168話―再び北へ
翌日の朝。コリンとマリアベルは支度を整え、北へ向かおうとしていた。今回は主君と従者、二人だけの旅路となる。
「しかし、よいのかのう。わしらだけで救援に行くのはちと力不足な気がするが」
「問題ありませんよ、お坊っちゃま。それに、彼女たちにはある任務をしてもらっていますので、今回は連れていけません」
シューティングスターに乗り、ヘミリンガを発った二人は道中でそんな会話を交わす。アシュリーたちに任せた任務の内容に、コリンは興味津々だ。
「一体、何をやらせておるのじゃ?」
「それをお伝えする前に……忘れてしまっていることを、思い出していただきますね。指を失礼します」
「うむ? ……のじゃっ!?」
マリアベルはサイドカーから身を乗り出し、バイクを運転しているコリンのこめかみに指を押し当てる。パチッと電流が流れると同時に、コリンは思い出す。
闇の中で響いてきた声の主である、もう一人の敵。魔戒王エイヴィアスの存在を。消されていた記憶を、取り戻したのだ。
「おお、思い出したぞ! エイヴィアスめ、自分に関する記憶を消すとは小癪なことを」
「ええ、奴は危険な存在です。闇の中で糸を引き、全てを操っています。巧妙に自分の存在を隠し、なにかを企てているようです。ですが……」
サイドカーに座り直し、マリアベルは笑う。これまで順調に計画を進めてきたエイヴィアスにとって、一つの誤算が生まれた。
それは、ほぼ完全に封じ込めていたはずのマリアベルが自力で脱走したことだ。結果、こうしてコリンはエイヴィアスのことを思い出せた。
「一つ、小さなヒビを入れることが出来ました。後は、このヒビを大きく広げ……奴の計画を破壊するだけです」
「そのために、アシュリーたちを動かしておるのじゃな?」
「ええ。彼女たちは今、わたくしの本体……アルソブラ城の最下層にいます。そこで、この大地を覆う多重結界に穴を開ける作業をしてもらっているのです」
長年整備されず、荒れ果てた街道を進みながら、二人は会話を続ける。結界に穴を開け、外部との連絡を取れるようにするつもりだとマリアベルは語る。
「どうにかしてフェルメア様とコンタクトを取り、エイヴィアスの悪行を伝えなければなりません。奴を退かせれば、敵は邪神だけになりますからね」
「うむ、確かにな。わしもそろそろ、もう一度パパ上とママ上に連絡をしたいと思って……む? マリアベルよ、前の方に誰か倒れておるぞ」
しばらく道なりに進んでいると、誰かが倒れているのを発見した。バイクを停め、コリンとマリアベルは急いで駆け寄る。
倒れていたのは、ボロ布で全身をくるんだ幼いドワーフの少年と少女だった。今にも死んでしまいそうなほどに、弱りきっている。
「むう、これは……。マリアベル、すぐに城へこの子たちを。すぐに手当てと食事を」
「かしこまりました。直ちに手配します」
旅を一旦中断し、二人はドワーフの子どもたちを城に招き入れる。栄養たっぷりのおかゆを用意しつつ、傷付いた身体を魔法で癒す。
ボロボロになっていた衣服をコリンが洗濯所に持っていっている間、マリアベルが介抱する。少しして、子どもたちは目を覚ました。
「ここ、は……? あなた、だれ?」
「目を覚ましたようですね。大丈夫、ここは安全です。誰もお二人を傷付けることはありませんよ。さ、まずはおかゆをお食べください。胃がびっくりしてしまうので、ゆっくり少しずつですよ」
ベッドに寝かされていた少年と少女は、上等なシルクの服に着替えさせられていることに驚き、目の前のマリアベルにも驚く。
最初は警戒していたものの、空腹には勝てない。差し出されたお椀とスプーンを受け取り、おかゆを食べはじめた。
「あぐあぐ……!」
「おいひい、おいひいよぉ……」
「おかわりもありますから、好きなだけお食べくださいね。それにしても……」
涙を流しながらおかゆをがっつく二人を、マリアベルは優しく見守る。だが、彼女は見逃してはいなかった。
服を着替えさせる時に、子どもたちの身体のあちこちに大小様々な傷跡があったのを。普通に転んだ程度のものではない。
明らかに、虐待を受けて出来た傷だった。それを見たからには、このままにはしておけない。マリアベルも、コリンも。
