん……」
「……強烈な光景ですね。しばらく夢に出そうです」
中年のオカマが、可愛らしいポーズをしながら野太い声で紅茶に愛情を込める。控えめに言って、地獄のような光景だった。
コリンは何も言えなくなり、マリアベルはだいぶ失礼な感想を呟く。が、マデリーンは特に気にしてはいないようだ。
「さて! それじゃあ、紅茶を飲みながらお話しましょ? 二人には、知ってもらわないといけないことがたぁーっぷりあるからね」
ティーポットを机に置き、マデリーンはウィンクする。北の果てにて、ようやく再会が成ったのだった。




