171話―蛇女と狼女
「何をするつもりかしらね? まあ、何をしようとも私を倒すことは不可能だけれど」
「本当にそうでしょうか。その慢心とも言える自信、どこまで持つか……試してみましょう。星魂顕現・オヒュカス!」
しっぽを戻しつつそう口にするラヴァックを嘲笑った後、マリアベルは星の力を解放する。紫色に輝く【アルソブラの大星痕】が額に浮かび、身体が変化していく。
両足が融合して一つになり、蛇のソレに変わり長く伸びていく。上半身を鱗のような緑色のプロテクターが覆い、防御力を高める。
「お待たせ致しました。これが、わたくしに宿る星の力。その力、しかとその目でご覧くださいませ」
「へえ、ラミアまんまじゃない。捻りのない姿ね……いいわ、なら八つ裂きにしてあげる! ウォルフクロー!」
「無駄です。サーペントシールド!」
爪を伸ばして襲いかかるラヴァックに対し、マリアベルは右腕を眼前に持ってくる。腕を覆うプロテクターが展開し、頑丈な盾になった。
攻撃を受け止めた直後、下半身をしならせてムチのように叩き付ける。凄まじい衝撃に襲われたラヴァックは、雪原を転がっていく。
「ぐっ、がふっ!」
「ああよかった、生きていますね。なにぶん、まだ身体が不完全なので威力の調整が効かないのですよ。死なれると情報が手に入りませんからね、安心し」
「うるっさい! その澄ましたヨユーシャクシャクな顔が、ほんっとうに気に入らない! だから……こうしてあげるわ! ムーンサーバント!」
「分身が四体……一体何を? ……まさか!」
「行きなさい、分身たち! そいつを足止めするのよ! その間に、私はあのガキを殺してくるわ!」
マリアベルの最大の弱点はコリンだと考え、ラヴァックは分身をけしかけている間に確保へ向かう。だがそれは、最悪の選択だった。
コリンを殺すとマリアベルの前で宣言することが何を意味するのか、ラヴァックは……その身をもって、知ることになる。
「……聞き間違いではなさそうですね。目の前の敵を放置して、お坊っちゃまを? なるほど、悪人らしい下衆な思考ですね」
「あんたはのんびり分身たちの相手をしてなさい。その間に私は……?」
「もう終わりましたよ、愚物。さて、もう情報などどうでもいいので……死んでください、火急速やかに。サーペント・クラッチ!」
「ひっ!? あああああ!!」
一瞬で四体の分身を蛇の尾で貫き、消滅させたマリアベル。そのまま即座に尾を伸ばし、ラヴァック本人を捕まえた。
自分の元に引き寄せ、ガッチリと尾を絡めて身動きを封じてしまう。自慢の爪もしっぽも、がんじがらめにされては使えない。
「ぐ、う、あ」
「わたくしの前でお坊っちゃまを殺そうなど、許すと思いますか? あの方は、わたくしがお仕えする主の大切なご子息。無限の可能性を秘めた、若き蕾なのです。それを……」
「う、ああああ! 待って、それ以上曲げたら腕が……」
「摘もうなどと、大いなる闇の王への侮辱と知りなさい!」
「ああああああああ!!」
マリアベルは怒りの叫びをあげながら、ラヴァックの右腕をへし折った。骨が折れ、筋繊維が断裂する感触を肌で味わい、マリアベルは笑う。
地獄の底で苦しむ亡者たちを高みから見下ろす悪魔のような、残忍で冷酷な笑顔だった。この瞬間、ラヴァックはようやく悟る。
闇の眷属が、大地の民にとってどれだけ危険な存在であるのかを。
「全く、腕を一本折られた程度でよくこれだけ泣き叫べるものですね? わたくしやその仲間であれば、はらわたを引きずり出されて切り刻まれるまでは泣き言一つ漏らさないというのに」
「あああああ! やめて、それ以上触らないでぇぇぇぇぇ!!」
「却下ですね。あなたは神と魔の力を継ぐ、奇跡の子をわたくしの前で殺そうとしたのですから。その報いは受けてもらいますよ。フン!」
「いやあああああ!」
憤怒に声を荒げながら、今度はラヴァックの左腕をへし折った。一回目よりも力を込めたからか、折れた骨の先端が若干皮膚を突き破っている。
それを見たラヴァックは、悲痛な叫びをあげる。これではもう、腕は使い物にならないだろう。
「ふふ、いい声ですね。では、もう一度哭いてもらう前に一つだけ聞いておきましょう。やはり、情報は大事ですからね」
「は、話し、話したら見逃してくれる?」
「考えておきましょう。聞かせなさい、この国で何が起きているのか。そして、貴女を獣人へと変化させた液体の正体をね」
「わ、分かった。話す、全部話すわ!」