「マリアベルよ、服は洗濯に出してきたぞよ。とは言っても、ボロボロ過ぎてもう着られぬじゃろうが」
「ありがとうございます、お坊っちゃま。今は分身を四人までしか出せないので助かります」
「お兄ちゃんがわたしたちをたすけてくれたの?」
「うむ、そうじゃよ。安心するといい、ここにはそなたらを傷付ける者はおらぬでな」
コリンはドワーフの少女にそう答える。見たところ、少女はコリンより少し上。十二歳程度の歳に見えた。少年の方は、コリンと同じくらいだろうか。
おかゆを六杯もおかわりし、ようやく二人は満腹になったようだ。警戒心はすっかり消え、二人ともコリンたちに懐いている。
泥だらけだった肌も、ドワーフらしい健康的な浅黒い色に戻り、くすんだ髪も元の茶色になっている。くりくりした目を輝かせ、少女は笑う。
「ありがとう、お兄ちゃんにお姉ちゃん! わたし、ロッカっていうの。こっちは、おとうとのミュル。よろしくね!」
「……。……」
「む? 弟の方は喋れぬのかのう?」
「……うん。ミュルはね、のどを切られたの。りゅーじんさんのめのまえをよこぎったからって、そんなりゆうで……」
ロッカはそう言ったきり、うつむいてしまう。ミュルの方も、傷跡が残る喉を指でなぞりながら黙り込んでしまった。
「一体何が起きたのじゃ? グレイ=ノーザスは竜人とドワーフが共に手を取り合って暮らしていたはず。なのに、何故そのような酷いことを」
「恐らく、かの国を支配している邪神の子の仕業かと思われます。国を崩すのには、内側から仕掛けるのが一番簡単ですからね」
「そうか……竜人とドワーフの対立の歴史を蒸し返しおったのじゃな。それならば、説明もつく」
「あのね、わたし……すこしだけならお話できるよ。あのくにがどうなっちゃったのか」
コリンとマリアベルが話していると、ロッカが声をかけてくる。当事者たる彼女から聞いた方が早いかもしれないと考え、話を聞くことにした。
「では、分かる範囲でよい。いろいろ辛いことを聞くことになるやもしれぬが、話してもらえるかの?」
「うん。よねんまえにね、こーていへーかがかわったの。新しいこーていへーかは、りゅーじんさんをいじめたの。ふるいれきしがどーだって言って」
「やはり、か。恐らく、その新たな皇帝が……」
「邪神の子本人か、息のかかった者でしょう。民族間に格差と差別をもたらし、内側から国を崩す。なるほど、彼らの好みそうな卑劣なやり方ですね」
それからロッカが語った内容は、聞くに耐えないものだった。コリンたちの予想した通り、弾圧された竜人たちは武装蜂起したらしい。新たな皇帝と、その周りを固める閣僚を殺したようだ。
その最中、選帝侯家を狙ったテロや民衆間での衝突などが重なり……竜人とドワーフの、全面戦争に突入したのだと言う。
「パパもママも、ころされちゃった。わたしはミュルをつれて、お外ににげたの。でも、どこにいったらいいのかわかんなくて、ずっと、ずっと……」
「もうよい。それ以上語らずともな。悲しかったろう、つらかったろう。じゃが、もう安心じゃよ。わしらが、二人を守るでな」
コリンに抱き締められ、ロッカとミュルは泣いた。これまで我慢していた悲しみが溢れ出し、涙となって外に出ていく。
しばらくして、二人は泣き疲れて眠ってしまう。そっと毛布をかけ、ベッドに寝かせた後コリンたちは部屋を出る。
「……奴らは、どれだけの災いを撒き散らせば気が済むのじゃ? 幼き子たちに、あのような苦しみを味わわせるなど……断じて許せぬ!」
「ええ、わたくしもですお坊っちゃま。必ずや……報いを受けさせなければなりません。この事態を仕組んだ者には、ね」
グレイ=ノーザスの惨状を知り、コリンとマリアベルは憤る。ロッカたちの世話を分身に任せ、二人は旅を再開した。
エンジン全開で街道を爆走し、遥か北を目指す。これ以上、犠牲者を生み出さないようにするために。
「待っておれ……誰が相手だろうとも、叩きのめしてくれる。罪無き者たちの平穏を奪った罪、思い知らせてくれるわ!」
怒りを胸に、二人は突き進んでいく。邪神の子が待ち受ける、北の地へ。