尾が伸長し、今度は右足に絡み付く。これ以上の苦痛を味わいたくないラヴァックは、洗いざらい全てを話して聞かせる。
「なるほど、やはりほとんどの国民を邪神の子が洗脳して対立させているのですね?」
「そ、そうよ。団結させないようにして、内側から崩壊させるのがあの方……メルーレ様の手法よ」
ラヴァックが話した情報を、マリアベルはどこからか取り出した手帳に書き込んでいく。少しずつ冷静さを取り戻してきてはいたが、油断はしない。
尾を緩めることはせず、ガッチリと相手を拘束したまま尋問を続ける。少しでも怪しい動きを見せれば、手足を治療不可能な状態までへし折るつもりだ。
「では、次です。あなたが使った液体の正体を教えなさい」
「知らない、知らないわ! 本当よ、私は何も知らないの! 獣人から採取したエキスが原料ってこと以外は、何も聞かされてないの! 嘘なんて言ってないわ!」
「……そうですね、呼吸や体温の推移にもおかしいところは見られません。嘘はついていないようですね」
二つ目の質問に関しては、残念ながら明確な答えを得ることは出来なかった。所詮は使い捨ての下っ端かと、マリアベルは内心毒づく。
(……これ以上尋問しても、ロクな情報は得られそうにありませんね。他に仲間がいないとも限りませんし、お坊っちゃまの安全のためにも――そろそろ消しますか)
得たい情報はだいたい手に入れたため、マリアベルは仕上げに取りかかることにした。獲物を捕らえた大型の蛇がするように、ゆっくりと締め付けを強めていく。
「う、あ、がっ! ど、どうして……情報は話したわ、助けてくれる約束じゃ」
「何か勘違いしているようですね。わたくしは『考える』と言っただけです。見逃すと確約してはいませんよ? 考えた結果、貴女を始末することにしました」
「そんなの、ひきょ……う、ああああ!!」
全身を締め上げられ、ラヴァックは悲鳴をあげる。骨が軋み、内臓が押し潰される感覚に襲われ、ひたすらにもがく。
脱出しようと暴れれば暴れるほど、尾はキツく絞まり続けた。ラヴァックの耳元に顔を寄せ、マリアベルは小声で呟いた。
「まあ、そもそも……お坊っちゃまの敵を、生かして帰すことなど毛頭するつもりはありませんがね。特に、貴女のような愚かな者は」
「うそ、つ、き……」
「ええ、結構ですとも。わたくしが誠実に接するのは、お仕えする主君と敬愛しているお坊っちゃま……そして、友たちだけ。それ以外には――情や誠実さなど、欠片も持ち合わせていません」
最後の力を振り絞って糾弾してくるラヴァックを、冷たい目で見ながらマリアベルはそう告げる。その直後……トドメを刺した。
「ではさようなら、邪神の子のしもべよ。サーペント・クラッチ:ジ・エンド!」
「あぎゃあああああああ!! ……あ」
全身の骨を粉砕され、ラヴァックは息絶えた。拘束を解いたマリアベルは、彼女の遺骸を無造作に放り投げる。
「狼たちの餌にでもなりなさい、愚物よ。それくらいしか、他者への貢献など出来ないでしょうからね」
そう呟いた後、マリアベルは星の力を解除し、魔法で消していた服を戻す。元のもこもこ防寒着姿へと戻り、コリンの待つ洞窟へ向かうのだった。
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「ふーむ、洗脳か。それはちと厄介じゃのう。下手をすると、わしらまで操られる可能性があるわけじゃしな」
「ええ、どうにかして詳細を調べ、対策を練らなければなりませんね。無策で挑めば、敗北は必定でしょうから」
「わん! わおーん!」
無事合流したコリンとマリアベルは、シューティングスターに乗り雪原を北へ向かう。その後ろを、フェンリルの群れが追従する。
「しかし、何故あの子たちは後をついてくるのでしょう? お坊っちゃま、何かしたのですか?」
「いやのう、マリアベルが戻ってくるまで狼たちと遊んでおったんじゃよ。そしたらのう……さらに懐かれたわ」
「……ぷっ。ふふ、本当にお坊っちゃまは動物に好かれますね。そういえば、五歳の時に……」
「ああー、アレか。そなたと森を散歩していたら、たまたまヒドラに会って……」
「意気投合して、城に連れて帰ったことがありましたね。結局、すったもんだの末にフェルメア様の城に引き取られてしまいましたが」
「仕方あるまい、当時のわしにヒドラの世話なぞ出来ぬからな。身長的な意味で」
他愛もない会話をしながら、二人はノースエンドを目指す。マデリーンたちと、無事合流出来ることを祈りながら。




